コラム

対談企画 #21 『来迎寺を紐解き、湯崎を探る – 来迎寺×アートの可能性 – 』

紀南アートウィーク対談企画#21

<今回のゲスト>

榎本 慎示(えのもと しんじ) さん
和歌山県白浜町湯崎(ゆざき)にある来迎寺(らいこうじ)の副住職。
湯崎の活性化のため、お寺から新しい風を吹かせようと動き始めています。
参照:白浜町湯崎 http://www.nanki-shirahama.com/walk/yuzaki.php

<聞き手>

藪本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長

<参加者>
杉 眞里子
紀南アートウィーク副実行委員長

下田 学
紀南アートウィーク事務局長

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

来迎寺を紐解き、湯崎を探る

– 来迎寺×アートの可能性 –

目次

1. 来迎寺の歴史とこれから
2. 来迎寺×アートの可能性
3.湯崎の魅力

1. 来迎寺の歴史とこれから

ー来迎寺の蓮ー 出典:Facebook/浄土宗 湯崎山 来迎寺

藪本:
地元野球チーム(ボーイズリーグ和歌山田辺)の同学年という繋がりもあり、今日は白浜の風景も懐かしみながらお話ができでばと思います。
最初に自己紹介をお願いしてもよろしいですか?

榎本さん:
白浜町にある来迎寺の副住職をしてます。子供の頃から社会人まで野球一筋でした。藪本さんとは中学校のボーイズリーグで一緒でしたね。高校は、日高高校中津分校(ひだかこうこう なかつぶんこう)に行きました。最後の大会は、藪本さんの率いる田辺高校と準決勝であたりコテンパンにやられた、そういう思い出があります。それから佛教大学に進学し、お寺を継ぐことが少しずつイメージできるようになりました。今は、来迎寺のお檀家さんたちとコミュニケーションをとらせていただきつつ、後継ぎとして勉強しています。

藪本:
来迎寺はいつぐらいにできたお寺なのでしょうか?何度か火事に見舞われたと聞きましたので、歴史などを遡るのも難しいと思いますが。

榎本さん:
1879年(明治12年)の西牟婁郡瀬戸鉛山村(にしむろぐんせとかなやまむら)の資料によると、1688年(元禄元年)に来迎寺はできたようです。
今は「湯崎」という地名ですが、昔は「鉛山村」と呼ばれていたそうです。海からすぐ山の斜面になるので、坂の町とも言われています。道も細いです。広島県の尾道(おのみち)をイメージしてもらえたらわかりやすいですかね。

藪本:
湯崎という地名は、温泉があるからでしょうか?万葉集や日本書紀にも載るような、由緒ある温泉地ですもんね。

榎本さん:
白浜温泉は日本三古湯のひとつで、万葉秘話として真白良姫の像が湯崎にあり、天皇様が訪れたということや、温泉地、また、鉛の採掘地ということが記されています。

藪本:
浄土宗が全国的にメジャーになって、だんだんと紀南地域に入ってきたという感じでしょうか?

榎本さん:
そうだと思います。
浄土宗は開宗が、1175年(承安5年)武士が出回るの野蛮な時代ですね。法然上人(ほうねんしょうにん)が宗祖です。

藪本:
浄土宗は、プロレタリアート *1 の人たちの宗教?のイメージがありますが、「鉛の採掘」「鉛山村」とつながるのでしょうか?

*1 プロレタリアート:労働者階級。資産がなく、自分の労働力を資本家に売り、賃金をもらって生活する人たちの階層のこと。

榎本さん:
その昔、仏教に触れることができたのは、1部の権力者や貴族。けれども、法然上人は、信仰というものは本来立場の弱い人にこそ必要なものだと考えられました。お念仏である南無阿弥陀仏を唱えることで、極楽浄土に生まれることができるという考え方です。一部の権力者のみならず、あらゆる人が救われれるというを大事にしています。

藪本:
お寺は集いの場だったんでしょうね。

榎本さん:
今でも地元の人にとっては、ちょっと散歩で行ける場所、安らぎや憩いの場。お墓参りだけでなく、そういうことがお寺に来る理由になっていると思います。昔は子供の集まるスポットでもあったんですけどね。

藪本:
現在、非檀家さんとの関係はありますか?

榎本さん:
ほとんどお檀家さんのみとのお付き合いですね。観光で来られる方は少ないです。

藪本:
白浜に来る観光客がお寺行くというイメージがないですね。来迎寺はこれからどんな存在になっていくでしょうか?

