コラム

    「ひとひとの夜」トークレポート

    2025年4月5日|真珠ビル 1F nongkrong(白浜町)

                                          文責:藪本雄登


    焼けたレンガが帰ってきた

    会場の中央に置かれた円形のテーブル。

    素材は、真珠ビルの火災で失われた外壁のレンガ。かつて建物を「囲んでいた」レンガが、テーブルとして姿を変え、今度は人々に「囲まれる」存在になった。4つのピースに分解できるこのテーブルは、アーティストの前田がデザインし、レンガのカットを尾崎が、板材と鉄の溶接を地元の職人が担当し、最終的に前田がモルタルを使ってテーブルに仕上げた。尾崎の結婚祝い、Salon Shinjuの四周年も兼ねた、協働の産物だ。

    そして今宵のテーマは「火」である。


    真珠ビルという場所

    真珠ビルは、尾崎寿貴の祖父が円月島近くで営んでいた「パールランド」という真珠店に由来する。ビルが建って40年弱。かつては3階に尾崎家の住居、2階に「純喫茶 真珠」、1階にはパチンコ店、奥には食堂とゲームセンターが入り、地域の人々で賑わっていた。

    紀南アートウィークの運営者でもある藪本が、「白浜の富田で育ち、真珠ビルが遊び場だった」と語るように、真珠ビルはこの地域で育った人々にとって、共有された記憶の場所でもある。

    尾崎が Uターンした時、ビルは廃墟同然だった。50人ほどのボランティアと共に清掃・修繕し、紀南アートウィーク第1回目の展覧会の際に、事務局として再出発させた。しかしオープンからわずか3ヶ月後の2022年6月、3階エアコン付近からの火災に見舞われる。

    そのとき家族は父の還暦祝いで焼肉屋にいた。焼肉を1枚食べたところで、大量の電話が鳴り始めた。現場に駆け付け、火事の状況を目の当たりにした尾崎は、「終わったな」と絶望した。


    火事が教えてくれたこと

    火災後、尾崎は白浜の「豆の湯」という場所を借りながら活動を継続し、クラウドファンディングと手作業で改修を重ね、ノンクロンを再建した。2024年には尾崎自身がキュレーションした展覧会も開催している。

    「盛り上げるぞと意気込んで帰ってきた自分に、一旦立ち止まって考えろと言われたような気がした」と尾崎は振り返る。地域のことをまだ十分に知らないまま帰ってきた自分に、火事が立ち止まる機会を与えてくれた。

    前田はその話を聞きながら、「火災で残ったレンガを前向きな形に変えたかった」と語る。レンガテーブルの制作は、その気持ちの具現化だ。


    前田耕平と「Breathing」

    前田耕平は和歌山県田辺市出身であり、現代美術の作家としても活動している。Salon Shinjuのロゴマークもデザインした前田が、2023年に制作したのが、三段壁の洞窟内に恒久設置された作品《Breathing》(三段壁ver)だ。

    三段壁の環境データである波の高さ、気温、風の強さをほぼリアルタイムで数値化し、火が立ち上がる映像として表現したこの作品は、「かつてそこにいた海賊たちが、真っ暗な洞窟の中で火を焚いていたのではないか」という着想から生まれた。そこから原初の火をイメージしたという前田は、白浜の釜と土で土器を制作。土器の3Dモデリングデータを作品の形状とした。

    「火は生まれる前に、大気を吸い込み、そして一気に吐き出す——その「呼吸」の姿を、火のない空間に灯そうとした。今日この場においても、本当の火がなくても、焚き火を囲んでいる感覚を作れないかと思っていた」と前田は語る。


    火という原初の技術

    博士号(芸術人類学)を昨年取得した藪本は、人間と火の関係を学術的な視点から語った。

    火を使い始めたことで、人類は消化の一部を「外」に委ねることができた。結果として、消化に費やしていたエネルギーが脳に振り向けられ、現在の人間の身体と知性が形成された——これはリチャード・ランガムの「調理仮説」の核心でもある。夜間や広域の活動の拡大も、火が可能にした。

