コラム

アートとレタスの関係性 -レタスの芸術史を探る-

紀南アートウィーク対談企画#19

<今回のゲスト>

野菜農家
遠藤 賢嗣さん
京都府宇治市出身。大学卒業後は、白浜町内にあるアドベンチャーワールドに就職し、イルカの調教を行っていた経歴を持つ。現在は、白浜町で野菜農家として働きながら、農業体験希望者の受け入れなどを行っている。
https://shirahama.theshop.jp/

<聞き手> 

藪本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長

<参加者> 
杉 眞里子 
紀南アートウィーク副実行委員長

下田 学
紀南アートウィーク事務局長

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

アートとレタスの関係性

目次

1.遠藤さんのバックグラウンド
2.100万円でレタスを売るために
3.レタスの歴史とおいしさを決める要素
4.農家はスーパークリエイター
5.おいしさだけでは測れないレタスの価値
6.レタス農家の復活に必要なもの

1.遠藤さんのバックグラウンド

出典:遠藤 賢嗣(facebook) https://ja-jp.facebook.com/kenji.endo.908

藪本:
本日はお時間を頂きまして、ありがとうございます。
今回の対談では「紀南の未来を作る」をテーマに、農業を通じて、前向きな取り組みをされている遠藤さんにお話を伺えればと思った次第です。
まずは、遠藤さんのバックグラウンドについて教えていただけますでしょうか。

遠藤さん:
出身は京都の宇治市です。
昔から動物や自然が好きで「将来はイルカのトレーナーになりたい」という思いがあったので、大学では動物について勉強していました。
大学卒業後はアドベンチャーワールド(※)に就職しまして、そのほとんどをイルカの調教師として働いていました。

※アドベンチャーワールド・・・和歌山県白浜町にある動物園、水族館、遊園地が一体になったテーマパーク
アドベンチャーワールド

藪本:
そこからアドベンチャーワールドは辞められたんですよね。

遠藤さん:
そうですね。アドベンチャーワールドでの仕事も楽しかったんですけど、もっと自然に近い環境で仕事をしたいとの思いが心のどこかにありました。また、白浜の人たちともっと密接に繋がりたかったことも理由の一つです。白浜での生活を重ねるなかで白浜に生きる人の魅力に気づき、そういう方々と地域を盛り上げていきたいと考えるようになったんです。
それらが両立できる仕事は何かと考えた時に「畑だ!」と思い、野菜農家になる道を選びました。畑は身近に感じられる自然ですし、農家は様々な人と接する仕事というイメージが私にはありました。畑のもつ可能性の広さに魅力を感じたんです。

藪本:
野菜農家として仕事を始めて、現在はどのような状況なのですか。

遠藤さん:
今は独立して3年目で、レタスやトウモロコシを主に作っています。ほかには、ケイトウやストックといった花も育てています。
育てた野菜は、基本的には農協へ出荷しています。他には、ネットで販売したり地元の飲食店で使ってもらったりもしていますね。白浜町には農業のイメージがあまりないので、食を通じて多くの人に知ってもらって、自然や畑を身近に感じてもらえればとの思いで提供しています。

藪本:
BtoB(※1)とBtoC(※2)の割合はどれぐらいなんでしょうか。

※1 BtoB・・・Business to Businessの略で、法人間取引のこと BtoB(B2B)とは?
※2 BtoC・・・Business to Consumerの略で、企業が一般消費者を対象に行うビジネス形態のこと
BtoC(B2C)とは?

遠藤さん:
農協へ出荷するBtoBが8割を占めています。やはり配達などの流通も自分で担当するとなると負担が大きくて、現状ではBtoCまで手が回らないんです。野菜の売れる数や単価がそんなに高いわけでもなくて。

