コラム

まちづくりとアート- 熊野から世界へ –

紀南アートウィーク対談企画#20

<ゲスト>

WhyKumano(ワイクマノ)Hostel&Cafe Bar及びWine Kumanoオーナー
後呂 孝哉(うしろ たかや)さん
和歌山県新宮市生まれ、大学進学を機に東京へ。新卒で5年間勤めた会社では栃木県宇都宮に配属、プライベートではシェアハウスに住みながらさまざまなイベントを企画し、輪を広げられてきました。その後、侍の姿をしながら日本全国を回る中で、地元である熊野地域の魅力に改めて気づかされ、「熊野の魅力を世界に広めたい」という想いで2018年にUターン。2019年7月にゲストハウス「WhyKumano」、2021年3月に飲食店「WineKumano」をオープン。地元を盛り上げ、熊野の魅力を世界へ広げていくために、精力的に活動されています。
https://www.whykumano.com/

<聞き手>

藪本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長

<参加者>
杉 眞里子 
紀南アートウィーク副実行委員長

下田 学
紀南アートウィーク事務局長

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

まちづくりとアート

目次

1. 後呂さんのご紹介
2. Why Kumanoの今
3. 侍から熊野比丘尼へ
4. 伝えたい想いとは
5. 1泊100万円にするために
6. 那智勝浦の未来に向けて

1. 後呂(ゴロ)さんのご紹介 ※ゴロ=後呂さんの愛称

藪本:
本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。紀南の未来について話をお聞きしたいのですが、まず自己紹介をお願いできますと幸いです。

後呂さん:
和歌山県新宮市出身で高校卒業までの18年間を地元で過ごし、大学進学を機に東京に出ました。当時、地元は田舎だから早く都会に出て、都会でバリバリやりたいって思っていましたね。けれど、外に出て初めて地元っていい場所だなと分かりました。温泉やまぐろ等、自然や食、世界遺産があって。ただ、一歩外に出たら熊野という土地を知る人がほとんど周りにいませんでした。地元に帰省する度に、どんどんシャッターが閉まるお店も増えていって、その頃からいつか地元に帰って熊野の魅力を世界に広げていきたいなという想いが芽生え始めましたね。

藪本:
大学卒業後はどのようなお仕事をされていたんですか?

後呂さん:
電機メーカーで営業を担当していました。東京で働く姿を想像していたんですが、栃木県宇都宮市に配属になって、知り合いが1人もいない状態だったので、正直仕事を辞めたいって思ってましたね(笑)。ただ、1年経って平日は仕事、休日は東京の生活で自分から地域に関わろうとしてなかったことに気づいて、シェアハウスに住み始めました。人口が多いけれど地方都市である宇都宮で何かできれば、それをロールモデルに地元に帰っても何かできるのではないかと。シェアハウスの共有スペースが広かったので、月1回のペースでゲストを呼んだり、イベントを企画したりしましたね。一級建築士とCADのエンジニアのシェアメイトと図面書いて、コースを作って本気の流しそうめんとか(笑)。
それからは宇都宮生活がどんどん楽しくなりましたが、5年経って外に出るために世界一周に行こうかなと思って。その前に侍の格好をして、日本一周をしたのですが、逆に日本の面白さに気づかされましたね。そして改めて地元の良さを感じて、4年前に地元に帰ってきました。
各地のゲストハウスに泊まって日本一周をしていたんですが、「どこが良かった?」と聞かれると思い出すのが全てゲストハウスでのことだったんです。いろいろな出会いがあって、楽しい夜だったから、その地域が好きとか。だから、町を印象づけるのはその地域の人との交流なんだなってことに気づいて、マグロや温泉がある勝浦に候補地を決めて動きだして、今に至ります。

2. Why Kumanoの今

出典:WhyKumanoのfacebookページよりhttps://www.facebook.com/whykumano

藪本:
地元に帰って来られてから、WhyKumanoを立ち上げられたのですね。

後呂さん:
物件探しをして、立ち上げるのに1年かかりました。オープンはコロナ前だったので、海外の方も多かったですね。初めはすごく順調だったんですが、2020年冬の閑散期が明けるタイミングで大きな影響がありました。

藪本:
そうですよね。私たちもコロナ禍でのオンライン宿泊の取り組みからWhyKumanoや後呂さんを知った経緯があります。今はどのような状況ですか?