    熊野の神話では、イザナミが火の神・カグツチを産んで亡くなる。その死から食べ物が生まれ、死と再生が連環する。火は「破壊」であり「再生」だ。尾崎の火事の経験もまた、そうした神話的な時間の中に置いてみると、別の輪郭を帯びて見えてくる。

    前田も重ねて述べる。「芸術の文脈でも、しばしば対話を目的とした場作りが行われる。京都市立芸術大学学長の小山田徹氏も焚き火における場作りの実践を長年されている。現代アートのイベントと聞けば身構えてしまうが、焚き火のような場であれば、その敷居を超えられるかもしれない——この夜のコンセプトはそういったところからもきている。」


    ピザと、分かち合うこと

    前田は、ピザという食べ物をこう捉える。「小麦粉という微細な粒子を集め、手で捏ねる。丸く整え、発酵させ膨らませる。さらに円形に伸ばし、多様な食材をトッピングし火で焼く。最後に円形を切り分け食べ、そして排出する。この食の「出来事」の流れの中に、人、自然、社会、我々が生きる壮大な世界のスケールを感じることができるのではないか」

    尾崎の親族がピザ屋を営んでいたというエピソードも重なり、ピザの話はこの夜の中心となった。ピザテーブルとそれを囲みながら話す人々の空間はさながら「ピザ窯」のようだ。会場からは「なぜ人は火を見ていられるのか」という問いが上がり、答えは出なかったが、その原初的な問いが場を温める。


    ノンクロンという理想

    インドネシア語で「目的なくだらだらと集まって話すこと」を意味する「nongkrong(ノンクロン)」。人口が減り続ける田舎で、理由がなくても人が集まれる場所をどう作るか。「アート」という言葉を前面に出すのではなく、「酒とピザ」、「火」というようなことをきっかけに人が集まることに期待する。

    AIが発達し、効率的な答えがすぐに手に入る時代に、無目的な集まりを大切にしたい——トークの最後にそんな言葉が出た。この夜のトークもあえて台本を用意せず、その場で生まれる言葉を優先した。

    一度燃えたレンガが、テーブルに姿を変えて真珠ビルに戻ってきた。それを囲んで人が集まる夜が、また始まった。


    主催:真珠ビルオーナー 尾崎寿貴 共催:紀南アートウィーク 
    ゲストアーティスト:前田耕平  協力:石窯・自然かふぇ とと*ここ


    「ひとひとの夜」トーク全文(修正版)

    【セグメント1】 このテーブルは、ここ(真珠ビル)の元々の外壁だったレンガをピースとして使い、制作したものです。焚き火を囲むような形で会場を作りました。最初はブラックジョークのような感覚で、かつて外壁として建物を囲っていたレンガが、生まれ変わって逆にみんなに囲まれるという状況が面白いのではないかと考えました。前田君の「ピザ論」も面白かったので、ピザをモチーフにしています。このテーブルは4ピースに分解可能で、重さがありますが持ち運びやすい仕様になっています。

    私(藪本)は「紀南アートウィーク」というプロジェクトを運営していますが、実は白浜の富田で育ち、この場所は自分たちの遊び場でした。同級生の尾崎君と一緒に、ここを「ノンクロン」(インドネシア語で「だらだら集まって話す」などの文化)という場所にしました。目的がなくてもだらだらと喋りながら人が集まる場所にしたいという理想があり、この名前を付けました。

    【セグメント2】 (どこで集まっていたのかという問いに対し)焼けてしまった3階が僕(尾崎氏)の実家で、そこでみんなで集まって遊んでいました。当時は奥に食堂があり、ゲームセンターや喫茶店もあり、今集まっているこの場所はパチンコ屋さんでした。それらはおじいちゃんが運営していました。おじいちゃんは元々、円月島の近くで「パールランド」という真珠の店をやっていて、そこから「真珠ビル」という名前がついたようです。2階も「純喫茶 真珠」という名前でした。このビルができてから40年弱になります。