ー「パンといろいろ」ー 出典:ブログ/南紀白浜で暮らす

榎本さん:
もっとお寺を開放して、今までお寺と縁がなかった人も来れるような環境を作っていきたいと思っています。

最近の取り組みとしては、お寺の本堂で、ヨガをやったり、フルートの演奏会をしたり。また「パンといろいろ 」というイベントも開催しました。お寺から坂を下りていくと、湯崎の商店街があって、昔は、魚屋さん、床屋さん、酒屋さん、生活用品が買えるお店があったりして賑わっていたんです。今はほとんどシャッターが閉まってます。そういう空き店舗とお寺の境内を利用して、パン屋さんや、いろいろなお店に出店してもらうという企画です。昔を知る近所の方が「こんなに人があふれてるのはすごく懐かしい。」と、とても喜んでくださいました。ほんとにお祭りみたいで、湯崎がすごいことになりました。

※参照:パンといろいろ http://www.nankishirahama.jp/news/detail.php?news_id=280

藪本:
お寺が全面に出るということではないのですか?

榎本さん:
お寺は最後という勝手なイメージがあったのですが、お檀家さんから「お寺から変わってくれ、そこから周りに広がっていくから」と言われ、お寺は地域の拠点だということに改めて気が付きました。昔はお寺の境内に櫓(やぐら)を組んで、盆踊りをしたことなども聞きました。

2. 来迎寺×アートの可能性

ー湯崎からの夕日ー 出典:ブログ/南紀白浜で暮らす

藪本:
ちょうど盆踊りについての資料を読んでいたところです。夏至に催される、死者とのダンス会(笑)。盆踊りと現代アートっておもしろいと思うんです。

榎本さん:
日本の文化ですよね。ご先祖さまを大切にする心だと思います。また、フラダンスの「フラ」も祈りや感謝が込められた踊りで、盆踊り と通じているところがありますよね。

※参照:盆踊り https://www.bonodori.net/rekishi

藪本:
おそらく地理的な要素もあるんです。昼と夜とのバランスが一番崩れるタイミング、生きてる人の世界と死者の世界の境界が不明になる瞬間。その状態で死者と一緒に踊るのが盆踊りなような気がします。中央に太陽があるという設定で円を描き、隣に死者が立ってることを想定しているような振付け。歌の内容も現代に生きている人を対象にしているようには思えない内容となっていることが多いと思います。
現代アートに生と死は重要な要素なので、おもしろいんじゃなかな。

榎本さん:
そうなんですね、盆踊りの円になって踊るスタイルにも意味があったんですね。知りませんでした。

藪本:
私も専門家ではないのでわかりません(笑)が、そんな風に思います。
湯崎は東側に山があって、西側に海がありますよね。確実に海民たちが好んだ土地だと思うんです。そのライン上に寺院を造るというのは、他の地域でも見られる構図です。来迎寺がある場所も、古代人にとってはとても魅力的だったのだと思います。来迎寺そのものを掘り起こすことがアートと関係していきそうですね。
紀伊半島に来た人たちは、どういう人たちだったのかと推測すると、おそらく落ち武者や残党、浪人たちが、京からこちらに下りて来たのではないかと思っています。勝手な仮説ですが、そのような人たちが港に集まってきて、当時の宗教者がビジネスとして目を付けたのが、「鉛の採掘」だったのかとも想像できるかもしれません。もしくは、鉛の採掘があったから、浄土宗が根付いたのかもしれません。

※編集注:来迎寺は、海まで数百メートルの小高い地域にあります。(Google Map)

榎本さん:
なるほど、そうなのかもしれませんね。
立場がどうであれ、どんな方にも信じるもの、信仰が必要であったと思います。もちろん現在に生きる私達も便利な世の中で幸せな時代ですが、裏切られない信じられるものが必要です。

藪本:
そうですね。湯崎で生きて死んでいった方たちの系譜、また榎本家はどんな家系だったのか、みたいなことに興味がありますね。

榎本さん:
信仰があるからこそ心の育てがあり、なければ自分第1主義な世の中になって争いが絶えないと思います。だから、僕自身も信仰は必要だなと思っています。そこまではわからないですが・・・湯崎と言えば、漁師さんの町。

藪本:
海民ですよね。湯崎の人たちの性質ってどんな感じですか?

榎本さん:
海の人という感じで、日に焼けて、キリッとしたような力強さあります。あと、女性も元気な人が多く、よく笑いますね。町は静かなのですが、よく笑い声が聞こえてきます。居心地がよく、雰囲気もすごくいいですよ。

藪本:
漁師町。漁師の人達が力を持っているという感じですか?

榎本さん:
権力的なものかわかりませんが、湯崎にとっては大きな存在の1つだと思います。

藪本:
漁自体が生活に密着しているということですね。どのくらいの人が現役で漁をされているんでしょうか。湯崎の港にも興味が湧いてきました。お寺と漁師さんの関係はどうですか。

榎本さん:
今、振り返れば近所に漁師さんはたくさんいましたし、子供の頃には友達と一緒に釣りを教えてもらった記憶もあります。今もお盆の時期に、漁港から魚介類供養の法要をしています。

藪本:
古座川の河内(こうち)祭りは、おそらく仏教とあまり関係がなく、捕鯨船とアニミズム *2 的な要素が入ってる気がします。海民と捕鯨。聖なるものとして鯨を捉えていると思うんです。
来迎寺の信仰のあり方をアップデートすると、何か見えてくる気がします。そのためにも、漁師さんとの対話が必要ですね。鉛の町という歴史も興味深いし、白浜町湯崎ってどういうところなのかを深掘りしていくと、自分たちのルーツを考え直せる可能性がありますね。私の父も白浜町桟橋(さんばし)出身で、まさに漁民との関わりは切り離せないですし、そういえばおじいちゃんと桟橋の入り江に釣りにいったことを思い出しました。温泉との関わりはどうですか?