後呂さん:
今は開催も100回を超えて、参加者は計600人ほどです。休業中は週1日の休み以外、開催していたのですが、今は実店舗の営業もあるので毎週水曜日にオンライン宿泊をしています。ただ、最近は飲食店舗の立ち上げもあったのでお休みをしていて、また復活させようかなと思っています。

藪本:
オンライン宿泊を始めたパイオニアとして注目されていますが、それはあくまでも来てもらうための手段ですよね?

後呂さん:
そうですね。プロモーションなので、熊野に来たいと思ってもらうのが一番の目的ですね。

藪本:
キャッシュポイントとして、来てもらわなければビジネスとして成り立たないと思うのですが、今後オンライン宿泊の発展で何か考えられていることはありますか?

後呂さん:
移動が少なくなること、そもそも人が来るのかっていうのは僕も藪本さんと同じことを考えています。その中で僕が考えていることは「来ないなら行こう」と。全国に散らばった600人の熊野に行きたいと思っている人々へ向けて、各地でオンライン宿泊者ないしはWhyKumano宿泊者限定でオフ会を開催したいなと思っています。全国にWhyKumanoコミュニティを作りたいんですよね。観光業のビジネス課題でもある、人が全く来ない閑散期を利用して、僕たちが飛び出すみたいなイメージですね。

藪本:
それは面白いですね!
観光業は輸出産業かという問いをずっと考えているのですが、高付加価値の輸出は送らなくても取りに来る人もいます。そういう意味で観光と輸出の境界線を無くすために、観光地ごと国内を移動するっていうのは新しい発想ですね。コスト面でのカバーや動き過ぎることによる価値の減退化が起きないかが心配ではありますが・・・。

後呂さん:
そうですね。閑散期でもある冬は、勝浦のマグロが1番美味しい旬の時期でもあるんです。そこで、ただ行くだけでは無くて、勝浦の旬のマグロを持って現地で寿司を握れば価値が上がるのではないかと考えていますね。マグロ解体も考えたのですが、あまりコストパフォーマンスが良くないなと思って、今は握りを覚えようかなと思っています。

3. 侍から熊野比丘尼へ

出典:WhyKumanoクラウドファンディングページよりhttps://motion-gallery.net/projects/whykumano

後呂さん:
あとは、なぜ日本全国に熊野神社があるのかって考えた時に、熊野信仰を広めた熊野比丘尼(くまのびくに)の存在があったからだと思います。そして、熊野の魅力を日本や全国に広げようとしている僕は「現代版熊野比丘尼」だなと感じていますね。

熊野三山の運営資金を集めるために、諸国を巡って熊野信仰を説いた女性宗教者。
熊野比丘尼とは(コトバンク)

藪本:
それは面白いですね。アートとも相性がいい気がします。

後呂さん:
僕自身が旅好きで年1回でも仕事として全国を回れたら最高ですし、現代版熊野比丘尼という大義名分のもと活動していけば、どんどん広がっていくのではないかと思いますね。なので今は特産品や名産、もしくは人を一緒に連れていく等、熊野の魅力を全部持っていきたいなと思っています。

藪本:
新しく白浜に企画やリサーチを行うアートポート という会社を作ったのですが、リサーチの対象のひとつに熊野も入っています。その中で熊野比丘尼についても調べているのですが、極楽往生の絵解きをしていたことを考えれば、全国を回るときにユートピアを感じさせる作品を一緒に持って行く等、いろいろ関連づけられそうですね。

※参照 Artport株式会社
https://artport.biz/jp.html#

後呂さん:
そうですね。全国に熊野神社が約4700か所ある と言われているので、いろいろ繋げながら熊野を広めていけたらいいですね。ただ僕はあまり歴史的背景に近づけようとは考えていないので、あくまで現代版熊野比丘尼として日本中を巡っていきたいと思っています(笑)。

※参照 熊野三山協議会より都道府県別熊野神社数
http://www.kumano-sanzan.jp/sanzan/zenkoku/chiiki.html

4. 伝えたい想いとは

出典:WhyKumanoクラウドファンディングページよりhttps://motion-gallery.net/projects/whykumano

後呂さん:
WhyKumanoのコンセプトはひとつでも多くの「Why Kumano」を「This is Kumano」にすること。熊野という土地を知らずに来た皆さんの「なぜ熊野に来たのか?」という頭を、熊野でのいろいろな体験を通して「これが熊野か(This is Kumano)」に変えたいなと思っています。僕が学生時代、地元は田舎でつまらないと思っていたのと同じように、自分の住んでいる場所を同じように思う人がいたら熊野に滞在することによって、自分の地元の見え方も違くなるのではないかなと。自分の地域の「This is 〇〇」を探すきっかけになればいいなと思っています。それをマインドチェンジや現代版よみがえりと呼んでいますね。

藪本:
よみがえりってどういうことですか?