    【セグメント3】 (尾崎氏が)帰ってくるタイミングでは、ここはかなり廃墟化していました。50人ほどのボランティアの方々と一緒に掃除をして直しました。紀南アートウィーク第1回目の展覧会の際に、事務局として使い、作品展示などを行いましたが、オープンからわずか3ヶ月で火災に見舞われました。

    その後、多くの方々の協力を得て「ノンクロン」という場所を再建しました。燃えた場所が、再びみんなで集まれる場所になったことは、非常に幸せな光景だと感じています。

    【セグメント4】 そこからはホワイトキューブのような空間になったので、年に2回ほど展覧会を開催しており、2024年には尾崎さんがキュレーションする展覧会も行いました。

    尾崎氏としては、1階のスペースを自由に気軽に使ってほしいと考えています。かつて人が溢れていたこの場所が廃墟となり、再び人が集まってくれることは嬉しい光景です。さて、本題の「火」についての話ですが、火事の時の話もしてみたいと思います。

    【セグメント5】 火事は3階のエアコン付近から起きました。その時、家族で父親の還暦祝いをするために焼肉屋にいました。親戚からの大量の電話で火事を知り、戻ってみると消防車が7台ほど集まっていました。火事の状況を目の当たりにして「終わったな」と絶望しました。

    オープンして3ヶ月でお金もなかったのですが、白浜の「豆の湯」という場所を借りて営業を続けさせてもらったり、クラウドファンディングや手作業での改修を経て、ようやく再開できました。火事は辛かったですが、「盛り上げるぞ」と意気込んで帰ってきた自分に対し、「一旦立ち止まって考えろ」と言われたような気がして、今ではそれも意味があったと感じています。

    【セグメント6】 地域のこともまだ十分に知らないまま帰ってきたので、豆の湯の古久保さんの話を聞くなどして、地域をもっと知るべきだと言われたような思い出です。

    (前田氏は)尾崎君から「焼け焦げたレンガが大量にある」という話を聞き、それを前向きな笑いに変えられるような形で協力したいと考えました。

    【セグメント7】 それから3年ほど経ち、尾崎氏の結婚のお祝いも兼ねて、レンガを使ったテーブルを作ることになりました。制作には多くの協力があり、レンガのカットは尾崎氏が、中の板のカットは別の方が、鉄の溶接は地元の方が担当しました。

    【セグメント8】 (前田氏は)真珠ビルのロゴもデザインさせてもらいました。私は現代アートの作家として10年ほど活動しており、和歌山出身なので先輩二人のためならどこへでも飛んでいくつもりです。

    最近は白浜との関わりも増え、三段壁の洞窟内に設置された「Breathing」というデジタル作品も制作しました。これは、三段壁の波の高さや気温、風の強さなどのリアルタイムな情報を数値化し、火が立ち上がるような形で表現した映像作品です。

    【セグメント9】 この作品では、火の粉が生まれる前に一度息を吸い込み、一気に吐き出すという「呼吸(ブリージング)」を表現しています。

    火について考えていたのは、それが包丁のようなものだということです。使い方によっては恐ろしいものになりますが、温かく、生き物を救うものにもなり得ます。三段壁の作品に火を用いたのは、かつてそこにいた海賊たちが真っ暗な洞窟の中で火を焚いていたのではないか、という着想からです。

    【セグメント10】 一休みするための「現象としての火」を、実際の火がない洞窟の中に表現したかったのです。今日のこの場も、実際の焚き火がなくても、人が集まり焚き火をしているような感覚を作れないかと考えていました。

    私(藪本)は昨年博士号を取得しましたが、神話学や人類学の視点から人間と火の関係を研究してきました。

    【セグメント11】 火を扱い始めたことで、人間は現在の身体に進化したと言われています。火で肉を焼くなどして、消化の一部を「外(火)」に持たせることができたからです。その結果、消化に使っていたエネルギーを脳に回せるようになり、現在の人間が形作られました。

