コラム
漁業の維持を目指して
◆紀南アートウィーク対談企画 #37
〈今回のゲスト〉
株式会社土佐丸 取締役 船団長
田ノ岡 誉将(たのおか )さん
田辺市江川地域に本拠地を構え、船団長として6隻の船団を率いる漁師。水中灯で魚を誘き寄せて網で取り囲む「巻き網漁業」に専従しており、主にアジ、サバ、イワシを水揚げしている。「見つけた魚は絶対に獲る」という強い意志を持つ。担い手不足や漁獲量の減少に苦しむ漁業の現状に警鐘を鳴らし、漁業を未来に残していくために尽力している。
株式会社土佐丸
田辺市役所 企画部 たなべ営業室 室長
熊野 雅仁(くまの まさひと)さん
2014年4月、田辺市役所内に創設された「たなべ営業室」の室長。地方創生に重点を置き、地域課題の解決と地域活性化を目指す。また、地域外からの移住・定住者への支援も行っており、地元出身者も含めた「田辺の未来を担うプレーヤー」を育成している。主な事業内容は、「たなべ未来創造塾」(2021年11月現在、第6期開催中)や、「田辺市地域おこし協力隊」(Facebook)など。
たなべ営業室
〈聞き手〉
藪本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長
<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/
漁業の維持を目指して
目次
1.土佐丸の成り立ちと漁業の現状
2.土佐丸の「巻き網漁業」
3.漁師の価値とは?
4.「アート」としての魚
5.江川の未来を考える
1.土佐丸の成り立ちと漁業の現状
藪本:
本日は、漁業の現状や漁師の価値、あるいは「漁業を維持するためには何が必要なのか?」といったテーマで対談できればと思います。
まずは、田ノ岡さんにお伺いします。田ノ岡さんが漁師になられたのは、いつ頃のことでしょうか?
田ノ岡さん:
25年ほど前になります。私は田辺市江川地域で生まれ育ち、高校卒業後に3~4年ほど、大阪で営業の仕事をしていました。23歳か24歳のときに地元に戻ってきて漁師になり、現在は株式会社土佐丸の船団長を務めています。
藪本:
土佐丸は何代ぐらい続いているのでしょうか?
田ノ岡さん:
私も詳しく知らないのですが、土佐丸が設立されたのは祖父の代だと思います。最初は祖父がサバの一本釣りをやっており、父がその船に乗って一緒に漁をしていたそうです。その後、父が船長になった際に「巻き網漁業*」を始め、私がその漁法を引き継ぎました。
私たちが主に獲っているのは、アジ、サバ、イワシの3種類の魚です。ただ、近年発生した黒潮大蛇行*により夏場のイワシの漁獲量が減ったため、現在はサバをメインに漁を行っています。
*参考 巻き網漁業 水揚げ作業(株式会社土佐丸)
*参考 海洋の健康診断表 黒潮の数か月から十年規模の変動(流路)(2021年3月1日、気象庁)
藪本:
以前、「アジやサバは漁獲高*1が低い」と聞いたことがあります。漁獲量が減れば売り上げも落ちてしまいますし、担い手不足という課題もあって、漁業の現状は非常に厳しいものだと思います。
*1 漁獲物の量、またはそれを金額で示したもの。
漁獲高とは(コトバンク)
また、熊野さんが室長を務める「たなべ営業室」ですが、こちらは、地方創生や地域の課題解決に向けて、様々な取り組みを実施されている部署だと認識しています。熊野さんは、漁業の現状についてどのように考えておられますか?