後呂さん:
あまり深堀りしていないので、現代版ということで(笑)。地元に何もないと思っている人が熊野に来て、たくさん感じたことがあると思うので、自分の日常は誰かの非日常だなと感じています。

藪本:
現代版というかもっと世俗的なように感じますね。今、カンボジアの神話を調べているのですが、インド文化の仏教的な思想から生まれた現地の宗教的儀式では輪廻転生や生命の循環を表すようなものがあります。また、アジア地域では内容が少しずつ違うんですが、似たような神話がたくさんあるので「よみがえり」をテーマに全世界の神話を集めても面白いかなと感じます。
ちなみに、後呂さんにとってのWhyKumanoは何なのでしょうか?

後呂さん:
よく聞かれる質問ですね(笑)。
宿を経営していますが、泊まった方々にはどんどん街中に出て行って欲しいなと思っています。イタリアのアルベルゴ・ディフーゾ のような感じで町全体をホテルとして捉えるようなイメージに近いですね。また、僕が旅をした時にそれぞれの場所を好きになったきっかけが「人」だったので、熊野地域の人にも魅力を感じてもらえればいいなと。

アルベルゴ・ディフーゾ:「分散したホテル」という意味で、町の中にある空き家を宿として活用し、町を活性化させる取り組み。

出典:WhyKumanoのfacebookページよりhttps://www.facebook.com/whykumano

藪本:
WhyKumano周辺の方々の魅力は何ですか?

後呂さん:
宿泊者や地元の人を含めて、僕の周りには「よく来たね。」って迎え入れてくれる人が多いですね。自分の住んでいる地域を誇りに思っている人が多いので、オススメの場所等を旅行者に話しかけている姿がすごく印象に残っています。

藪本:
その誇りはどこから来るのでしょうか?

後呂さん:
僕が感じたのと同じように一度、外に出て地元の良さに気づいた人が多いですね。地元に戻って、活動していく中でさらに地域の魅力に気づかされたんだと思います。

藪本:
そうですよね。私も改めて、地元の良さを感じています。コンテンツや歴史が誇りの源泉のような気がしています。後呂さんはそれを価値に変えたいと考えられているということですね。

5. 1泊100万円にするために

出典:WhyKumanoホームページよりhttps://www.whykumano.com/

藪本:
今レタスやみかんを1個100万円でどう世界に輸出するかということを考えています。農産品の直接の輸出は難しく、国内の需要で完結してしまうので、それをどうやって百倍の値段に持って行くかを考えた時にやはりアートでしか解決できないと感じています。どうしたら1泊100万円のゲストハウスになるんですかね。そういう意味で、宿泊することの意義やゲストハウスとホテルの違いは何なのでしょうか?

後呂さん:
僕の中では共有ラウンジがあって交流できる場所があるってことですかね。ホテルのスタッフと会話しながらお酒を飲み合うことって中々無いですし、ゲストハウスはそういう意味でお客さんとの境目があまりないのが特徴かもしれませんね。

藪本:
なるほど。ゲストハウスの価値の源泉を深堀すると100万円への道のりが見えてくるかもしれません。

下田:
交流の機会があるかないかはよくゲストハウス業界で言われていることだと思うのですが、先ほど後呂さんが言っていたようなイタリアの例で、ゲストハウスが受付になっていろいろな施設が街中にあって循環していって、街全体が宿になっているような形も最近の日本でもよく聞かれるようになってきましたね。ゲストハウスが街のハブになっているかどうかも関係がありそうです。実際に交流を目的にゲストハウスに泊まる方も多いと思いますし。

杉:
私自身、旅行もホテルも大好きですが、アジアの大企業が作るホテルやショッピングモールは紋切型でどこも似たような雰囲気です。それが心地いい時もありますが、面白さには欠けるのかなと。しかし、ゲストハウスだったら街のレセプションのような存在として機能している。先ほど後呂さんがおっしゃっていた「This is Kumano」が認識できるかが絶対的な違いですよね。

下田:
ローカライズされていることがポイントなのかもしれません。それぞれの街の情報やコミュニケーションが集まっていて、店主の個性やその場所だからできることにこだわっているような場所。

杉:
さらに先ほどWhyKumanoコミュニティーを全国に広げたいという話を伺って、WhyKumanoはゲストハウスを超越しているユニークな存在だなと感じました。

