リサーチ & コラム

みかんダイアローグ vol.2『芸術は、みかん?みかんは、芸術? -天地耕作と山本鼎の思想を通じて-』テキストアーカイブ

2022年5月20日に開催したオンラインのトークセッション『みかんダイアローグ vol.2』のテキストアーカイブとなります。

日 時: 2022年5月20日(金)19:00〜21:00
会 場:オンライン(ZOOM)
参加費:無料
ゲストスピーカー:山本浩貴氏(美術史家)、福島正知氏(サウンドアーティスト)
聞き手:藪本 雄登(「紀南アートウィーク」実行委員)、下田 学(「紀南アートウィーク」事務局長)

【ゲストスピーカー】

山本浩貴 氏
1986年千葉県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツにて修士号・博士号取得。2013年から2018年まで、ロンドン芸術大学トランスナショナル・アート研究センターにて博士研究員として在籍する。韓国アジア・カルチャーセンターの研究員、香港理工大学デザイン学部ポストドクトラル・フェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、2021年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻にて講師を務める。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(単著、中央公論新社 、2019)、『トランスナショナルなアジアにおけるメディアと文化 発散と収束』(共著、ラトガース大学出版、2020)、『レイシズムを考える』(共著、共和国、2021)などがある。2022年6月に『ポスト人新世の芸術』(美術出版社)を出版。

福島正知 氏
1972年兵庫県伊丹市生まれ。大阪芸術大学デザイン学科インダストリアルデザインコース卒業。1996年機械メーカーに工業デザイナーとして入社し、工業製品デザインを担当。グッドデザイン賞を受賞した経歴もある。また、当時に劇団でBGMや舞台衣装などの制作も行っていた。2001年に退社後はインターメディウム研究所大学院スクール(I M I )へ入学し、サウンド制作・メディアアート制作を学ぶ。2003年にサウンドアートユニット「AWAYA」を結成し、作曲・演奏・プログラミングなどを担当。2007年に和歌山県田辺市中辺路へ移住。自然に寄り添う農作業を営む暮らしの中で、日々耳にする音をインスピレーションの源に、宇宙の神秘や生命の不思議を独特の音世界で表現した”音のアート作品”を制作し、楽曲、ライブ演奏、インスタレーション展示などを展開している。「紀南アートウィーク2021」では前田耕平「Breathing」の楽曲を担当、熊野の自然の音世界を巧みに取り入れた楽曲を制作・提供した。

ホームページ:http://awayajp.com/

【みかんダイアローグ Vol.2】

芸術は、みかん?みかんは、芸術? -天地耕作と山本鼎の思想を通じて-

下田:
みなさん、こんばんは。お時間になりましたので、みかんダイアローグvol.2を始めたいと思います。紀南アートウィーク、事務局長の下田と申します。よろしくお願いします。

紀南アートウィークというのは、和歌山県の紀南地方を中心とした芸術祭のことで、昨年は国際芸術祭を開催し、さまざまなアーティストの方の作品を展示いたしました。

「紀南アートウィーク 2022」では、「みかんコレクティヴ」というアートプロジェクトが進行中です。みかんを中心に生活されている農家の方や、アーティスト、研究家、デザイナーなどから一般の方を含めたいろいろな領域の方と一緒に「みかん」のことを深掘りしていこう、というプロジェクトです。

例えば「みかんに魂ってあるのかな」とか「みかんに民主主義ってあるのだろうか」など、今までの「みかん」を違う角度から深掘りしていきます。それにより、新たなみかんの価値を発見し、アーティストの方々と一緒に言語化したり可視化したりしていく、そういったことに取り組んでいきます。

本日のみかんダイアローグのテーマは、「芸術は、みかん? みかんは、芸術? -天地耕作と山本鼎の思想を通じて-」です。

芸術はみかんなのか、みかんが芸術なのか、または、農業は芸術なのか、芸術が農業なのかといったところから、広く農的な暮らしなどをテーマに、いろいろなお話をお届けしたいと思っています。

本日は2人のゲストの方がいらっしゃいます。1人目のゲストは山本浩貴さんです。後ほどもう1人のゲストである福島正知さんと対談をしていただきます。まずは、山本さんにご登場いただきましょう。

1.山本さんのご紹介

山本さん:
よろしくお願いします。山本と申します。

下田:
よろしくお願いします。山本さんは金沢美術工芸大学で講師をされながら、さまざまな現代美術に関する著書を書かれております。特に「現代美術史」(*)という欧米から日本までの現代美術を俯瞰して説明された本がとても有名です。最近新しい著書が発刊されるとお伺いしています。また後ほどご紹介お願いします。

(*)現代美術史:中央公論新社・2019年発行

本日のテーマである山本鼎や、日本であった農業と芸術運動などについて、非常にお詳しいということで本日ご登壇いただきました。よろしくお願いします。


山本さん:
はい。できるだけわかりやすくお話をしたいと思います。その後の福島さんとの対談も楽しみにしています。

2.芸術の農業化、農業の芸術化

山本さん:
芸術と農業のかかわりについて話してもらいたい、という大きなテーマをいただきましたので、「芸術の農業化、農業の芸術化」についてお話をしたいと思います。こういったタイトルは文化研究の中ではよくあるパターンで、古くでいうとベンヤミン(*)の「芸術の政治化と政治の芸術化」というものがあります。ただこれは往々として二項対立を作ってしまうということで批判されやすいということがあります。また、異なるものを同一視してしまうということもあって、何をやっても批判されてしまうというタイトルをあえて選んでみました。

(*)ヴァルター ベンヤミン(Walter Benjamin):ドイツの文学者,哲学者,批評家,社会科学者。

参照:コトバンク

僕自身、もちろん「芸術」と「農業」は完全に同一視はできないと考えています。ただ、いろいろ調べていく中で、近い接点だとか、お互いに総合的に関係し合える部分というのはあると思っています。輪郭はかなり流動的ですが、対話や関係性というのを考えてみたいと思っています。

それでは、まず私の自己紹介をさせてもらいます。1986年に生まれて、大学では社会学を勉強しました。「社会的な問題にアプローチする芸術の可能性」というのを考えたいと思い、ロンドンに留学をしました。そのあと香港に行ったり東京藝術大学で助教になったりして、2021年からは金沢美術工芸大学の芸術学専攻で講師をしています。

ロンドンでの博士課程では、東アジアの現代美術を専攻していました。1990年以降の冷戦が終わってからの植民地の問題や、社会的な芸術実践がどのように生まれ、どのように拡散していったのかということを調べていました。

その結果として書き上げたのが「現代美術史」です。美術史を分かりやすく説明するということと、入門書的なものとして脱中心化の問題を取り上げてみたいと思って書きました。イギリスに留学中に感じていたのは、芸術を語る上でどうしても欧米中心的な視点が入り込んでしまう、ということです。たとえば「アメリカでこういう動きがあって、それに似た動きがブラジルや日本でもある」というような語りが支配的であることに対して、疑問を持っており、「脱西洋中心的な語り」を作りたいと思っていました。「美術史の語りをいろいろな観点から脱中心化していく」というのが僕の関心です。