    【セグメント12】 また、火によって夜間の活動が可能になり、活動範囲が劇的に広がりました。

    熊野の神話では、イザナミが火の神を産んで亡くなり、そこから食べ物などが生まれるという歴史があります。火は「破壊」であると同時に「再生」の象徴でもあります。尾崎氏も、火事で一度壊れた経験が、頑張る原動力になったという意味で、神話的だと感じています。

    【セグメント13】 アートの文脈でも、場を作ったり対話したりすることを一つの作品とする「社会彫刻」のような流れがあります。京都芸大の小山田先生が行っている「焚き火」の活動などは、その代表例です。

    「現代アートのイベント」と言うと身構えてしまう抵抗感がありますが、焚き火のような場であればそれを変えられるのではないかと考えました。

    【セグメント14】 火を使わずに、人が集まり火をイメージできる場所を作りたいと思いました。火は人間の社会性や文明を構築するための「始まりの術」です。焚き火を見て懐かしくなるのは、そうした原初的な記憶に関連しているのかもしれません。

    【セグメント15】 (会場からの発言)古座川の一枚岩などのカルデラ噴火の記憶も、かつて巨大な火があった証拠であり、石として残った神話に近いものを感じます。

    前田氏は、ピザの作り方についても「点」の集まりとして捉えています。小麦粉という小さな粉を集めて丸くし、発酵させて伸ばし、トッピングして火で焼いて食べるサイクルは、非常に人間的な文化だと感じます。

    【セグメント16】 ピザは日本人にも馴染み深い「シェアする文化」の代表です。尾崎さんの親族がピザ屋を営んでいたことも、今回ピザをモチーフにした理由の一つです。焼けたレンガを使って円形の「ピザテーブル」を作ることで、みんなで囲める場所ができました。

    【セグメント17】 このテーブルは、今後も「ひとひとの夜」などのイベントを継続し、みんなで集まって喋る会が必要な時に使っていきたいと考えています。田舎で人口が減る中で、目的がなくても集まれる空間は重要です。アートという高い敷居ではなく、「酒とピザ」をきっかけに人が集まることが、白浜の新しい動きになればと思っています。

    【セグメント18】 (質問を受け付ける場面)「なぜ人は火を見るのが好きなのか」という話題になり、火を見るとずっと見ていられる、盛り上がるという意見が出ました。

    【セグメント19】 都市の中で火を焚くことは、一種の「ノイズ」として面白い体験になります。白浜でも、地域の人をゲストに招いてクローズドな場で話し、それをラジオで発信するプロジェクトなどが始まっています。

    【セグメント20】 白浜だけでなく、色々な人にこの場所のことを知ってほしいと考えています。

    (AIの話について)最近はAIが発達し、機能的なシステムが完成されていますが、その反面で人間が本来持っている感覚や、現象としての体験が見直されている気がします。

    【セグメント21】 意味のある答えを出すAIに対し、意味のない集まりや、意味のないことをしたいという欲求があります。今日のトークも、AIを使えばすぐに叩き台が作れますが、あえて使わずにその場で出る言葉を大切にしたいと思いました。

    【セグメント22】 (レンガの数について)無事だったレンガは100枚ほどでしたが、それを使ってこれを作りました。まだ残っています。

    (火を焚く場所について)砂浜などで焚き火ができればいいのですが、現実は厳しいようです。それでも、火を囲むと人が本当に集まってくる感覚があります。

    【セグメント23】 2月には柴焼きなどの行事もありますが、観光用ではなく地元の活動として行われています。

    最後に、白浜と大阪を往復しながら活動している現状や、これからの白浜を盛り上げていきたいという思いが語られました。

    【セグメント24】 (最後に資料を手渡すなどして、トークが終了します)。