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コラム

対談企画 #2『梅はスパイスか!? – 紀南と梅の交易史 – 』

◆紀南アートウィーク対談企画 #2

<今回のゲスト>

山本 宗一郎さん

みなべ町清川で80年続く梅農家の3代目。
梅の産地を守ることを考えつつ、新しい梅の可能性も探られています。

<聴き手>

紀南アートウィーク実行委員長
薮本 雄登

<参加者>

内村 寿之
株式会社PARADOXのブランドデザイナー。企業の志やミッション、ビジョンを言語化するということが生業。紀南アートウィークのネーミングやデザイン、ブランディングに携わっている。
https://www.prdx.co.jp/

森脇 碌
紀南アートウィークの副実行委員長
TETAUの理事。デザイナー。地域の人々を巻き込みながら、幅広く活躍中。
https://www.tetau.jp/

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

梅はスパイスか? – 紀南と梅の交易史 –

1.山本農園の紹介

薮本:
宗一郎さんは、田辺高校野球部時代の一つ上の先輩という背景もあり、今回、対談をお願いしました。先輩がキャプテンで、ショートで、私がその後ろのレフトを守ってました。懐かしいですね、、、、

清川で80年続く梅農家さんの三代目ということですよね。自己紹介いただいてもよろしいでしょうか。

山本さん:
みなべ町でも一番山沿いの清川というところで、梅農家をしています。

僕は、姉2人の末っ子長男で、昔から農家の後継者という英才教育を受けてきました。
高校卒業後、すぐに就農するというのは考えられなかったので、他の世界を見たいということもあり農業を学べる東京の大学に進学をさせてもらいました。
「お前は後継者だぞ」と言われ続けてきたので、小学校の頃から「夢は?」と聞かれるのが1番困る質問でした。冗談で「プロ野球選手」とか書いていましたが、農家になるんだとは思っていました。

薮本:
そうなんですね。笑
山本農園の歴史を教えて頂けないでしょうか?創業者についてもお伺いしたいです。

山本さん:
祖父の代で梅づくりが始まりました。それまでの清川は、炭を焼きつつ水田をしするのが主流でした。父親の代からは周りでも梅栽培が始まり、我が家も徐々に規模を拡大し、製炭業を辞めて今に至ります。

薮本:
なぜ、おじいさんは梅の栽培を行い始めたのでしょうか?

山本さん:
昔から紀南では梅の栽培をしていたと思うんですけど、生活の主となるものではなかったかもしれません。ちょうど「南高梅」が登場した時で、祖父も魅力を感じたんだと思います。
他の野菜や果物は、品種改良されて新しい品種が出てきていると思いますが、「南高梅」は50年経っていてもブランド力が落ちていないというのがすごいところだと感じています。

2.紀南における梅産業

薮本:
和歌山県は、果樹王国、みかん、桃、梅、柿がほぼ1位ですもんね。中でも梅は、日本の65%以上のシェアを占めています。なぜこの土地でこんなに梅が圧勝してるんでしょうか?

山本さん:
和歌山県は山間部が多く、平地がほとんどない。「山間部でも傾斜地を利用して作れる作物は何か?」という視点から昔の人は考えたんだと思います。それが、梅とみかん。

薮本:
みかんとの違いはありますか?

山本さん:
みかんは味、梅は食感というところかな。梅は、ほとんどが加工品として使われるので、そのものの味ではなく食感、具体的には、肉厚であったり皮が薄いという口で感じるところですね。

薮本:
梅づくりを普通にやってれば、生業として成り立つ感じですか?

山本さん:
普通にやってるだけだと、消費者も生産量も減ってくると思います。産地を守るということを考えれば、若い人を残すとか、梅をもっと発信していくとか、都会とのつながりも大事になってきますよね。

コロナの影響もあって、田舎暮らしをしてみたい、農家をやってみたいと関心が高まってきているという実感があります。ちょうど12月に大阪から若い子が来ていてます。ゆくゆくは、独立して、梅産業を支える存在になって欲しいと思っています。後継者育成には力を入れてやっていきたいですね。

薮本:
梅を育てて加工をするって、どういう魅力があるんでしょうね?
大阪という都市から人が来られたことをみると、何かしらの魅力があるはずですよね。

山本さん:
大阪の子は、6月に収穫を手伝ってくれて、そしてまた戻って来てくれたんです。そこから考えると、何かおもしろかったのかなと思ってるんですけど。
紀南は、日本一の梅の産地であるということが一番大きいと思いますよ。素人でも、ここで作れば日本一の「南高梅」になるというブランド力があります。

薮本:
「ブルゴーニュの地で葡萄を育てたい」という人がいるのと、同じようなブランド力ですね!それは、すごいことですね。

内村:
梅を育てた後の加工のバリエーションはあるんですか?