その流れの中で出版されたのが「新しいエコロジーとアート」(*)です。共著なんですけれど、編者は金沢21世紀美術館の館長をされている長谷川 祐子さんです。この本には哲学、人類学、美術史、社会学などさまざまな分野の論者の方が寄稿しています。「人間中心的」な視点というものを、「脱中心化」していくという考え方の中で生まれてきたものではないかと僕は理解しています。

(*)新しいエコロジーとアート:以文社・2022年発行

僕はこの中で「エコロジーの美術史」という総論のようなものを書いているんですけど、他のどの章も面白く読ませていただきました。ぜひ手に取っていただければと思います。

また、「ポスト人新世の芸術」(*)という本も発売されます。ここでは、脱人間中心的な視点で 美術史を見直してみたらどういう風に見えるだろうかということを考えていきました。さきほどの共著の中では、どちらかというと、通史的に1章を書いていたんですけど、ここではもうちょっと具体的な事例に沿いながら、実際的に脱人間中心的な美術史の語りというのは、どういうふうに構築することができるだろうか、というような関心の元で書いています。

(*)ポスト人新世の芸術:美術出版社・2022年発行(Amazon)

今回のトークは、この本を書いている中で考えたことからお話させていただきます。

今回は、3章と5章と終章の部分についてお話しますが、時間に限りもありますので、興味を持たれた方は直接本を手に取っていただけると嬉しいです。

3章では、1980年代から1990年代、2000年代にかけて、大都市中心的な美術史の流れの中であえて静岡を拠点にしながら製作をしていた「天地耕作の彫刻」について説明します。便宜的に彫刻と言っていますが、彫刻概念の拡張という部分も含めて活動を展開していた前衛芸術家集団です。

それと5章の山本鼎さんの農民美術運動のお話をします。山本鼎はもともと、「創作版画運動」という版画から来ていますので、その話もさせて頂きます。終章の「再魔術化」という概念についても最後に触れていきたいです。

3.天地耕作

1980年代後半以降、静岡の浜松を拠点に活動していたグループです。美術史の大都市中心主義というのは、金沢にいても感じる部分があります。地方で活動していた人というのは、どうしても美術史から零れ落ちやすいという点から見ても、大変重要な作家ではないかと思っています。

「天地耕作」は、村上誠、村上渡、山本裕司の3人で結成されています。「Shizubi Project 7 アーカイヴ」という、1980年代の芸術を集めた展覧会があって、その時の小冊子の文章から引用します。

・美術と非美術

「正当な美術教育を受けた山本と、美術外の出自を持つ村上兄弟とでは多少立ち位置が異なり、共同体でありながら実際の(略)「作品」は別々に制作された」

基本的には村上誠さん、村上渡さんのご兄弟のペアと、山本裕司さんとが別々に作品を作っていくんですが、非美術的な専門外の要素と、美術的な要素が混ざり合っているというところに、面白さが現れているのではないかと感じられます。

4.耕作物

大きな構築物のことを「耕作物」と名付けています。この言葉は天地耕作について書かれた文章の中で、一般的に作品という意味で使われています。

基本的に近代美術というものは、「見られるもの」「残すもの」というような概念が強い部分があります。万人に公開するものではなく、公開を必ずしも前提としていない作品、というところに、そもそもの美術概念を揺るがす部分があります。そこに農業的なものが入りこんでくる余地があるのではないか、と考えています。

この後の福島さんとの対談でお伺いしたいのが、福島さんも農業的な部分のプロセスをご自分の作品に入れ込みながら製作をされていると思うんですけど、福島さんの作品も「耕作物」であると当てはめることができると思っているのですが、ご自身ではどのようにお考えかな、ということです。

これは1988年から1989年の作品で「辻」という作品になります。

天地耕作は、自分たちの関心に近い人たちに向けてニュースレターを作ったり、冊子を作って配布したりしています。その中にこの作品についての説明があり、それが作品のステートメントになっています。美術作品のステートメントとは思えないような文章で、それはある意味旅人といった部分があり、既存の美術という枠組みの中では、捉えることができないのではないかと考えています。

こちらは同じ時期に作られた山本裕司さんの「氏神の祠」という作品です。ここでの作品についての説明も、美術のステートメントとかキャプションとは思えないような文章になっています。ここから読み取れる部分として、民俗学的な関心というのを非常に持っていて、そこから学んでいるような部分や、インスピレーションを受けているというのが非常に見受けられる作品となっています。基本的には、これは放置され、焼却されるもので、残っていなかったり痕跡だけは残っていたりするというような形になっています。

5.「作品」「美術館」「展覧会」

天地耕作の作品というのは、近代的な美術概念に対して、非常に鋭い疑義を突きつけるような実践になっています。作品というものは、美術館の中に鎮座していて、それを集めたものが展覧会である、というような西洋から入ってきた近代的な概念を疑っていくわけです。

福島さんに聞いてみたいことの2つ目として、福島さんご自身にとって「美術」とはどのようなものであり、「既存の美術」というものをどのようにとらえていて、ご自身の美術というものが、それとどのように異なっているか、ということについて伺いたいと思っています。

6.農民美術運動

次に農民美術運動のお話をしたいと思います。一気に大正時代まで遡ります。山本鼎は、非常に有名な版画家であり美術家です。山本鼎の有名な芸術運動は、児童自由画運動と農民美術運動です。この2つというのは非常につながりあっており、特に児童自由画運動というのは、当時の大正デモクラシーとかいろいろな所に接続するものなんですけど、今日は農民美術運動の方を詳しく説明していきます。

小崎軍司さんという方は、郷土史家の方で、山本鼎についてかなり詳しい伝記のようなものを書いている方です。その方の著書の中で、農民美術運動というのを「貧しい農村の経済を豊かにし、農村の文化水準を高め、そのうえ外貨まで稼ごうという遠大な理想によって創始された運動」と定義しています。

ここからわかるように、現在、農民美術運動について語られるときは、地域支援や経済の活性化など、農民の人たちが農閑期のやることがない時をいかして、お土産品のようなものを作ってお金を稼ぎ、農村を豊かにしていくという捉え方があります。

もちろん山本鼎自身もこのようなことを言っているし、間違いではないと思います。ただ僕は、人間と自然の関係とか、農業と美術の関係を考えるうえで、もう少し文化政策的なものとは異なる視点を出せないかな、と考えてみました。

最初にヒントにしたのが、長男であり詩人の山本太郎(*)のことです。彼の日記の中に、第二次世界大戦に出征前に息を引き取る直前の父親を尋ねたときの様子が書かれています。