熊野さん:
藪本さんと同意見ですね。担い手不足はもちろん、漁獲量と漁獲高が不安定ということも心配材料だと思います。最近の話でいえば、コロナ禍で飲食店などに卸す魚の量が減っており、結果的に漁獲高が下がっているんですよ。現在はこのような状況なので仕方のない部分もありますが、「何故、魚の値段が上がらないんだろう?」と疑問に思うこともあります。
藪本:
あくまで私の考えですが、国内外問わず、養殖で魚の生産量を高めすぎているからなのではないか?という気がします。本来であれば「生産と分解」、つまり「生み出すこと」と「消費すること」のバランスを維持する必要があります。しかし、ひたすら生産し続けたことで、その均衡が崩れかけているのかもしれません。これは特に製造業に当てはまることだと思いますが、漁業も同じような状況にあるのでないか、という気がします。
2.土佐丸の「巻き網漁業」
藪本:
土佐丸では「巻き網漁業」を行われているとのことですが、具体的にどのような漁法なのでしょうか?
田ノ岡さん:
基本的に夕方に出航し、夜から朝方にかけて漁を行います。まずは、水中灯で魚を集めるんですよ。その後は、魚が集まったら網を投下して囲み、獲った魚を引き揚げて、運搬船に積んで漁港まで運ぶという流れになります。
現在、私たちは6隻の船団で、年間90~100日ほど出漁しています。船団の内訳としては、水中灯で魚を誘導する船が3隻、網船が1隻、そして、獲った魚を運搬する運搬船が2隻です。
藪本:
漁場はどの辺りなのでしょうか?遠洋まで船を出されるのですか?
田ノ岡さん:
いえ、割と近郊ですね。紀伊半島と徳島県との中間ぐらいの場所で漁をしています。船の大きさや速度にもよりますが、1~2時間ほどで到着すると思います。
藪本:
巻き網漁業はかなり大変な作業で人手が必要だと思いますが、船員は何人ぐらいいるのですか?
田ノ岡さん:
現在、20人ほどの船員がいます。うちの船団では40代の漁師が一番多いですね。また、現在はあまり募集していないこともあり、船員の中に20代の漁師は1人もいません。
藪本:
漁は口頭伝承の世界であり、マニュアル化された部分はほとんどないような気がします。田ノ岡さんの船団には若手の方が多いですし、そのような意味でも、若手の漁師たちに技術を引き継いでいくのは大変だと思います。
田ノ岡さん:
基本的には経験則に基づいて漁を行っていますので、確かに、マニュアル化された部分は少ないかもしれませんね。ただ、現在は、AIを活用したシステムが開発されているそうです。詳しくは分からないのですが、例えば、各漁場で獲れる魚や漁獲量のデータを入力すると「今日は沖に行けば魚が獲れる」という風に、AIが漁場の状況を推測するようなシステムだと思います。このシステムがあれば「漁に出たけれど何も収穫がなかった」という空振りが減るので、すごくありがたいんですよ。まだ実験段階かもしれませんが、ぜひ実装してほしいと思っています。
3.漁師の価値とは?
藪本:
やや哲学的な話になってしまうのですが、「漁師の価値とは何か?」ということをお尋ねしたいと思います。私としては、漁師の仕事の中に、その答えが隠れているような気がしています。田ノ岡さんは、普段どのようなことを意識して漁を行っているのでしょうか?
田ノ岡さん:
やはり「漁に出たら絶対に魚を獲りたい」という一心で取り組んでいます。
熊野さん:
なんだか「戦いに行く」という感じがしますね。
藪本:
まさに、田ノ岡さんの真剣な思いを表現した言葉だと思います。
実は、私が目指しているのは、1kg1,500円で売られている鯛を、1kg1万円で売ることなんです。魚の価値を見出すことで漁師の価値が上がり、結果的には、漁業を維持することにも繋がるのではないかと考えています。漁業の維持や課題解決のためのソリューションは、これしかないような気がするんです。そのような意味でも「この漁師にしかできないこと」といった、漁師自身の魅力にも焦点を当てるべきなのではないでしょうか。
田ノ岡さん:
例えば、「この漁師が釣ったカツオは美味しい」という風に、獲った魚が評価されるのと同時に、漁師の価値も上がるということはありますね。
熊野さん:
「魚と漁師がセットで注目される」という点でいえば、ブランド魚がまさしく良い例なのではないでしょうか。確か、土佐丸には「紀さば」というブランド魚がありますよね。
藪本:
ブランド魚とは、どのようなものなのでしょうか?