藪本:
今はレタス一個当たり何円で売っているんですか。

遠藤さん:
150円です。周囲の人からは「ちょっと安すぎやで」っていう風には言われます(笑)。

2.100万円でレタスを売るために

出典:遠藤 賢嗣(facebook) https://ja-jp.facebook.com/kenji.endo.908

藪本:
一つのレタスを100万円で売れるようにできないでしょうか。というのも、紀南アートウィークの一つの目的が、「農作物といった『ローカルな一次産品』の差別化に貢献できないか」ということだからです。
私が仕事をしながら感じるのは、グローバルな仕事とローカルな仕事の金銭的な差が広がっていることです。そのため、地域はグローバルな部分に少しでも関与するだけで潤う可能性があると思っています。
たとえば、アートの世界ではそういった流れが既に生まれています。最近流行りのアーティスト・コレクティブ(※)という人たちはすごくローカルなのですが、そのローカルなものを現代アートで表現して全世界へ輸出しているのです。そして、輸出で得たお金をみんなで使う仕組みが出来上がっています。
同じことをここ紀南でも再現したいというのが、私の考えです。紀南アートウィークも、ローカルなものを現代アートとして輸出するための手段として始めました。地元の農家さんが「アーティスト」になってレタス等の農作物を「アート」の価値をもった高付加価値商品として輸出できれば、地域も潤うはずだという考えです。
突拍子もない話に思われるかもしれませんが、紀南でなら実現できると確信しています。

※アーティスト・コレクティブ・・・アーティストによって形成された集団
アーティスト・コレクティブ

遠藤さん:
紀南は、物凄いポテンシャルを秘めていますからね。

藪本:
そうなんです。新しい取り組みに挑戦する時には、地域の性質も大切になります。その点、紀南は果樹王国として成功している実績もあり、挑戦の土台は十分に整っていますからね。

遠藤さん:
その仕組みが実現できれば、財源が潤って、そのお金で人を雇って、また作物を輸出してという良い循環が地域に生まれそうですね。

藪本:
そのとおりです。そして仕組みの実現は、遠藤さんが作られているレタスを100万円で売ることに尽きると思うのです。実際に現代アートの世界では、バナナを壁に貼っただけの作品が数千万円で購入されています。バナナで売れるならレタスでも同じように売れるはずです。
そして、レタスに高付加価値をつけて売るためには「レタスの芸術史」を再整理する必要があります。「私が作ってるレタスはアートだ」「レタスの芸術史における重要な取り組みだ」というようにですね。そうなれば、そのレタスは歴史に残るレタスになるので、100万円で売れる可能性もあるのではないでしょうかレタスの芸術史を考える上でも、紀南におけるレタスの歴史など様々なお話を遠藤さんからお伺いできればと思った次第です。
 

3.レタスの歴史とおいしさを決める要素

出典:遠藤 賢嗣(facebook) https://ja-jp.facebook.com/kenji.endo.908

遠藤さん:
レタスの発祥地は和歌山県のすさみ町とされていて、そこから白浜町にも流れてきたようです。一時期はほとんどがレタス農家という状況だったのですが、レタスの病気が地域で流行ってしまって一気に廃れたと聞いています。ただ、最近は、新規就農した若手の方々が少しずつレタスの生産量を増やしているのですけどね。

藪本:
どうしてレタスは、紀南にやって来たのでしょうか。

遠藤さん:
戦後である80年前に、米軍の食事用として栽培され始めたようです。当時の日本では珍しい野菜だったみたいですね。

藪本:
物流の観点で見ると、紀南地域で育てるのは合理的ではなさそうなので不思議ですね。紀南でレタスを育てることに何か意味があるのでしょうか。

遠藤さん:
レタスは、霜が降りて凍ってしまうと薄皮が剥けてダメになります。紀南地域は、霜が降りる期間が他の地域に比べて短いので、冬場でも育てやすいというメリットがありますね。

藪本:
なるほど。レタスの味わいに差が出たりはするのですか。

遠藤さん:
味わいに関しては鮮度の影響が一番大きいです。もぎたてのレタスはとてもエネルギッシュなのですが、時間が経つにつれて水分が抜けてシャキシャキ感が失われてしまうんです。さらに、食感だけでなくて見た目の元気さもなくなっていきます。収穫して1時間以内のレタスは、見た目の良さもおいしさも格段に違いますね。

藪本:
やはり鮮度が大事なんですね。

遠藤さん:
あとは、レタスのサイズ感も影響するかなと思います。感覚的なものですが、大きすぎず小さすぎない、ちょうどおいしく見えるサイズがあるんですよ。見た目のおいしさですね。
ただ、それでも味わいに関して鮮度に優るものはないですけどね。
 

4.農家はスーパークリエイター

出典:遠藤 賢嗣(facebook) https://ja-jp.facebook.com/kenji.endo.908

藪本:
見た目の美しさやおいしさは収穫してすぐにだけ体感できる一瞬のものってことですよね。しかし、その一瞬に価値があるともいえます。そう考えると、レタスの持つ一瞬の輝き、その瞬間だけを切り売りしたら高い値がつく可能性もあるのではないでしょうか。