山本さん:
青梅だったら梅ジュースと梅酒、完熟した梅は梅干し、大きく言えばこの3パターンです。でも、僕はまだまだ加工の可能性を探していきたいと思っています。

スーパーで今売られているのは、ハチミツ漬けとか紫蘇で味付けられた梅干しです。その基礎となるのが、塩分20%で漬けられた白干し梅。
20%で漬けるからこそ保存がきく。その後、加工しても日持ちする。その20%の梅干しを作るところまでを農家がしています。

いうなれば、僕らは1.5次産業かな。農家と業者さんが手を組んで6次産業を作り出しているという形ですね。

内村:
梅酒は昔、自分の家で作るのが主流だったと聞いたことがあるんです。大手の業者さんによる商品が出回るようになって、その習慣は廃れていったみたいですけど。
先ほどの大阪の若者のように、回りまわって自分でつくる梅酒が主流になってこないかな。そういう世界観もいいですね。

3.山本農園のこれから

薮本:
山本農園の未来ですが、20~30年、50年後、どういうイメージを持たれていますか?どういう状況が望ましいのでしょうか?お子さんもまだ小さいですよね。

山本さん:
娘3人ですが、僕は梅農家を娘にやってもらいたいと思っています。ただ、梅干し離れによる消費量の減少、高齢化による生産量の減少は確実に進んでいくと思います。
高齢化がすすんでいる中、梅農家同士で作業を助け合うというコミュニティがあります。娘たちが梅農家としてやっていけるよう、周りに頼りになる農家さんがいるという状況を、これからも作っていかなければならないと思っています。

新たな可能性としては、「南高梅」だけではない品種も取り入れていきたいです。
実際に、「露茜(つゆあかね)」という果肉の赤い梅が、10年くらい前に出てきて栽培しているんです。果肉が赤いので、紫蘇などで着色しなくても赤い梅酒ができる、おもしろい品種なんです。

薮本:
そこまで誇れる仕事ってことですね。
梅の仕事の良さを、どのように娘さんに伝えますか?

山本さん:
僕らが楽しく仕事することに尽きると思います。そして、ある程度の収入に繋がるというところですかね。

日本一のシェアという点と、ブランド力、そして、新規参入が難しい作物であるということが収入に繋がっていると思っています。トマトやイチゴのように、その年に植えて、その年に収穫できるというものではないので、そういう意味では、果樹というのは特殊な作物かと思いますね。

清川だけではなく、みなべ町、田辺市を巻き込んで、農業でも十分に豊かな生活ができるということをアピールしていきたいですね。

薮本:
歴史に紐づいていて、その土地独自の根っこが広がっている産業。新規参入は難しいところがあるけれども、減っていく生産者は、次の人に渡していこうという考えがある。つまり、需要は減るとは言いつつも、次世代を担う人材が必要という状況なんですね。若くて農業ができるというだけで、そこにはチャンスがある。そして、そのことがあまり知られていない。すごいですね。

山本さん:
新規参入が難しいと言っても、これからは空いてくる畑も必ず出てきます。辛抱強く、僕らが人材育成していくことができれば、これからはチャンスなのかなと思います。

薮本:
ちなみに、ワインでいうテロワール的な、清川独自の個性ってありますか?

山本さん:
きっと何かはあると思います。ただ、そこまでは、まだ確立されてないですね。
寒暖の差によって、梅酒にした時の香りに違いが出るというデータが発表されたので、そういう価値を打ち出している業者さんもいますね。

現時点では、梅ジュース、梅酒、梅干し以外の「梅」の可能性を見つけられたら、おもしろいなと思っています。

4.新しい梅の未来

薮本:
梅の本質的なところの話になるんですが、そもそも、梅って何なんですかね?
なぜ人は、梅を育てるのか、食べるのか?
なぜ人は梅干しを食べるようになったのか?
そこってどうなんですかね。

山本さん:
何ですかね~。梅干し=日の丸弁当。笑
梅をお弁当に入れるとご飯が傷みにくい、見るだけで唾液がでる、という食材。

薮本:
「塩梅」という言葉があるくらい。日本において、梅と塩は深い関係がありますよね。

森脇:
まだ醤油がない頃から梅干しはあったみたいですね。「煎り酒」という調味料の材料に、梅干しが使われていたという文献があって。富田浦をはじめとして、和歌山県紀南は流通の要所だったので、あらゆるものと一緒に、調味料としての梅干しが出ていったのではないかと思います。保存食である上に、塩だけではない酸味のある調味料。

薮本:
おおお!!!
そこから議論をすると、もっと「梅」が極めてコンセプチュアルな概念になるかも!