田ノ岡さん:
漁師が獲った魚をブランド化して、高級魚として売り出すんですよ。大分県の「関あじ」や「関さば」辺りが有名どころだと思います*。ブランド魚を通じて知名度を上げた漁師も多いですが、想定していたよりも魚の値段が上がらず、ブランド化を諦めた人もいるそうです。
藪本:
漁師の方々は、魚のどのような部分に価値を見出して、ブランディングしているのでしょうか?
田ノ岡さん:
まず大事なのは、魚の鮮度や味ですね。当時の流行りや、他のブランド魚を研究している人もいるそうです。また、漁師自身にも焦点を当てて「漁への向き合い方」などを紹介し、魚と一緒に1つのブランドとして押し出すということもあります。
藪本:
確かに、魚の鮮度や味以上の魅力を発信していかないと、ブランド魚の売り出しもなかなか難しいと思います。そのような意味では、漁師が持つ「ストーリー」が付加価値となり、魚の価値を上げているのかもしれません。
4.「アート」としての魚
藪本:
今回の紀南アートウィークでは、モルディブの現代アーティスト、アフ(アフザル・シャーフュー・ハサン)(Afu / Afzal Shaafiu Hasan)の作品を展示しました。彼が制作した《モルディブの物語(A Maldivian Tale)》は、モルディブの漁業を題材にした作品です。この作品を通じて、田辺の漁業と繋がるようなストーリーを見出したいと考えています。
あくまでも私の考えですが、魚をアートとして捉えることで、魚の価値を高められるような気がするんです。魚を単に「漁に出て獲ったもの」と考えるのと、「アートとしての付加価値があるもの」として捉えるのでは、意味が全く違ってくると思います。
また、先ほど「1kg1万円で魚を売ることを目指したい」という話をしましたが、もっといえば「1kg10万円、100万円」にするにはどうすればよいかと考えています。
《モルディブの物語(A Maldivian Tale)》2012年 出典:アフ(アフザル・シャーフュー・ハサン)(KINAN ART WEEK)
田ノ岡さん:
すごいですね。魚をアートとして捉えるだなんて、全く考えたことなかったです(笑)。藪本さんのアイデアはとても面白いと思いますね。
熊野さん:
まさに、「魚=食べ物」という既成概念を超えたような考えだと思います。食べ物としての魚ではなく、アートや象徴としての「新たな価値」を見出すというのは、確かに面白そうですね。
藪本:
人間は漁という手段を用いて、魚と何らかのやり取りをしているのではないかと思うんです。このような「漁師と魚との関係性」を探ることにも興味があるのですが、この関係性を追究するためにも、やはり、漁師や魚の価値を見出すことが重要だと考えています。
対談の最初の方で「魚の値段が上がらないのは、養殖で生産しすぎているからではないか?」というお話をさせていただきました。漁業だけではなく、様々な業界で「大量生産」というビジネスモデルが採用され続けてきましたが、今一度、このやり方を見直す必要があると思っています。
大量生産以外の手法に価値を見出すことが、脚光を浴びずに眠っている「価値あるもの」や「隠れた名品」に目を向けるきっかけになるかもしれません。そのような意味でも、私は、紀南地域に眠っている「価値あるもの」を見出して、輸出していきたいと考えています。10年ほど時間をかけて、フィールドワークなどを重ねながら少しずつ発信していきたいです。
熊野さん:
日本では未だに、大量生産が行われている部分も多いですよね。一度立ち止まって、物の価値を見直すという工程が必要なのかもしれません。たとえ、効率が良くないことであっても、実践することが重要なのだと伝えていくべきだと思います。
藪本:
また、マーケティングの観点でいえば「魚を食べると豊かになる」という可能性もあるような気がします。「魚を食べることが、どのような効果をもたらすのか?」という部分が、魚の価値に繋がるのかもしれません。
田ノ岡さん:
やはり、美味しい魚を食べると幸せを感じますね。海のものを食べる喜びを感じるだけではなく、「捌いた身が美味しい」とか「秋のサバは美味しい」といった感情も湧き上がります。
熊野さん:
なるほど。旬の魚を食べるということも、人の幸せや心の豊かさに繋がっているのかもしれませんね。
5.江川の未来を考える
藪本:
将来、江川地域はどのような姿になっていてほしいと思いますか?