(*)山本太郎:画家山本鼎と、北原白秋の妹イヱ(家子)との長男

参照 Weblio 辞書

「おやじは、最後に別れる時にもう一度農民の手を書きたい。デッサンで働く者の手を書きたいと言っていました。その頃には彼自身の手も利かなくなっていました。」

この「農民の手」というのをキーワードにしながら少し考えていきたいと考えるようになりました。

ここで少しだけ版画の話をしたいと思います。「漁夫」という作品がとても有名で、1904年の作品です。これ以降山本鼎は創作版画という運動を起こしていきます。

宮坂勝彦さんという郷土史家の方のことばをお借りすると「作画、彫、刷まで全てを職人の手を経ることなく、画家自らが行い、より魅力ある作品を責任をもって生み出していく」というものです。

つまり版画の分業だけではなく、デッサン、スケッチから掘るという作業までを全て一人で行っていくということです。今ではそれが普通じゃないかと思うかもしれませんが、昔の版画は分業体制でした。山本鼎は、自分一人で最初から最後まで責任をもって版画を作っていく、というような運動を始めました。

版画というものは、専門的な教育を受けた人ではなくても、比較的簡単に作ることができ、しかもたくさん作れます。たとえば政治運動とか民衆を巻き込むような政治的、芸術的な運動の中で使われており、民衆の芸術としての側面が強いというのが歴史的にあります。日本だけではなく、世界的に見ても版画というのは民衆と結びつきやすく、エリート的な芸術とは異なる部分があると思っています。つまり、山本鼎にはそういった視点があり、彼のバックボーンである版画がそれに関わっていたのではないかと思います。

7.農民美術建業之趣意書

山本鼎は留学先のロシアでテニシェワ夫人という人と出会い、その人が農民の子どもたちの学校を創立し、そこで作られた農民美術というものにすごく感銘を受けて日本に戻ってきました。そして、1919年に「農民美術建業之趣意書」を作りました。

農民美術練習所という学校で注目してほしいのは、女性の方が多いという点です。こういう運動って、男性的な感じがするんですが、農民美術運動については女性がかなり重要な役割を担っていたんです。美術練習所の先生の中には女性もいて、この時期にはすごく珍しいことだったという点が、すごく重要なポイントなのかなと思います。

8.労働(農業)と芸術の一体化

ここで一気に結論を申し上げると、僕が考えたのは、山本の農民美術運動を、「農業が持っている自然のサイクルの中に美術というものを入れ込んでいく運動」として考えられないかというところです。

9.自然のコントロール不可能性

自然を自分たちの理解できる、あるいはコントロールできる形にしてきた、というのが近代的な合理性の自然科学だったとしたら、そのコントロールできない部分という所に、強調点を置いてみようと考えました。

10.「闇」

ここで天地耕作の話に戻ります。2000年代になって、村上誠さん、村上渡さんの対談の記録が残っているんですけども、その時に渡さんが上記のようにおっしゃっています。

僕はこの対談を読んだ時に、この「闇」の部分に、自然のコントロールできない危うさや

、人間が近代的な発展の中で、見て見ぬ振りをしてきた、もしくは抑圧したり消去しようとしてきた部分があるのではないかと感じました。今はコロナや気候変動の問題など、さまざまな部分が抑圧してきたものが回帰してきているというか、そこに人間が逆襲されているという感覚を持っています。その「闇」というのを、天地耕作で描き出してきた、というふうにおっしゃっています。

ここで福島さんに聞いてみたい3つのポイントとして、福島さんの作品の中で自然とか世界が持つコントロール不可能な理解できない部分というのを、どのように実践に取り入れ、どのような関係性を結んでいらっしゃるかというのを、すごくお聞きしたいなと思っています。

11.「世界の再魔術」

天地耕作と山本鼎の農民美術運動を駆け足で見てきた中で、1つの芸術の可能性として、提出してみたいと思ったのが、「世界の再魔術」です。

「自然」というものを、フランシス・ベーコン(*)やデカルト(*)などが、「自然科学の実験は自然を拷問にかけて真実をはかせることだ」と言ったのは非常に有名な話です。つまり、拷問にかけることによって、自分たちの知識として対象化していくわけですね。そして理解可能な世界を作っていくというのが、脱魔術化のプロセスであるというものです。

(*)フランシス・ベーコン:イギリスの哲学者

参照 コトバンク

(*)デカルト:フランスの哲学者、数学者

参照:コトバンク

ただし理解できない部分が残るわけですよね。だから天地耕作や山本鼎の実践を見ていた時に、「わけのわからない」部分を提示して見せる、もしくはそこを前景化してみたり、逆に開示して見せることによって、世界や自然というものがよくわからない存在として変貌を遂げていく。そうした中で、人間と自然の新たな関係が結ばれていく。そういうところに芸術の可能性があるのではないかと僕は考えています。

天地耕作と山本鼎を歴史的に見てきた中で、自然と人間というものの関係を新たに考え直すという上で、芸術が持っている可能性というのは、そういったよくわからない部分、言語化できない部分といったものを、視覚的、感覚的な方向で示して見せる。鑑賞者とともにそれを共有したり、何かシェアしたりする中で、人間と自然の関係というものを、新しいものとして考えていくことはできないだろうか、と考えています。

紀南アートウィークでもそういった作品がたくさん見られるのでは、と思っています。私たちはこれからの時代、コロナだけではなく、いろいろな自然の問題と共存していかなくてはいけないです。そんな中で、何か特効薬のようにすぐ効くものではないけれども、長く考えたときに、私たちの認識や考え方そのものを変えていくような作品に出会えるのではないかなと思っております。そのような意味でも、紀南アートウィークを楽しみにしております。

下田:
ありがとうございます。今お話しいただいたように紀南アートウィークのテーマは「みかん」なんですけど、「コレクティヴ」というのも1つのテーマに掲げています。前回のみかんダイアローグ Vol.1の中で、アート・アクティビズム研究家の江上さんが「版画というものはいろいろな人がかかわることでできあがる、1つの民主的な製作プロセスの作品」というようなお話をしていただきました。

まさに「コレクティヴ」というのは、有機的なつながりで何かに取り組んでいきたいという我々の思いでもあるので、「コレクティヴ」という目線から気になったのでお聞きします。「天地耕作」というのは3名の方が中心にされているある種の「プロジェクト」というか、「コレクティヴ」のようなものだと思うのですが、この3名の方からの広がりには、どういった方が関わられていたのでしょうか。

山本さん:
美術関係の人だけではなくて、詩人や文化人類学者の人などさまざまな人がまわりにいましたね。有名な人でいうと、詩人の吉増剛造(*)さんがいらっしゃいますね。あとは少し上の世代の同じようなコレクティヴをされている「グループ幻触」(*)のメンバーもいました。そういった形で静岡だけではなくて、東京や他の地域にもつながっています。

(*)吉増剛造:1939- 昭和後期-平成時代の詩人。

参照:コトバンク

(*)グループ幻触: 1966~71年にかけて静岡を拠点に活動した前衛美術家のグループ。

参照:美術手帖

他にも哲学の人や美学の人がまわりにはいました。民俗学の人や研究者ではない人も含め、さまざまな人が周りに集まっています。そういう意味でいうと、コレクティビズムが何重にもなっています。3人で始めた運動ではあるけれど、その周りの人たちを含め、外側にいくつもコレクティヴがあるような感じになっています。コレクティヴ同士のつながりとか、重層性みたいなものを含めて、非常に面白い部分があると思います。

