- アーティスト
堀井ヒロツグ
2008年早稲田大学芸術学校空間映像科卒業。現在、京都芸術大学美術工芸学科非常勤講師。2013年に東川国際写真祭ポートフォリオオーディションでグランプリ、2021年にIMA nextでショートリスト(J・ポール・ゲティ美術館キュレーター:アマンダ・マドックス選 )を受賞。公式HP: https://www.hirotsuguhorii.com/
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『< I > opportunity』2022年
【展示作品詳細】
< I >
閉館したホテルの屋上に設置されていたネオン看板
サイズ H1370×W275×D80 mm
art work / director 河野愛< I > opportunity
art work / director 河野愛
director of photography 堀井ヒロツグ
17’ 44”
< I > – 流れていくもの –
南紀白浜は、自然に恵まれ、魅力的な資源を多く有する観光地だ。白砂のビーチでは、熱帯魚と一緒に泳ぐことも可能で、沖合いに流れる黒潮の影響により、一年を通じ温暖な気候で知られている。また、万葉の時代から湯治場として知られており、多くの温泉宿や日帰り入浴施設が点在するヒトが集まる場所だ。
南紀白浜の古賀浦(こがうら)と呼ばれる外海と内海を繋ぐ穏やかな入り江には、かつて白浜温泉の老舗「ホテル古賀の井」が存在していた。アーティスト・河野愛の祖父は、そのホテルの創業者であり、彼女は幼少期より古賀浦で夏を過ごしていた。かつてホテルの屋上で輝いていたネオン看板の< I >は、彼女の個人史を巡る作品でもありながら、古賀浦に流れる時間・記憶を巡る作品でもある– 霊は動き流れる、それは波のように –
ただ、そのホテルはもう存在しない。そう、南紀白浜は、変わりゆく町なのだ。魅力的な観光地は、巨大内需を有する都市の影響を常に免れない。水平的ともいえる人間や貨幣の流れは、ときに、それを受け入れる土地の人々、名前、性質、資本、そして、目に見えない霊的な存在さえも変化させ続ける。穏やかにみえる南紀白浜の入り江は、実は、よくみると流れの早い激流だったのだ。
– 南紀白浜の人々の変わらぬ記憶を呼び起こす –
電車なき時代、海路から昭和天皇が降り立った桟橋から満月が見える。南紀白浜のルーツや変わらぬ記憶は、水の中に隠されているのではないか。「死の神」「水の神」の異名を持つスサノオを祀る聖地である紀南において、私は、満月の夜に、水の中から霊が現れるような直感を持ち続けている。< I >は、彼らの道標ではなかったか。彼らは、< I >に集い、水面から満月を見上げる。水面と天を繋げる視点の動き、水面と天の境界を消滅させる思考、つまり、垂直的かつ神話的な視点や思考が、流れゆく南紀白浜を考える上で重要ではないだろうか。
– 南紀白浜は、どのような場所であるのか –
< I >は、きっと記憶の道標としての墓石であり、現在、そして、未来を照らす道標としての灯台のような存在ではないだろうか。その道標を起点に、今を生きる人々や霊の記憶や未来が、穏やかに、かつ、激しく波のように入り混じりながら、南紀白浜の新しい物語を紡いでいく。