後呂さん:
たしかに、そこまでできているのはオンライン宿泊が大きいかもしれません。オンラインでお客さんがついているのもひとつの強みですね。今はゲストハウスが飽和状態に増えているので、逆にゲストハウスから派生した形で新しくユニークな形態に進化していっているのかもしれませんね。1泊1000円等の安宿のような場所もありますが、もっと本質的なところを深めていけば、どうしたらゲストハウス業界自体が次のステップへ変化できるのかの答えになるかも。

下田:
どういう価値が提供できれば生き残っていけるのかというところに、本質や目指すべきものがある気がしますね。

後呂さん:
そうですね。宿泊代も今は1泊3000円でオープン当初は4000円、提供しているサービスは今と同じだったんですが、満足度は当時の方も十分に高かった気がします。

杉:
先ほど熊野の価値を広めることでそれぞれの地元の価値を再発見できるとおっしゃっていたんですが、まさに私が現代アートに感じていることそのものだったんです。自分に問いかけて、共通の本質的なところを見出していくことが私にとっての現代アートの価値なので、後呂さん自身が現代アートのような存在なのかなと。なので、WhyKumanoに泊まることだけではなくて、WhyKumanoに泊まって後呂さんとコミュニケーションすることに100万円の価値を見出してもおかしくないなと感じました。

後呂さん:
なるほど。ありがとうございます。1泊100万円にするにはどうすればいいかは考えたことがなかったので、もっと考えてみたいなと思います。

6. 那智勝浦の未来に向けて

出典:Wine Kumanoのfacebookページよりhttps://www.facebook.com/Wine-Kumano-345242580005901

藪本:
新たに作られた飲食店はどのような感じなのでしょうか?コンセプトはWhyKumanoと似ているのですか?

後呂さん:
また別ですね。元々飲食業をしようと思っていたわけではなくて、空き家を使えないかって相談を受けた時に街全体をホテルにする構想があったので、WhyKumanoから歩いて45秒のところにある1階が飲食の居抜きになっている2階建て物件を借りました。その時に1階も一緒についてきたので、飲食業を始めた感じです。街中にお客さんの選択肢を増やす意味で、無いものを作ろうと思って、ワインとクラフトビールのお店を始めました。僕もその2つのお酒が好きで興味があったのも関係していますね。

藪本:
今ある場所の中核はどこなのでしょうか?以前、本当に微力ですが、石川県金沢市で21世紀美術館を中核にして私設美術館をつくる取り組みをサポートしていました。21世紀美術館を中心にして、その辺りを転々とできるような総合アート&エンターテイメント施設を作るイメージなのですが、同じようなことができないかなと思いまして。

後呂さん:
ゲストハウスがある勝浦の課題としては、那智の滝が街中から車で約15分かかる少し離れた場所にあるので、滝を見に行っても街中に寄らない等の理由で人の流れがあまり上手くいっていないことですね。

藪本:
逆に滝を中心に考えると面白いですね。まちづくりのレベルですが、そこを中心にして総合アート&エンターテイメントを作り上げていくとか。

下田:
以前回らせていただいた時みたいに、夕方以降にいろいろな個性的なお店をはしごして遊ぶ分には、徒歩で回れる駅前は最高の環境でしたね。なので、夕方以降の導線を市街地に持ってくるというようなイメージですかね。ナイトマーケットや夜だけオープンする美術館、映画館があっても面白いですね。時間や内容に特化した理由付けをして、街全体でお互いが取り組みあえたらいろいろな掛け算も生まれるかなと。

後呂さん:
そうですね。ひとつの場所で囲い込むというより、勝浦に訪れた人が回遊できるような仕掛けが必要だと思っています。

藪本:
ありがとうございます。私たちにできることは、文化面では徹底的にリサーチをして、紀南の文化を美術史に関連付けていくこと、経済面ではアート&エンターテイメントの観点から価値を最大化していただくことだと思うので、一緒にできることがあれば嬉しいです。最後に紀南アートウィークに期待することがあればお聞かせください。

後呂さん:
今回の対談でも話していく中で深めたいことやいろいろな気づきがありました。全く僕には浮かばないポイントもあったのですごく勉強になりましたし、全国行脚の時も一緒にいろいろなことができればなと思います。

下田:
後呂さんは行動力が持ち味だと思うので、それを企画編集面でサポートするというような。藪本のリサーチしたいろいろな過程や仮説を持って後呂さんが回るという連携が取れたら持ち味がお互いに活かせて面白いかもしれません。後呂さんは現代版熊野比丘尼として熊野の魅力を伝える伝道師だと思います。

藪本:
そういうチームができればいいですね。長い時間お時間いただきありがとうございました。

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