下田:
そういうのは昔からあったんですね。今に始まったことではないというのが、非常に興味深くすごく参考になります。今日のお話を聞いて理解が深まった部分があります。ありがとうございます。

山本さん:
コレクティヴ同士が有機的につながるというのは、ごく自然な動きで、その人たちが自分たちの作品を可視的なものにして残していく、そういった運動の中で形成されている部分が大きいのではないかという議論は、美術史のなかではすごく言われている部分になります。

コレクティヴを作る時は、ヒエラルキー的な物ができてしまうということもあります。これは江上さんも言われていましたが、必ずしもすべて完璧な体制というわけではなく、どうしてもうまくいかないコレクティヴも多くありました。ただ、うまくいったコレクティヴというのは、ピラミッド的なヒエラルキーを作らず、流動的に役割を変えながら、少しずつコレクティヴが形を変えている、というようになっている気がします。

下田:
「脱中心化」という絶対的な誰かがいて、その人がいないと回らないというものより、周りのオペレーション作りの仕組みができていて、人が入れ替わっても同じように活動が続いていくというものでしょうか。

山本さん:
そうですね。

下田:
うーん、それは理想的な在り方ですよね。持続可能性の観点からもすごく理想的で、すごく参考になります。ありがとうございます。

それでは、この後はもう1人のゲストである福島さんに登場していただきましょう。

12.福島さんのご紹介

福島さん:
こんばんは。よろしくお願いします。

下田:
こんばんは。よろしくお願いします。本日お2人目のゲストである福島さんをご紹介させていただきます。和歌山県田辺市の中辺路という熊野古道沿いの町にお住まいで、サウンドアートユニットAWAYAでサウンドアーティストをされています。

紀南アートウィーク 2021では、地元田辺出身のアーティスト、前田 耕平さんの作品「Breathing」で音楽を提供頂いたご縁がありまして、ゲストにお呼びしています。

農的な仕事をしながら、メディアアートを製作されています。では、福島さん、よろしくお願いします。

福島さん:
はい、よろしくお願いします。それでは私の自己紹介を経歴なども入れてご紹介します。その中で「農業と芸術」に深いかかわりがある人生だったので、そういったこともお話させていただきます。

私は兵庫県伊丹市出身で、大阪芸術大学でインダストリアルデザイン学科を卒業しました。いわゆる工業デザインを学んでいまして、卒業後は機械メーカーであるクボタで工業デザイナーとして、機械デザイン、おもにコンバインの機械の設計を担当していました。

その後クボタを退職して、IMIインターメディウム研究所という、社会人向けのアートスクールが万博公園の中にありまして、そこに2年ほど在籍してアートの勉強をしていました。その後はアート的な活動を大阪でしていたんですけど、2007年に中辺路の方に引っ越して現在に至る感じです。

今は、アートユニットの「AWAYA」で自ら作家活動をしながら、「スタジオAWAYA」という、地元のインディーズのアーティストをプロデュースする仕事をしています。あとは熊野けいおん部(*)というのを主催したり、ふたかわ超学校(旧二川小学校)(*)という中辺路にある廃校した小学校をみんなで有効利用しようという活動をしていています。毎月映画の上映会ですとか、コンサートイベントを企画しています。

(*)熊野けいおん部 Facebook

(*)ふたかわ超学校(旧二川小学校) Facebook

13.デザイナー時代

私の最初の社会人としてのスタートは、工業デザイナーなんですけど、見ていただいたら分かるように、ロボットアニメの影響を受けたこういうデザインが好きだったんです。試作機を作って、実際に自分も運転しながら全国の圃場をめぐって、試運転して具合を見るということを検証していきます。そんな検証を何度も繰り返して、製品化されています。

これはコンバインの中でも大きな機械で、北海道や中国など広い土地で使われるものです。

クボタっていう会社はおもしろくてですね、デザイナーはたくさんいるんですけども、扱っている製品もたくさんあるので、1人1製品担当する感じなんですよ。スケッチの段階から、立体に起こして試運転するところまで1人で研究してやるんです。この「エアロスターシリーズ」というのも私が1人で担当しました。

グッドデザイン賞も受賞させていただきました(*)。初めて担当したデザインだったので、やりがいがあったし、自分が設計したものが世に出るというのは嬉しかったです。でも、次の製品を考えるというときに、角ばっているところを丸くするとか、色をかえるとか、デザインのルーチンになってしまって、自分が埋没していく感じがしたんですよね。

(*)参照:「GOOD DESIGN AWARD ホームページ」 2001年グッドデザイン賞

それよりもなによりも、農作業というものは、農作物という製品を大量製品するためのもので、農業機械というのは、それをサポートするための機械なわけですよね。要するに農作物という作物そのものじゃなくて、作物を大量に作るためには手段を選ばないところがあって、その結果何が起きるかというと、ずばり環境破壊なんですよね。

化学肥料をばらまくとか、遺伝子組み換えの種を使うとか、何とかしてコストを下げて、生産性を上げようとするんですよね。それが正しいとか正しくないかという話ではなくて、私が作った機械が大きな影響を与えているということなんです。

こういう工業製品って、大量生産されて世界中に輸出されて、製品化されていく。それは、各地でいろいろな影響を与えるんです。1人のしがないロボットアニメが好きだった、私のようなデザイナーごときが影響を与え続けていく、というプレッシャーに耐えきれなくなったんですよね。それで、この仕事を辞めてしまったんです。

サラリーマンとしてデザイナーをしながら、一方で劇団に所属して舞台衣装とか劇の音楽などの舞台芸術のようなこともやっていました。こういった舞台衣装とか音楽とかって、機械と違って何の役にも立たないんですけども、純粋に自分のイメージとか、作りたいものを形にして発表にする場なんですよね。そういうものを仕事にするっていう方法もあるのかなって考えながら、もんもんとサラリーマン生活を続けていたんですけども、思い切ってやめるという形になりました。

14.IMI時代

インターメディウム研究所大学院スクールというのが大阪万博跡地の中にありまして、音響系、メディアアートなどの第一人者の方とか、現代アートの現場で活躍されている方が講師をされている学校だったんですね。そちらに2年ほど在籍しました。

この写真はIMIを卒業した後の写真なんですけども、アートの現場でいろいろな作業や体験をさせていただきながら、IMIで一緒に学んでいた、奥野裕美子と2人で「AWAYA」を結成しました。

奥野は、日本語の先生をやっていて、アニメーションなどのメディアを使って日本語を教える教材を作りたいっていうのがそもそもの目的で、IMIに来ていました。でもそのうち、そういう文学的な表現から、「言葉」とか「声」を使って表現するというものと、私がやっていた音楽や設計したオブジェ的な物とプログラム的な物を組み合わせて、アート的な表現ができないかなっていうことをやり始めたのが、AWAYAの発端です。