田ノ岡さん:
漁師を束ねる船団が地元に残っていてほしいですね。今あるものを維持することはもちろんですが、新たな船団が生まれると漁業の発展にも繋がると思います。
熊野さん:
一番いいのは、何もないところから漁師の船団を作ることですが、それは難しそうですよね。例えば、別の仕事をしながら漁師をする兼業漁師や、他の地域で漁をしている人を呼び寄せるといったやり方の方がまだ、現実味があるような気がします。
藪本:
やはり「漁業全体を見直し、漁師や魚の価値を輸出していく」という方法でしか、漁業を維持できないのではないかと思います。時間がかかってしまうのがネックではありますが。
ところで、江川漁港*など、田辺湾の周りには漁港が多くありますが、昔はどのような役割を担っていたのでしょうか?基本的に、港は船着き場や水揚げ場として機能しており、この仕組みは昔も今も変わらないのではないかと思います。
*参考 田辺市江川漁港周辺(釣太郎)
熊野さん:
田辺湾に文里(もり)港があるのですが、ここは太平洋戦争の終結により、引揚港*として利用されていました。また、かつては、文里港や戎(えびす)漁港*から白浜の桟橋に巡航船が出ており、通勤や通学に利用していた人も多く、船の上に自転車を積んで運搬していたそうです。
*参考 熱田親憙「熊野古道みちくさ記:第49回 時代の節目を作った田辺湾(田辺市)」(2018年5月1日、月刊FBニュース)
*参考 田辺市戎漁港周辺(釣太郎)
藪本:
なるほど。水揚げ場としての機能はどうでしょうか?例えば、他の場所から来た船が、江川の港に停留していたことはあったのですか?
田ノ岡さん:
魚の水揚げの際にはよく来ていたと思います。ただ、船団形式で漁を行う漁師も減ったため、今では港に来る船の数も少なくなったような気がしますね。
藪本:
やはり、漁業は担い手不足が課題だと思います。以前、農家の方と対談した際に「農業分野については様々な振興策が打ち出されており、国が積極的に支援してくれている」というような話を伺いました。農業と同じように、漁業も手厚い支援を受けることができれば、今ある課題が少しでも解決に向かうかもしれません。
ただ、このような漁業の現状は、逆にチャンスだと思います。例えば、アジア途上国において、現代アート等に対する国からの支援等は想定し難いです。ただ、その代わりに、彼らはアートという手段を用いて、ローカルに焦点を当てた作品や、自身の思想を全世界に輸出しています。彼らの作品の中には1,000万円を超えるようなものもあり、漁業もまた、アートと同じような手法で輸出できるような気がするんです。
そのような意味でも、我々は10ヶ年計画を立て、地域の価値あるものを地道に見直していきたいと考えています。今あるものを無理に変える必要はなくて、そのままの姿で世界に輸出していくことが重要です。目標を達成するためにも、まずは、漁の現場を見て勉強しなければいけませんが(笑)
田ノ岡さん:
ぜひ、一緒に漁に行きましょう!(笑)
藪本:
ありがとうございます!勉強させていただきます!
本日は大変勉強になりました。ありがとうございました。
田ノ岡さん:
ありがとうございました。
熊野さん:
ありがとうございました。