遠藤さん:
十分にあり得ますね。私も、レタスが持つ瞬間の輝きをいかに伝えるかということは常に意識しています。
レタスには外葉という外を向いている葉っぱがあります。スーパーに売っている商品だと包装フィルムに包まれているのでわからないのですが、外葉は収穫した瞬間のレタスのエネルギーがギュッと詰まったような形になっているんです。それを見てもらいたいがためだけに、フィルムじゃなくて袋に入れて販売しています。

藪本:
地面に繋がっている間は元気ですが、地面から離れてしまうと一瞬でエネルギーを失ってしまうのですね。なんだか地面についても考えさせられる食べ物です。

遠藤さん:
あと、レタスは成長すると花を咲かせるのですけど、物凄く太くてエネルギッシュな茎になります。この茎は、ノコギリで切らないといけないぐらい硬くて食べられないのですが、そのエネルギッシュさを見てほしくてレタス販売の際には展示してますね。

藪本:
花が咲くのは、動物でいうところの交尾、生殖のためですよね。

遠藤さん:
そうですね。植物の成長には栄養成長(※1)と生殖成長(※2)があるのですけど、その生殖成長によって花を咲かすための茎が伸びてきます。

※1 栄養成長・・・植物が茎、葉、根など栄養器官のみをつくること 栄養成長
※2 生殖成長・・・花芽をつくり、花を咲かせ、実を結んでタネをつくること 生殖成長

藪本:
栄養成長と生殖成長の切り替わりは何が影響して起こるのでしょうか。

遠藤さん:
順調に成長した時は当然花を咲かそうとしますね。あとは、気温が高すぎるなどのストレスがかかると、十分成長していなくても花を咲かそうとします。どこか人間と似ているかもしれません。

藪本:
ほとんど人間と一緒ですよね。そういう部分がレタスのおもしろさなわけでしょうか。

遠藤さん:
そうですね。しっかり手をかければかけるほど思った通りに成長しますし、逆に手をかけなければ思ったようには成長しません。
手をかけるというのは、レタスは水に浸かると弱ってしまうので浸からないように管理をしたり、寒いときは保温してあげたりとかですね。

藪本:
育てるときの気持ちは、お父さんやお母さんのような感覚でしょうか。

遠藤さん:
というよりは、コーチ的な感じですね。野菜は初めから凄いポテンシャルを秘めています。おいしい野菜に育つというポテンシャルです。農家は、それを見つけて伸ばしてあげるような感覚です。
野菜の力はすごいので、育てるというのもおこがましいぐらいなのですけどね。

藪本:
さらに言えば、人間側も食を通じてレタスに支えられているわけですよね。私の感覚的には、こうした循環を生み出す農家さんは、アーティストに近い存在だと思っています。

遠藤さん:
私がある人に言われたのは、「農家はスーパークリエイターやな」って言葉です。とても小さな種から立派な作物になるまで育てるので、確かにそうだなと納得しました。同じ作物は存在しませんし、それぞれに違いがあって強い個性を持つ作物もありますからね。
私は、お花も育てているのですが、成長の過程で曲がってしまう花もあるんです。そうした花を「コセイツヨメ(個性強め)」という名前にして売っています。「コセイツヨメ」という名前だと「頑張ってるなぁ」という感じで皆さん手に取ってくれるんですよ。

藪本:
「不器用だけど頑張ってるなぁ」というように共感してくれる人はいますもんね。
世の中も、形の良いレタスが常に高い価格になるのではなく、個性あるレタスも同じように認められる世の中にしていくべきなのかもしれませんね。

5.おいしさだけでは測れないレタスの価値

出典:遠藤 賢嗣(facebook) https://ja-jp.facebook.com/kenji.endo.908

藪本:
下田さんや杉さんは、遠藤さんにお聞きしてみたいことなどありますか。

杉:
お話を伺って、レタスを100万円で売るためには「体験」を作ることが大事なのかなと思いました。「現地に行って、その場で収穫した新鮮なレタスをすぐに最良の方法で食べる」という体験ですね。
レタスという商品単体ではなく、体験を含めた全体を提供することで、価値はグッと高まるのではないかと。