そのうちにヤノベケンジ(*)さんという人に目を付けられて、「ジャイアント・トらやん」という8メートルくらいある巨大なロボットの彫刻を作る技術が欲しいってスカウトされました。それで、全国行脚しながら各地の美術館をまわって、「ジャイアント・トらやん」を目覚めさせる儀式を行っていました(笑)。

(*)ヤノベケンジ:「YANOBE KENJI ART WORKS」ホームページ

いわゆる現代アートの方々と一緒に仕事をさせていただくという機会に恵まれながら、一方でAWAYAの活動も行っていました。現代美術の世界に憧れている学生さんにとったらすごくうらやましい話なのかなと思うんで、それはそれでありがたい話だったんですけど、何をしているんだろうっていう気持ちは半分くらいありましたね。

工業デザイナーをやっていて感じていた疑問を、違う業界で同じことを繰り返しているという気持ちは、ずっとつきまとっていました。架空の世界を見て楽しんでいるだけ、という気持ちがぬぐえなくて、自分たち自身が自然に身を投じないとダメだな、という考えが強くなってきて、中辺路に移住という形になりました。

15.中辺路へ移住

2006年に田辺市に引っ越してきて、中辺路には2007年から住み始めました。移住していきなり米作りから始めました。米作りも見ての通り手作業です。かつて農業機械を製作していたくせに、自分で作る時は完全に手作業でした。

田植えも苗から自分で育てて、手で植えていきます。田んぼも草が生えたままの耕していないところに植えていきます。子どもたちに参加してもらったときもあります。稲刈りして脱穀するところまで手作業で農作業をすると、何が違うかと言うと、まず音ですね。

とにかく機械をつかうと全部エンジン音で消えちゃうんですよ。でも手作業でやっていると、田んぼに生きている生き物たちの音が聞こえてくる。あるいは作業している音が聞こえる。機械化しちゃうと音って消えちゃうんですよね。1人で全部できてしまうから、話し声もない。

手作業で音を感じながら作業ができていると、生き物たちが集まってきます。さらに農薬も撒かないのでたくさんいますよ。田んぼにいる生き物って畔に卵を産んで育てるんですよね。だから畔やのり面の除草なんかも手作業で行います。

びっくりするのは冬ですね。冬って寒くて生き物の気配は感じないと思っていたんですけど、ヤマアカガエルは12月とか1月に産卵しに来ます。真冬に田んぼからカエルの鳴き声が聞こえてくるんですよ。四季を問わずなにか生き物がいます。入れ替わり立ち代わりといった感じです。農場っていうのはそういう場所なんです。

16.AWAYAでのアート活動

そういった農作業をしながら、サウンドインスタレーションという形で、オブジェ的に配置した中に展示として作ります。紅葉にぶらさがっているのはひょうたんで作ったスピーカーなんですけど、1個1個違う音が鳴るんです。田んぼの中にいるいろんな生き物が違った音を出して、全体で1つの音空間を作るのと同じようです。

そういった作品に必要な材料というのは、自分が住んでいる野山に満ちています。これを使って何を作ろうかな、というところから作品を作ります。アート作品としては展示だけじゃなくて、カフェなどにも飾っています。そういった展示以外にもライブパフォーマンスとして、いろんなところで2人で演奏活動も展開しています。

17.音の時間採集ワークショップ

AWAYAの活動以外の私個人のアートワークとして、十津川にあるゲストハウスをやっているギャラリー&ゲストハウス「noad ノード」(*)での活動があります。宿泊メニューの1つとして、音の時間採集をするワークショップ(*)を行います。

(*)「noad ノード」ホームページ

(*)「五感軸で暮らす、育てる モニターツアー」ワークショップ

ボイスレコーダーを1人1個ずつ持って歩いて自然散策をして、録音した音をみんなで持ち寄って、自分のイメージと並べ替えてストーリーをつくります。さらに、その音の再生速度を引き延ばして聞いていただいたりします。

普段聞いている音っていうのは、人間の時間の間隔でしかないんですけど、小さく寿命が短い生き物たちっていうのは、凝縮した時間を生きていて、それを疑似体験していただくために、再生速度を変えて聞いていただきます。

18.熊野けいおん部

あとは熊野けいおん部での活動を紹介します。田並の「田並劇場」(*)という、古い劇場をご夫婦で再建されて復活した劇場で、音を出して遊ぶ「音遊び」をしています。音楽をするのではなくて、ただ音を出すだけで何をするわけでもないんです。メンバーも決まっているわけではないんですけど、いろいろなところから集まってきています。

(*)田並劇場:「紀南アートウィークホームページ」対談#39 つながる世界の物語 ~はしっこから見えること~

そのうちになんとなくお互いのクセがわかってきて、ある種の音楽的なものが生まれてくるんですね。それを毎月やっています。熊野けいおんの活動の一環として、そのメンバーでメキシコの「死者の日」というハロウィンに似たお祭りの舞台をやったこともあります。

ふたかわ超学校(旧二川小学校)という廃校で、「微生物と生物の共演」といって、微生物が入った水を顕微鏡をのぞいて、それを見ながら演奏するというライブイベントをしました。別に微生物が音楽を聞いて踊りだすわけではないんですけど、そういうリアルな即興音楽をやっていました。

音遊びのあとは、恒例のカレーをみんなで作ったりして、団らんのひと時を過ごします。何を目的にとか、固定のメンバーの自覚とかも特にはなくて、とにかくみんなで集まって音を出して楽しむんです。今回のお話で、コレクティヴという話を聞いた時に「けいおん部」ってコレクティヴじゃないの?って思いましたね。

下田:
はい、ありがとうございます。もりだくさんでしたね。おもしろい来歴でした。バリバリの工業デザイナーから、今は自然と一緒に暮らされていて、どこまでが表現で、どこまでが遊びなのかわかりませんね(笑)。

福島さん:
はい、まさにそんな感じですね。

下田:
いいですね。おっしゃられる通り、それはコレクティヴなんだと思いますよ。それがみなさん自発的に関わられていると思うんですね。それがすごくステキだなあと思います。

「みかんの芸術化?-美術家 x 農家のリアル対談-」

ここからは実行委員長の藪本に登場いただき、山本さんと4人で話を進めていきましょう。

藪本:
大変貴重なお話を聞かせていただきました。大変勉強になりました。ありがとうございます。それでは、山本さんからの質問に対するお答えを福島さんから聞かせていただきましょう。今日のテーマのメインである「芸術の農業化、農業の芸術化」について話を深めていきたいと思います。