*2 アニミズム 全てのものの中に霊魂が宿っているという考え方。

※編集注:白浜桟橋。桟橋から東に向かって田辺湾があります。(Google Map)

榎本さん:
鉛に関しては僕もあまりイメージがなくて簡単な資料で知る程度でしたので興味があります。
湯崎は温泉地で町中に温泉パイプが通っていて温泉の香りもします。ありがたいことに来迎寺も温泉が出るんですよ。お寺で足湯ができたらいいのにという声もあります。

藪本:
温泉が出るお寺って、なかなかないんじゃないですか!?漁師と温泉は繋がるんでしょうか?

榎本さん:
まさに湯崎の色ですよね、漁師と温泉。

藪本:
白浜は、白良浜 のイメージが強いですが、白浜や湯崎にとって、本当に大事なことは、漁師文化と温泉文化なような気がします。それを再度整理する必要があると思いました。

※参照:白良浜 http://www.nankishirahama.jp/spot/detail.php?spot_id=19

3. 湯崎の魅力

ー湯崎の路地ー 出典:ブログ/南紀白浜で暮らす

下田:
湯崎は車で入れない道がとても多い路地ですよね。個人的にあの感じがすごく好きで散策したことがあります。迷路のようですね。私は田辺に移住して3年なのであまり詳しくはないですが、田辺の江川(えがわ) も同じような雰囲気ですよね。全国的に見ても、漁師町ってそういう構造のところが多いのかもしれないと、ふと思いました。

※参照:江川町 https://www.tanabe-kanko.jp/event/tanabematsuri/okasa/egawa/

榎本さん:
確かにそうですね、江川も道が細いですね。

下田:
家がくっついているのが機能的なのか、それとも、住むところにはこだわらず、1歩でも海に近くと思ったからそうなったのか。何か理由がありそうですよね。

榎本さん:
お隣さんがすごく近いです。漁師町特有の構造なのかもしれませんね。面白いですね。

下田:
白浜で路地裏サイクリングというツアーをされてた方もいましたよね。たぶん地形が魅力的で、白浜に新しいツアーを組みたかったのだと思うんです。路地歩きは、宝探しみたいな要素があって楽しいですよね。路地散策マップみたいなものがよく作られているのを鑑みても、路地そのものが資産。どうしてこんな構造になってるのか、その辺りも湯崎の魅力として出てきたらおもしろいと思います。

杉:
榎本さんは、東京の「森ビル」はご存知ですか?六本木に、IT企業が入る特徴的なビルがあるんです。もともと六本木は、路地のような細い道がいっぱいあった地域です。それを彷彿させるように、わざと迷路みたいな造りでビルが建てられています。エスカレーターも1人しか乗れない狭さだったり、高低差をつけたりして。湯崎には、路地の持つ空気感や要素が自然にあるんだ!って思いました。
そして、お寺で温泉が湧くってすごいですね。何気なく足湯に行くと、「盆踊りは死者とのダンス」ということが知れる。足湯と盆踊りのアンマッチというか、すごく世界が広がる気がします。

榎本さん:
地元に住んでると、この風景が当たり前になっています。外の人たちからの言葉で気付かされることが本当に多いです。とても新鮮な気持ちで聞かせてもらいました。

杉:
笑い声が聞こえるっておっしゃってたのも、素晴らしいなと思います。底力がすごくある。白良浜から見たら奥の方にあるにも関わらず、イベントをすればたくさんの人が集まるというのも、湯崎には何か隠れた力があるんじゃないですかね。

榎本さん:
なにかやるぞ!という時に、団結する力があるなと感じてます。

杉:
地域の人が、誇りを持てるというのはいいことですよね。大切にしたい、これを無くしたくないと思う気持ちは、とても大事だと思います。

榎本さん:
今、湯崎に風が吹いてきてるなあと感じていて、周りの人たちも同じように感じつつあるんじゃないかと思ってます。そのようなタイミングでしたので、今回、対談の機会を得られたこともありがたかったです。

藪本:
いえいえ。最後に、何か我々に期待することなどありましたら。

榎本さん:
多方面の方を繋げてくれてるきっかけでもありますし、白浜、紀南の人は自分の住んでる町のことを知るきっかけにもなると思います。紀南アートウィーク、大いに期待しています。

薮本:
本日は長時間にわたりありがとうございました。

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