コラム

対談企画 #27 『郷土資料の価値と紀南の未来』

◆紀南アートウィーク対談企画 #5

〈今回のゲスト〉

紀州博物館 学芸員
玉田 伝一郎(たまだ でんいちろう)さん
紀南地域の郷土資料を収集し、紀南の文化や歴史を地域の人々に伝えるキュレーター。子供たちにも郷土資料を親しんでもらえるよう、収集した資料を基に、映像作品や紙芝居などを制作している(一部の映像作品は、玉田さんのYouTubeチャンネルで視聴可能)。「郷土資料の大切さを未来に伝えていくこと」が今後の課題だと感じている。

Denichirou Tamada(YouTube)

〈聞き手〉

藪本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

郷土資料の価値と紀南の未来

目次

1.玉田さんのご紹介
2.郷土資料の記録
3.紀南の文化振興に必要なもの
4.博物館の機能とは?
5.紀南地域の維持を目指して

1.玉田さんのご紹介

藪本:
お時間を頂きまして、ありがとうございます。本日は、玉田さんがどのような人生を歩まれてきたのか、また、郷土資料の価値や紀南の文化振興についてのお考えをお伺いしたいと思います。
まずは、玉田さんから自己紹介をお願いいたします。

玉田さん:
玉田伝一郎と申します。大塔村の出身です。小学校4年のときに田辺市に移住し、現在は上富田町に住んでいます。私は芸術大学に進学したのですが、そのときに1型糖尿病になり、常時インスリン注射をしなければいけなくなりました。当初は1日3回注射を行っていましたが、医学の進歩により「インスリンポンプ※」が開発され、現在もそのポンプを24時間付けて生活をしています。

※参考 1型糖尿病の治療について(2016年5月9日、糖尿病情報センター(国立国際医療研究センター))

大学卒業後は、やはり田舎へ帰らなければいけないという気持ちがあり、田辺市の「株式会社山長商店※」で働いていました。当時は山林業が一番景気が良かった頃で、私は山の中で原木を調査する仕事をしていました。

※参考 株式会社山長商店

30歳のとき、「自分が生きている目的は何か?」と考えるようになりました。私の使命は「芸術を通して文化振興をすること」だと思っており、本格的にその活動を始めたのは35歳のときです。「紀州博物館※」の職員募集の新聞広告を見て、応募したことがきっかけでした。現在、紀州博物館は閉館していますが、かつては、陶磁器や浮世絵など、個人が寄贈したコレクションが1,300点収蔵されていました。

※参考 紀州博物館 ※休館(一般社団法人 南紀白浜観光協会)

※参考 紀州博物館(名湯・秘湯・立ち寄り湯300)

出典:紀州博物館 ※休館(一般社団法人 南紀白浜観光協会)

玉田さん:
博物館で学芸員の仕事を続けているうちに、白浜町の郷土資料をデジタル化している方のお手伝いをするようになりました。私自身も「白浜の良い情報を発信していきたい」と思うようになり、郷土資料を遺す活動を始めました。

2.郷土資料の記録

藪本:
玉田さんは博物館に勤めながら、郷土資料を記録されていたということですが、具体的にどのような資料を記録されていたのでしょうか?

玉田さん:
まずは、博物館にある作品のキャプション※1作りから始めました。以前、歌川広重※が描いた『東海道五拾三次※』のキャプションとして、25分ほどの映像を作ったことがあります。他にも、葛飾北斎※、喜多川歌麿※、東洲斎写楽※など、博物館内に収蔵されている浮世絵でも同様に、文章ではなく、絵や映像を用いた説明を始めました。

※1 印刷物の写真やイラストレーションなどに、本文とは別につける簡潔な説明文のこと。

   キャプションとは(コトバンク)

※参考 歌川広重『東海道五拾三次』(文化遺産オンライン)

※参考 歌川広重とは(コトバンク)

※参考 葛飾北斎とは(コトバンク)

※参考 喜多川歌麿とは(コトバンク)

※参考 東洲斎写楽とは(コトバンク)

出典:歌川広重『東海道五拾三次 日本橋・朝之景』(国立国会図書館デジタルコレクション)

玉田さん:
また、白浜で行われた観光イベントの記録※も遺しています。現地に赴いてイベントの写真や映像の撮影を行うだけではなく、白浜の観光イベントの変遷についても調べていました。今までであれば、文献を見てイベントの内容を理解できても、その後どのように変化していったのかという過程が分からなかったんですよ。だから、その過程を記録に遺せば未来の人たちの参考になるのではないかと思い、記録に遺していました。

※参考 和歌山県「南紀白浜温泉祭りの記録」【白良浜・紀南】(Denichirou Tamada、YouTube)

※参考 貴重歴史映像「平成27年白浜おどり」【南紀白浜温泉】(Denichirou Tamada、YouTube)

観光イベントを記録に遺すことで、地域がどのように成り立ってきたのかという「地域史」を知ることができるのではないかと、私は考えています。この地域史を伝えるために、これまで多くの映像や紙芝居の制作を行ってきました。