下田:
そうですね、山本さんの話の中でもご質問いただいていましたけど、福島さんの生き方が脱中心的というか…。

山本さん:
そうですね。福島さんのお話を伺ってインスパイアされた部分があるので、もう一度整理して質問したいと思います。

お話を聞いた中で1つ反省したことがあります。それは、私は「農業」というものを1枚岩的に考えていた部分があったということです。

芸術というのはどういうものかというのを考えた時に、一言では言えないというのは美術を研究している人にとって当然なことで、そこにはたくさんの重層性があると思います。

福島さんの工業デザイナーの時代から始まって、葛藤や苦悩を経て今のプラクティスに移行するまでの話を聞いた時に、農業にも様々なものがあるんだな、と感じました。

手作業のものがあったり、環境破壊の問題とからめて大規模な機械を使う農業があったり、もちろんどれが良いとか悪いとかというのは、僕は専門外なので簡単に判断できないものの、いずれにせよそこにそれぞれの利点や問題点というのが存在するのだな、と思いました。

それと印象的だったのが、手作業をしていると自然の音が聞こえるとおっしゃっていたことですね。確かに機械を使っていると、そういうものが目にも耳にも入らないですよね。そういったものの存在が、すごく重要だという言葉にすごく感銘を受けました。

あとは、「時間を引き延ばす」というプログラムの体験がありましたが、これは生物学とか人類学とかでよく使われる概念ですね。それぞれの生物から見た世界、人間ではなく個々の生物から見た世界がどうなっているかっていうのは、人間にはわからないですよね。

例えば、セミの8日間ってすごく短いものですけど、その日数の中にものすごいものが凝縮されていて、それはセミになってみないとわからないと思うんですよね。でも疑似体験をしてみる手段として、時間を引き延ばして聞いてみるというのは、すごくおもしろい試みだと思います。

今のコメントをふまえて、もう一度聞きたかったことをまとめますと、1つ目は「福島さんにとって芸術とは何か」ということです。福島さんがいろいろな葛藤や苦悩、もちろん楽しかったことも含めて、たどり着いた今の「芸術」とは何ですかと聞かれたら、どのように答えられますか。

福島さん:
そうですね。まずは、「芸術」とは、「ついついおもろいと口から出てしまうようなもの」でしょうか。もう1つは「時には人生観を左右してしまうような力を持っているもの」だと思います。

それはすごく理路整然としたものなのかもしれないし、そうでないかもしれない。どういう形であれ、心を動かされて、価値観というものを再構築させられるような力を持っているようなもの、というのは全部芸術やアートとして扱えるのではないか、と思いますね。

山本さん:
ありがとうございます。人の価値観を動かしたり変えたりっていうことは、自分が面白いと思う部分から始まるというのは、すごく興味深いなと思いました。福島さんは、有名な美術館や現代美術の最先端のようなところでお仕事をされていた経験があったんですよね。でもそれは自分がやりたいことというよりは、現代美術の世界の中で、求められていることをやっているだけのような気がして、そこをやめてみたんですよね。「自分がやりたい」「自分が楽しい」というところを大切にしたというのが、福島さんの核の部分なのかなというように感じました。

2つ目の質問ですが、「手作業しているときには自然の音が聞こえる」とおっしゃっていましたが、そこは当然コントロールできないですよね。たまたま聞こえるものとか、生き物もたまたま出会うわけですよね。そういった自然のコントロールできない部分とか、よくわからない部分というのは、都会での生活にくらべてたくさんあったと思うんですけど、そういったコントロールできない部分というのが、ご自身の活動に影響を与えているかというのを伺いたいです。

福島さん:
そうですね。1年のスケジュールというものは、カレンダー通りでコントロールできないものですよね。農作業に必要な時期というのは決まっていて、田植えはこの時期にしないといけないとか、自然の天候に多少の変動はあるにしても、それに委ねていくしかないというところが1つです。この時期は稲刈りをしないといけないから他のことはできないという、そういうスケジュールに縛られますね。

もう1つは作品自体に扱うものは、自然のものを使うんですが、オブジェにつかう材料にしても、必ずしもイメージ通りのものが手に入るとは限らないし、手に入ったものをどう扱ったらいいのかがわからないものがあるわけです。でも、それをどう料理するかっていう所が、逆に醍醐味でもありますね。

例えば、粘土やプラスチックで、イメージ通りのものを3Dスキャンして使うというのとは全く逆で、その形自体がもっているものを、いかに作品に転嫁させるかっていうところがおもしろいですね。

山本さん:
ありがとうございます。もう1つ踏み込んで聞いてみたいのですが、とはいえ、人間が完全に自然に身をゆだねる、ということはすごく難しい部分がありますよね。

例えば、作品を作っていく中でも、自分のイメージするものに多少近づける部分があったり、あえてコントロールできない部分に身をゆだねたり、福島さんのプラクティスの中で、どこまで自分で調整して、どこまで身をゆだねるのか、そのバランスはどういう形で考えていますか。

福島さん:
これはもうその時々で、答えはないですね。降りかかる影響というのが、思いもよらないほどすごいことが起こることもありますし、逆にこちらから工夫してやっていくこともあるし、本当にその時その時で振り回されっぱなしです。

獣害対策とかになってくると、人と野生動物との知恵比べになりますよ。そういうところを現代的な暮らしというのは排除して暮らしているんだろうな、ということを感じることがあります。どうしようもないことに振り回されるということが、隣り合わせにあるという暮らしですよ。

山本さん:
それでいうと伺いたいのは、たとえば音楽や作品制作でいうと、これで終わり、というかこれで完成かな、という形になるのは、どういうふうに決まってくるものなんでしょうか。

福島さん:
ある程度納得いくまで作り込みたい、というのはあるんですけど、音に関して言えば、完成形の音っていうのは永遠に訪れないですね。だから提出期限であるとか、何かきっかけが必要です。制作を止めた時が最高の状態であることを受け入れる、そういうところを試されるところがありますね。

「ここをもっとこうしたい」というのはありますが、個人のそういうイメージは、しょせんたかがしれている、というところがあって、同じ音であっても人によっては「もっとこうしたらいい」とかいろいろな感じ方があるので、自分はこう思うという所にとりあえず落ち着かせています。でも、それすらももっと広い自然の中でいえば、ごくごく小さい話なんですよ。だから、あまりそこにこだわらなくてもいいのかなって、最近思いつつあります。

山本さん:
受け入れるという感覚は、僕にはなかなか受け入れにくいものですね(笑)。必ずしも地方での生活がすべて素晴らしい、と賛美するわけでもないんですけど、やっぱり今おっしゃったコントロールできないものとか、何かを受け入れていくという感覚は、なかなか都市では難しいですね。バスなんか、ちょっと遅れるだけでイライラしてしまいます(笑)。

ある時は受け入れて、ある時には身をゆだね、またある時にはちょっと抗い、みたいな心地よい自分の受け入れ方というのを、今の人たちは少しずつ身に付けて行かなくてはいけないのではないかという意味で、学ぶことはたくさんあるのではないかと感じました。