遠藤さん:
味を極めるのも大切ですけど、食べる背景を作ることで価値も変わりそうですよね。
私がトウモロコシを販売する時は、買っていただいた方限定でQRコードを配布して、収穫と成長の動画を見れるようにしています。その動画を見てから食べると、味も変わると思うんです。それは一つの価値と呼べるのではないでしょうか。

藪本:
まさしく価値だと思います。
おいしさには、「味」だけでなく「体験」などの背景も含まれると考えると、おいしさの定義はかなり広いですよね。一つのレタスに様々な解釈ができるので、改めてレタスはアートだと感じました。

遠藤さん:
ちなみに、販売する時のレタスに「さっき採レタス」と名付けて売ることがあります。「さっき採れたレタス」ってことですね(笑)。販売する30分ぐらい前に収穫したレタスに、その名前を付けて売ってます。

出典:遠藤 賢嗣(facebook) https://ja-jp.facebook.com/kenji.endo.908

下田:
さらに踏み込んで、土ごと売るのは難しいのでしょうか。もし土から出すと鮮度が落ちるのなら、レタスを土ごと取ってきて高めの値段で販売するのもありだと思いました。「食べる直前に土から取り出して食べてください」とできると、鮮度の良いレタスが家庭でも食べられますよね。

遠藤さん:
ありですね。レタスは、土から出したり根っこを切ったりすると元気がなくなってしまいますので。

下田:
ほかには、食文化が近い他国からレタスの別品種を持ってきて売るのもおもしろそうです。

遠藤さん:
逆に、「日本レタス」のように日本独特のレタスを海外に売るのもいいですね。

下田:
いずれにせよ、レタスの魅力は「みずみずしい」という言葉に詰まっていますね。「みずみずしい」は新鮮さを意味する言葉で、水分を含んでいるニュアンスを持ちます。そのため、「レタスを食べている」ではなく「おいしい水を食べている」のようにレタスの価値を表現できると思いました。

藪本:
ただ、みずみずしさはレタスの持つ価値の一つであって、しおれたレタスに価値があってもおかしくないわけですよね。人間は、若者からお年寄りまで様々な人がいて、それぞれが違った価値を持っています。同じように、しおれたレタスには、しおれたレタスしかない魅力があるのではないでしょうか。

下田:
確かにそのとおりです。旬が過ぎることを「とう(薹)が立つ」と言います。一般的には悪い意味で使われがちな単語ですが、とうが立ったレタス、とうが立った人、それぞれが異なる良さを秘めているのかもしれませんね。

6.レタス農家の復活に必要なもの

出典:遠藤 賢嗣(facebook) https://ja-jp.facebook.com/kenji.endo.908

藪本:
お話を伺ってレタスの魅力はよく理解できました。
次に、紀南の農家事情についてお聞きしたいと思います。紀南でレタス農家を再興させるためには、現状何が不足していて何が必要だとお考えでしょうか。

遠藤さん:
人不足が一番の課題ですね。そして、人を増やすためには、農家に興味のある人が気軽に遊びに来れるような環境が必要だと考えています。

藪本:
人が足りないんですね。担い手がいないから作物の生産も増やしようがない。
人手を外国人の方々で補うのはどうでしょうか。

遠藤さん:
外国人でもいいですね。ただ、人手不足の大きな原因の一つは、「農業はしんどい」というイメージが強すぎることです。ですから、農業は楽しくて儲かるというイメージを広げていくことが必要なのかなと思いますね。
意外と畑は私たちの身近にありますよね。そうした畑に気軽に来て農業体験ができるような状況を作っていくと「意外と農業っておもしろい」という流れになって、人も増えていくはずです。

藪本:
農業に関心を持つ人を増やすのが先決なのですね。
そこからさらに、農家さんが資金調達や社会保障の対応などをできるようになれば、より人が増えるかもしれませんね。

遠藤さん:
そうですね。畑は余るほどたくさんあるので農業への入口さえ整備できれば、人は自然と増えていきそうです。

藪本:
まだまだ対談させていただきたいこともありますが、時間も長くなっております。
最後に、遠藤さんが紀南アートウィークに期待することなどあれば、お聞かせいただければと思います。

遠藤さん:
実際は違うのかもしれませんが、アートにはどうしても敷居が高いというイメージがあります。アートは生活の延長線上にあるもので、誰もにとって身近なものだと実感できるようになれば素晴らしいなと思います。

藪本:
本日はありがとうございました。

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