藪本:
玉田さんはご自身のYouTubeチャンネル※でも、動画を公開されていますよね。

※参考 Denichirou Tamada(YouTube)

玉田さん:
先ほどの白浜町の観光イベントもそうですが、自分が主催、あるいは関与しているイベントは全て映像で記録しています。私は「データを遺すことが資料の基本」だと考えており、YouTubeでは公開していないデータも多く保存しています。

周囲から特に好評だったのは、『南方熊楠物語※』という映像作品ですね。こちらは英語版も制作したのですが※、英語指導の方にお願いして、英語字幕や発音などもチェックしていただきました。また、博物館にはパート勤務の女性職員が3人いて、その方たちにもアフレコをお願いしました。私は熊楠の声を担当したのですが、どうやら私の声は、熊楠をイメージさせるらしいんですよ(笑)。「熊楠が英語を話すと、このような感じだったのではないか?」というお声も頂き、大変驚きました。

※参考 南方熊楠物語(Denichirou Tamada、YouTube)

※参考 南方熊楠物語英語版(Denichirou Tamada、YouTube)

3.紀南の文化振興に必要なもの

藪本:
文化振興の観点から見たときに、紀南には何が必要だと思いますか?

玉田さん:
私は、「地域の中で文化振興を推進するリーダー」が必要だと思っています。地域に住んでいる一個人が文化振興を行うのもいいと思いますが、やはり行政が先頭に立って、郷土資料を整理、活用していくべきだと思います。しかし、行政の場合は、都道府県や市区町村からの指示がなければ、郷土資料の整理すら行うことができません。つまり、美術館や博物館の現場で働く職員には決定権がなく、郷土資料の扱いが疎かになってしまう可能性もあるんです。

ただ、私の場合は、ある程度自由に動くことができたため、これまで色々な郷土資料を制作することができました。自由に活動が行える環境があったというのは、本当にありがたいことだと思います。

藪本:
行政の場合、郷土資料の整理を行うための予算を確保するだけで、1年もかかってしまうこともあると思います。そのような点が、文化振興の妨げになっている可能性もありますね。

玉田さん:
現在、貴重な資料を一般公開しているのですが※、郷土資料を未来に受け継いでいくことができなければ、「古くからある紀南地域の文化が、人々の記憶から消えてしまうのではないか?」と、私は危惧しています。

※参考 玉田コレクション(和歌山県立文書館「和歌山県歴史資料アーカイブ」)

※参考 いにしえの街並み(田辺市商店街振興組合連合会)

※参考 Photo Gallery:田辺市商店街 いにしえの写真館(田辺市商店街振興組合連合会)

特に重要な郷土資料については、デジタルアーカイブ※として保存しているんですよ。ただ、資料の整理には時間がかかるだけではなく、作業を担当する人員も必要になります。私自身、「郷土資料を整理し、未来に伝えていくための人材を育てられなかった」ということについて、後悔している点でもあります。

※参考 デジタルアーカイブとは(特定非営利活動法人日本デジタル・アーキビスト資格認定機構)

藪本:
文化振興といえば、「白浜民俗温泉資料館※」も非常に重要な役割を担っていますよね。

※参考 白浜民俗温泉資料館(白浜町ホームページ)

出典:白浜民俗温泉資料館(1989年完成、株式会社岡本設計)

玉田さん:
将来的には、白浜民俗温泉資料館を起点にして、色々な企画を実施できればと考えています。ただ、私は上富田町に住んでいる人間ですので、あまり大きなことは言えないんですよ(笑)

藪本:
そのような意味では、私は白浜町の人間ですので、活動しやすいかもしれませんね。文化振興の観点から見ても、これまで玉田さんが収集されてきた郷土資料は本当に価値のあるものですし、絶対に未来に残していくべきだと思います。

4.博物館の機能とは?

※出典:紀州博物館 ※休館(一般社団法人 南紀白浜観光協会)

藪本:
玉田さんは、博物館はどのような機能を担っていると思いますか?

玉田さん:
あくまでも私のイメージですが、博物館は美術品を見るためだけの場所ではないと思っています。紀州博物館を訪れたお客様の中には、「玉田さんが収集した郷土資料を見るのが楽しい」と仰ってくれた方が多くいたんですよ。来館されたお客様が資料を見ながら、昔の話をしてくださったこともありました。以前、白浜温泉街の歴史が分かる『南紀白浜レトロ写真集』を制作したのですが※、制作の際には、紀州博物館の来館者の方から伺った白浜の歴史の話も、参考にさせていただきました。

※参考 「温泉街の歴史写真集に 白浜RC、明治以降の足跡まとめる」(2021年7月2日、紀伊民報AGARA)

出典:明治41年(1908年)湯崎温泉全景(玉田さんよりご提供)