僕の聞きたいことはいろいろ聞けました。ありがとうございました。

藪本:
ありがとうございます。では、私からもお話をお伺いしたうえでのコメントと、最後にお二人からコメントをいただきたいです。

みかんコレクティヴの中で、アートの脱中心化、別の言い方をすると脱領域化というものを思考していきたいな、というのを考えています。これは昨年の反省で、展示にしても文章を書くにしても、「アート」を入り口にしすぎている部分があったのではないかと思っていて、これが今苦しんでいることの原因ではないかと思っています。

藝術やアートについて、書けば書くほど空疎化してしまうというか、切なくなってきてしまうんです。その意味では、今後の展開として、入口にアートを構えるんじゃなくて、実はシンプルに農業や今の生活や個人的なこととか、何も説明がない状態で自然に生じてくるような表現がやはり重要ではないのかな、と思っています。

そういう意味で、まさに福島さんの実践とつながっている気がします。ある種目的がなく、社会を分解しながら、またそれを再構築して円環的な表現活動をされているところに可能性があると思います。そういう意味では、まさに紀南地域では、みかんが極めて、生活に近い存在として、生活と接合しているので、昨年と比較してわれわれも前進できているのかなと思っています。

また、入口を「アート」ではなく「みかん」にして「みかんコレクティヴ」をやっていますが、和歌山県の生産量が一番だとか、地元に親しみやすいという理由だけだと、アート側の人から見るとよくないんじゃないのかな、というように考えています。

和歌山県とか紀南地域側が、他者としてみかんをどう相対的に表現できるかということが重要なのではないかと思います。画家の自画像が重要視されるのは、自分を客観的にみてどう相対化するかということだと思うので、みかん農家しか持っていない技術をみかん以外で使ってみる、自分と他者の目線の間におかれるのがアートですから、そこから紀南の農業は、何を生み出していけるのか、ということを考えていきたいです。

農業と芸術の文脈の中において、みかんをどう相対化していくか、そのために今後どうやっていけばいいのか、今後のみかんコレクティヴの方向について、どう思われますか。

山本さん:
すごく大きな質問だと思います。先ほどのコレクティヴの流動性みたいなものを、リゾーム的に捉えるというのは重要なことだと思います。「ツリーからリゾーム」(*)っていうのは、始点もなければ終着点もなく、ある任意のいずれかに接続できるということです。

(*)リゾーム:現代思想で、相互に関係のない異質なものが、階層的な上下関係ではなく、横断的な横の関係で結びつくさまを表す概念。幹・枝・葉といった秩序、階層的なものを象徴する樹木(ツリー)に対していう。

参照 コトバンク

今、藪本さんたちがやっているプロジェクトはいい方向に進んでいると思っていて、それはどんどんカオス化していますよね。登壇者もさまざまで、そういったカオスになっているというのはとてもいいことです。なので、入り口と出口、始点と終点という考え方をあまり気にせずに、どの点からも接続ができるようなプロジェクトになるといいのかな、というように考えています。

芸術と農業の話でかき混ぜられ、そこにアクティビズムの話やコレクティヴの話、いろんなものが入ってくることで、どの点からも接続できる。和歌山の方であっても、県外や海外の方であっても何らかの接地点が見出せるような、不思議な接続ができるようになって、そういったリゾーム的な構造というのを持っていくのがいいのかな、と思っています。今、こういう形でどんどんいろんな人たちをかき混ぜているという方向性としては、準備段階としてすごく成功していると思います。

藪本:
ありがとうございます。

あまり目的とかを考えずに、カオスを楽しみながら(笑)、広く大きくやっていきます。

山本さん:
今回のトークを聞いていらっしゃる方も多様だと思います。農業をやられている方もいれば、音楽や美術、学芸員の方もいれば、人類学者の方もきっといらっしゃいます。そういった中で接地点というのが、ごちゃごちゃになっているわけですよね。僕たちが言ったことが変な所に接続し、いろんな結節点をもっていて、それがまた有機的につながっていくというような感じです。

藪本:
ありがとうございます。福島さん、どうでしょうか。

福島さん:
さきほどの山本さんの質問の続きにもなるんですけども、何を最終形と判断するのか、というところで、あらかじめ目標や目的を決めすぎずに、その都度変わっていくことを受け入れることも大切です。

自分の視点だけでは見えづらいですね。音楽を作っていくときに、自分の理想とする音楽を作ると、自分のイメージする音楽しかできないんですけども、全然違うジャンルの人たちと集まって音を出しているうちに、全然違う音になっていくんですね。

それは自分が理想とする音楽とは違うんですけども、なんだかすごく「これいいじゃん」と思える瞬間が来るときがあるんですよ。その瞬間を待つということじゃないかな、と思いました。

山本さん:
目標を決めて、そこに向かっていくという考えになってしまうけれども、福島さんがおっしゃったようにある瞬間を待つというか、そのための準備をするというか、動きながら何かを待つというような駆け引きも、コントロールできない部分であって、それも1つの思考として重要な点かと感じました。

藪本:
ありがとうございます。下田さん、何か質問等を受けていますか?

下田:
はい。こちらをご視聴されている方で、青森からご参加の方からのコメントがきていますのでご紹介しますね。

「宮沢賢治も農民芸術を言っていますが、土壌を改良し、寒さを人間の力で乗り越えるという点もあるように思います。また農業工芸も都市で売って外貨を稼ぐことによってなんとか生き延びようとしているように感じます。特に寒く作物が取れず貧しい地域では、まずいかに、自然を人間の力で乗り越えるかということに課題があると思いました。自然を受け入れると死んでしまうのです。都市と地方という考え方の他に、地方間の多様性という考え方にも目を向ける必要もあるのではと感じました」

というご意見です。どうでしょうか、山本さん。地方間の多様性という考え方を言われています。和歌山はどちらかというとあたたかい気候で、それと違う青森では、いかに自然の力を人間が乗り越えるかということが重要ですね。

山本さん:
貴重な視点だと思います。「西洋とそれ以外(West and the Rest)」という言葉がありますが、僕はアジアの研究をしていて、アジアとアフリカは違うのに、どうしても「西洋とそれ以外」というように、それ以外の中にその他すべてが入れられてしまいます。

都市と地方という考え方だけではなくて、地方間の差異、あるいは地方同士のつながりとか、中心を介さなくても思考できるような考え方の枠組みというのは、言われている通りすごく必要になってくるような気がします。

その時に重要になるのが、それぞれの地域の特殊性みたいなものがあって、寒い地方と暖かい地方では全く違うわけですよね。そういった点から言っても、地方というのを一枚岩で理想化しすぎてしまうのに関しては、注意深く具体例などを見つつ考えていく必要があるように感じます。

藪本:
みかん栽培をどう相対化するかというような議論から言うと、例えば青森県のりんごのようにその環境の中でりんごを育てるということと、和歌山県でみかんを育てるということは、何が一緒で何が違うのかということを、農業を切り口に考えることが重要ではないかと思います。そこの場所や土地でみかんをつくること、地域の表現はどういうものなのか、その多様性みたいなものを考えていきながら、みかんコレクティヴを発展させたいなと思っています。