内村:
仮に、「梅」をスパイスとして捉えると、酸味は1つの価値になる。「作っているのは梅じゃなくて、スパイス!」というい切り口はおもしろいかもしれませんね。

山本さん:
ジャパニーズスパイス!

森脇:
和歌山県は、醤油や味噌、和食の原点となったといわれる土地ですもんね。私も梅酢をバルサミコ酢的に売れないかなとずっと思ってたんです。笑

薮本:
そういう視点が、今見えている梅干しだけではなく、実は「港の文化」と深い関りがあって、日本の交易史を彩る作物なのではないかと感じてきました。
まさに「梅」の原点!?梅干し等の形態にこだわる必要がなくなってきたような気がします。

内村:
酸っぱいというのをネガティブと捉えないで、スパイスと思えば別の価値があるかなと思いますね。塩だけだとあの酸っぱさは出せないですよね。

山本さん:
「梅はスパイス!」という言葉が心に刺さりました。「梅」の概念をがらりと変えられたという感じがします。

5.梅×輸出の可能性

薮本:
唐突な質問ばかりですみません(笑)が、100年後の清川はどうあって欲しいですか?

山本さん:
とにかく人がいることですね。清川でみると、今、梅農家は100農家くらいで、平均年齢が60歳以上になります。若い世代が増えて欲しいですね。人がいないと話にならないですもんね。

薮本:
今の状況を聞いていると、そんなに変わる必要はなく、むしろ、変わることの弊害の方が多いのかなと思うんですけど、どうですか?

山本さん:
新しいことより、安定を求めるという田舎ならではな雰囲気はありますよね。でも、現状維持が良いというのではダメだと僕は思っています。新しいことにチャレンジしていかないと人も残らないですし。

薮本:
そういう意味では、私の結論は「輸出」なんですけど。

今まで話してきたような「梅の交易史」や「梅とは何か」といったことを可視化して、アートのように輸出してみたらどうなるのかなと思っているんです。
今あるものを整理して、いきなり世界というのもありだと思っています。東京や大阪等の都市型に合わせたものではなく、より普遍的な価値として輸出したいし、それが紀南アートウィークの意義なんです。

梅自体を深堀りすると、ストーリーがたっぷりで、塩、胡椒とならぶ調味料としての梅。非常におもしろいですね。

6.梅はアートか?

薮本:
最後に、梅はアートなんですかね?梅農家はアーティストなんでしょうか?

山本さん:
農産物を作っているので、それが「芸術品」「アート」と言われればそうなんでしょうか?笑

内村:
ちなみに、梅づくりの感動するところはどこですか?

山本さん:
うーん、やはり収穫ですね。
あと、50年生きるとして収穫するとしても、あと50回しか収穫できない。1年かけても収穫するのは1か月間で、その1か月のために11か月を過ごしています。梅がたくさんできるように、大きくて傷のない綺麗な梅ができるように、と思って。

薮本:
願いを込めて、良い梅ができるために大事にしていることは何ですか?

山本さん:
梅の木の良い状態を長く保つ、ということには拘っていますね。

特に、人の色が出るのは、剪定作業なんです。何年か先の将来を見据えて、全体をみながら、実のなる枝をどう作っていくか方向性を決めてあげる。陽当たりとか、枝同士がのびやかに育つようにとか、木の全体的なことを考えながら、1本1本の枝と向き合っています。

毎日、梅の木と対話しながらやっています。

薮本:
その意味では、「梅」は果実だけではないですね。

剪定作業や梅作り自体にも、きっと何か思想性や美意識が存在している可能性が高そうですね。次は、そのあたりを深堀りさせて頂けると嬉しいです。

たいへん勉強になりました。

山本さん:
いえいえ、こちらこそ勉強になりました。

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