玉田さん:
郷土資料を通して、単に歴史を学ぶだけではなく、当時の人々の生活も知ってもらえればと、常に思っています。今後は「郷土資料にあまり興味がない人たちに向けて、どのように情報を伝えていくのか?」ということが課題であり、博物館はその情報を伝えるためのツールでもあるのではないか、という気もしています。

藪本:
実は、我々も、今回の紀南アートウィークでは「地元の人たちに、少しでもアートとの接点を持ってもらいたい」と考えているんですよ。いきなり現代アートを紹介しても、興味を持ってもらうのは難しいのではないかと考えています。だから、まずは今回の展示を通して、「世界で活躍している作家さんが、実際にどのような活動をしているのか?」ということを、地元の人たちに知ってもらえれば嬉しいです。

そのような意味では、前段階として実施している対談の方が、展示よりも重要なのではないかという感覚もあります。そのため、今回の紀南アートウィークにおいて、展示会場への来場者数は、我々が設定したKPI(重要業績評価指標)※2には、あえて含まないようにしています。既に観光的な施策は、行政、観光協会や地元の方々主導で十分に実施されているように思います。

※2 Key Performance Indicatorの略語。政府、企業、団体、個人などが一定の目標達成に向かってそのプロセスが順調に進んでいるかどうかを点検するための、もっとも重要な指標。

   KPIとは(コトバンク)

ただ、展示の中で「紀南」や「熊野」という部分を強く押し出しすぎても、なかなか理解されないような気がしています。紀南アートウィークを起点に、そのような部分を少しずつ前に出していければと考えています。

玉田さん:
私が白浜の観光イベントを撮影するときはいつも、地元の人たちとの交流を欠かしませんでした。白浜の文化や歴史について調査を行いながら、イベントを通して、地元の人たちから話を聞く。このように地道に交流を深めたおかげで、「郷土資料を整理して、未来に伝えていく」という私の活動に、たくさんの人が興味を持ってくれたんですよ。

藪本:
そのような意味では、玉田さんは、まさに「インディペンデント・キュレーター※」ですね。紀州博物館だけではなく紀南の中で広く、郷土資料の大切さを知ってもらうために尽力されているのだと、改めて感じました。

※参考 齊藤梨奈(著者)、後藤あゆみ(編集)「キュレーターって何?:仕事百科」(2017年12月26日、はたらくビビビット)

5.紀南地域の維持を目指して

出典:源五郎「和歌山県、高台から見える白浜町」(写真AC)

藪本:
玉田さんにとって、紀南という地域の魅力は何でしょうか?

玉田さん:
魅力はやはり、地域に住んでいる人たちの「人間性」だと思います。例えば、上富田町では子供が集団登校しており、横断歩道の前で停車して道を譲ると、子供たちが必ずお礼を言ってくれるんですよ。この地域の子供にとっては普通のことなのかもしれませんが、このような文化や風習を未来に遺していくべきだと思います。

また、「紀南という地域を持続させていく」という観点から考えると、観光客があまり来ない方がいいと考えています。こんなことを言ったら、怒られてしまうかもしれませんが(笑)

藪本:
私も、その意見には賛成です。「観光は輸出産業だ」と考える人もいますが、「本当にそうなのか」ということについて悩み続けています。観光を前面に押し出して外から人を呼ぶのではなく、別の持続可能性のあり方を模索する必要があるような気がしています。

玉田さん:
現在、観光客の恩恵を受けているのは、何かの商売をしている人たちだけだと思います。熊野古道で農業や林業に従事している人たちが、観光客のおかげで利益を得たということはないんですよ。「農業を専従的に行い、林業も並行して行う」という生活スタイルが、熊野古道本来の観光のポイントだと思います。しかし、観光地として人々が訪れることで、本来の日本人らしい生き方が壊されているような気がしています。

藪本:
まさに「地域をそのままの形で維持していく」ということが重要であり、私は、そのための方法は「輸出」しかないと考えています。紀南という地域には、輸出する価値のあるものが眠っているような気がするんですよ。たった1%でもいいので紀南のプレーヤーが全世界型輸出を実現して、その原資が地域に還元されるようになれば、地域を維持していくことは可能だと思います。「輸出」は今回の企画の趣旨でもあるのですが、私が立てた仮説の実証実験を紀南アートウィークで実践できればと思っています。

玉田さん:
それはいいですね!賛成します!

藪本:
ありがとうございます!最後に、玉田さんからメッセージをお願いいたします。

玉田さん:
今後、紀南という地域を維持するために、藪本さんが目指している「輸出」のような方法で、紀南を紹介していければいいなと思います。また、これは私自身の課題でもあるのですが、藪本さんのような価値観を持つ人材を地域で育てていくということも、重要だと考えています。私には「教育の場で、地元を好きになる子供を育てていきたい」という思いもありますので、もっと子供たちが親しみやすいような郷土資料を制作していきたいと思っています。

藪本:
本当に素晴らしい活動だと思います。本日は大変勉強になりました。ありがとうございました。

玉田さん:
ありがとうございました。

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