山本さん:
すごく重要なことだと思います。それぞれの地方で農業って言っても、まったく異なる部分が見えてくるわけです。それは必ずしも中心とされる都市を介さなくても見えてくる、むしろ介さない方が見えてきます。青森でも、りんごをテーマにした展覧会というのが、いろいろ工夫の中でなされています。例えば、そういうものとの対話などができると、すごくおもしろいんじゃないかと感じました。

下田:
私も今回いろいろ企画を進める中で、青森のりんごをテーマにした展覧会のカタログを取り寄せてみたのですが、アプローチもそれぞれで、地域に根差した展示をされていました。何か通じるものがあるとは感じていて、それぞれの地域にあったやり方をやっていくということが、本来それぞれの地域ですべきことなんだと感じました。

山本さん:
そうした差異の中に重要な部分が隠れていて、それは対話をすることによって見えてくるものですよね。そういった機会がもっと増えるといいですし、このプロジェクトのこれからのさらなる発展に関しても、重要なヒントになるのではないかと思います。

福島さんもいろんな地域に行かれて実際に農業を見てこられたと思うんですけど、地域間の差というものはどう考えられますか。

福島さん:
そうですね。同じ紀南でも海側と山側とでは全然違っていて、ちょっとした違いで気候も違ってきますから、自然、田舎、都市という切り口では区別できないものだと感じます。それと同じように自然は受け入れなきゃいけないという極論ではなくて、受け入れるところは受け入れて、抗う所は抗って、人間が人間ならではの能力で知恵を使っていくことで、文化を育んでいくということだと思います。

こうするべき、こうするべきではない、と分けてしまうのではなくて、その場所、その瞬間ごとに違う答えがあっていいと思います。それをいろんな人と対話しながら見つけていくことが、生きていくことなのかと思います。

山本さん:
そうですね、もちろん人は考える時にある程度概念みたいなものはあるけれども、そこには多様性があり、簡単にくくれない部分があるというのを考えつつ、一枚岩的な概念にしないことですね。そういった思考というのは、常に動いている状態で、終わりのないプロセスになっていて、それが生きていくことと結びついていると思います。

下田:
ありがとうございます。今度は視聴者の方から音声での参加がきていますね。あ、多摩美術大学の森脇 裕之(*)さんですね、こんばんは。

(*)森脇 裕之:多摩美術大学情報デザイン学科教授

参考 多摩美術大学ホームページ

森脇さん:
こんばんは。今日のやり取りをお伺いしていて、農業とアートとかコレクティヴとか、そういう話が出てきたときに、近代芸術との違いというのが明確に見えたなと思っています。今アートって同じ言葉で呼びますけども、全然違う意味合いを持ったものが認識されようとしていて、都市と田舎の問題というものに位置づけがちなんですけども、そうではないんでないかと思います。

もっと時代というかニーズというか人間の営みに戻るような形でもう一度アートを考え直そうとすれば、近代芸術が確立してきたものとはまた違うものが見えてきているのが今なのではないかと、そんな感じが私の中ではしています。

福島さんが完成というものを求めないという発言が、非常に納得できました。それは自分が田舎暮らしに身を投じて、その場で生活している本音のようなものがそこで出てきたのだろうと思います。福島さん頑張ってください。

あと、藪本さんに質問なんですけども、去年紀南アートウィークの説明をお伺いしているときは、藪本さんの考えるアートというものが、近代芸術的な物とデザイン的なものがけっこうごっちゃになってお話されていたように思うのですが、今日みかんのお話をされていて、藪本さんの中でも、ずいぶんと着地したようなアートが見え始めてきているのかな、というように感じました。藪本さんの中でこれからどう展開されていくのかというのをお伺いしたいです。

藪本:
そうですね、今はシンプルにアーティストさんに対する尊敬の念がすごく湧いてきています。なぜかというと、テキストを書けば書くほど先人達の思考をなぞることしかできなくて、それをつなぎ合わせることはできるんですけど、果たして、今の実践において、新しいものを生み出せるのかということについて悩んでいます。その意味で、言葉にできないことを別のアプローチで超えようとされているアーティストが単純にすごいな、というふうに思っています。その意味で、大きな目的論を考えるより、まずは、アーティストの「まなざし」を丁寧に捉えながら、活動していきたいと思っています。

森脇さん:
いつも思うのは、同じアートと呼んでいいのかなというように思いますね。言葉というのは後からついてくるんですよね。アーティスト自身もそれを言葉にしていかないといけないというのが、責務としてあると思います。ただ、それを外から言ってくれる人がいると、ちゃんとジャンルになっていくわけですよね。そのへんのかけあいみたいなことが、この紀南アートウィークの中で循環的に起こればすごくいいなと思います。

藪本:
ありがとうございます。貴重なコメントをいただきました。

下田:
まだまだいろいろお話したいところがあるのですが、そろそろお時間になってきました。最後になりましたが、先ほどコメントをいただいた方からお返事が届いていますので紹介させていただきます。

「分業制の大衆メディアとしての浮世絵から、一人ですべて制作し、恩地孝四郎など刷りの一回性へと向かう創作版画への流れは、版画が大衆から離れていくプロセスとも捉えられるかと思います。創作版画への大きな一歩を踏み出した山本鼎が、どのように多くのプロでない人たちの版画制作と繋がっていったのか、という点を、もっと知りたいと思いました。」

そうですね、コレクティヴを語る上でそこはすごく重要な項目だと思います。示唆的ないいコメントをいただきました。ありがとうございます。山本さんの著書にはそこのところが詳しく書かれているのですよね。

山本さん:
そうですね。一人の作家が創造性を発揮してなされる創作版画というのが、大衆との結びつきのある版画から離れていくプロセスとみることができるでしょうね。新著の『ポスト人新世の芸術』(*)では、地元の人たちとどうやって美術運動をやっていったかということについても詳しく書いているので、ぜひ読んでいただいて、批判的なものも含めて感想をいただければなと思います。プロセスの中でどんどん動いている壮大なリズムというのが、今の紀南アートウィークの一番大きな魅力なのかなと思うので、今後の展開を楽しみに見させていただきたいです。今日はお招きいただいてありがとうございます。

(*)『ポスト人新世の芸術』山本浩貴 著 美術出版社 (2022/6/28) 参照:Amazon

下田:
こちらの本は6月後半発売らしいので、ぜひチェックしてください。福島さんの方は何かイベントのご予定などありますか。

福島さん:
「WATER FOREST KUMANO」(*)というCDが、AWAYAのコラボアルバムとして2022年3月から発売されているので、よかったらお買い求めください。田並劇場では、誰でも参加できる音遊びを毎月やっているので、よかったら遊びに来てください。

(*)https://sp.teichiku-shop.com/products/detail/TES0001NX3

下田:
ありがとうございます。いろんな立場の皆さんが混じっていく場を作っていくことをわれわれも提供していきたいと思います。「カオス」というのは、何かが生まれる前の状態という意味があるので、そういう「カオス」でありたいなと思います。

皆さん長時間お付き合いいただきましてありがとうございました。