コラム

伝統を守り、未来へ繋ぐ – 林業と農業のあり方 –

◆紀南アートウィーク対談企画 #36

〈今回のゲスト〉

有限会社 龍神自然食品センター 代表取締役
エムトゥーアール株式会社 代表取締役
寒川 善夫(そうがわ よしお)さん
田辺市龍神地域にて林業と農業を営む、木こり兼農家。山林の管理から伐採した木々の製品化まで、自社で全て実践している。目標は「今ある山林を未来に残すこと」であり、その思いは家業を継いだ頃からずっと変わらない。また、梅やシソなどを自家栽培し、梅干しや梅酒などの梅製品を製造している。「本物の梅干しを作りたい」という信念があり、原料から丁寧に育て上げ、梅本来の酸味を活かした「龍神梅」というブランドを打ち出す。和歌山の梅を何十年、何百年先の未来へと繋いでいきたいと考えている。

龍神村の梅農家が実践している自然農法情報サイト
有限会社 龍神自然食品センター オンラインショップ
エムトゥーアール株式会社

有限会社 龍神自然食品センター スタッフ
エムトゥーアール株式会社 スタッフ
井谷 直寛(いたに なおひろ)さん
入社2年目の若手社員。寒川さんの仕事姿に憧れを抱き、一緒に仕事がしたいという思いで入社。事務仕事も得意で、ホームページの更新など、パソコンを使った業務も担当。「いつも社長に付いて回っている」と話し、日々の仕事を通して、林業と農業に関する知識を深めている。寒川さんから様々なノウハウを教わりながら、未来の林業と農業を担う存在になれるよう、日々奮闘中。

〈聞き手〉

藪本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

目次

1.林業と農業の現状
2.山林との向き合い方
3.仕事への熱意と信念
4.龍神の魅力とは?

1.林業と農業の現状

藪本:
本日は、林業と農業に携わっているお二人から、業界の現状や、山と人間との関係性といったお話を伺えればと思います。早速ですが、林業と農業の現状についてお話をお聞かせください。

寒川さん:
どちらの業界もやはり、後継者不足という問題が一番大きいです。ただ、それ以外の問題もありますので、林業と農業それぞれに焦点を当ててお話しします。

まず、林業において悩ましいのは、山林の手入れが十分に行われていないことです。丁寧に手入れしないと木の根が枯れ、大雨などで地滑りが発生してしまいます。中には、伐採後に何も植えずに放置する事業者もいて、それが災害に繋がるという悪循環が起こっているんですよ。もちろん、うちの山林ではきちんと手入れをしていますので、そのような事態になることはありません。

藪本:
これは私の仮説ですが、そのような意味では、木こりさんから学ぶことが多いのではないかと思います。

寒川さん:
私たちが山林の手入れをする場合は植林をした山は大きくなるにつれ木が密集してくるので、細いものや曲がったものなどを間伐し十分に光が入るようにするために成長につれ間引きをします。70年~80年にいなってくると太い木を切って後の木を育てるなどと工夫しながらやっています。自然の雑木林とかは太いものから切って、細いものを残すようにしています。これを間伐*1と呼び、私たちは昔からずっと同じ方法でやっているんですよ。間伐を行うことで、木々を未来に残せるのではないかと考えています。だから、山林をきちんと管理できない事業者がいるのが、本当に信じられないんです。

*1 樹木の生長につれて樹間が混んできたとき、不適当な樹木を切り、残った樹木に十分な陽光と空間を与える造林技術。間伐をせずに放置すると全体的に肥大と生長が阻害され、また枯木や被圧木も生じる。間伐とは(コトバンク)

藪本:
もしかすると、木々を植えるという「生産すること」の方が重視され、伐採した木を別の目的で使うという「分解すること」が軽視されているのかもしれません。以前、漁師の方とも対談させていただきましたが、漁業でも同じような状況だというお話を伺いました。養殖が生まれたことで生産量は増えたものの、結局は魚の値段が下がるなど、養殖がデフレの原因の1つになっているんです。つまり、生産することばかりに目が向いてしまい、それで業界全体がおかしくなってしまったのだと思います。

寒川さん:
山林の価格も、昔と比べれば大きく下がっていますね。どれだけ出荷しても利益が出ないために、山林の手入れが上手くできない事業者が増えてしまったのだと思います。やはり、山を丸裸にして放置するような伐採方法では、木々を守っていくことはできません。私たちは、これまでずっと実践してきた方法で手入れを続けて、今ある山林を未来に残していきたいと思っています。

2.山林との向き合い方

藪本:
寒川さんが代表を務める「エムトゥーアール株式会社」では、林業、木工品や家具などの製造販売を行っているそうですが*、具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか?先ほど、山林の手入れや間伐を行っているというお話がありましたが、もう少し詳しくお聞かせください。

出典:ダイニングテーブルセット(エムトゥーアール株式会社)

出典:小物・食器(エムトゥーアール株式会社)

寒川さん:
私たちの会社では、山林の管理から、伐採した木を製品にするところまで全部やっているんですよ。また、間伐を行った木は原木のまま出荷せずに、製材して自然乾燥させ、加工用に残しています。

藪本:
間伐は定期的に行っているのでしょうか?

寒川さん:
11~12月の新月期に伐採していますね。これは、防腐剤がなかった時代から脈々と受け継がれてきた伐採方法だそうです。私たちは「木の旬」を重視して伐採しているのですが、秋から冬にかけての新月期が旬に当たるんですよ*。新月期に伐採した木を山で乾燥させて製品にし、自然乾燥させた木は自然の油が残っていますので製品にしても艶もあり汚れにくく、虫が寄り付きにくいので木が長持ちします。

*参考 「『新月の木』月の魔力が森を守る」(特定非営利活動法人 ローハスクラブ)
*参考 「園芸用土に関するQ&A『Q3:どんな種類の土があるのですか?』」(住友化学園芸)

藪本:
漁業でも、90歳の漁師しかいないという地域もあり、やはり後継者不足に悩まされているそうです。特に、山の民、海の民は「業務マニュアル」のようなものを残さない傾向にあるような気がします。そのような意味でも、事業を引き継いでいくことに難航しているのかもしれません。

3.仕事への熱意と信念

藪本:
寒川さんは、いつから林業と農業に携わっておられるのですか?

寒川さん:
元々、祖父の代から林業を営んでおり、後に、農家として梅や米、シソなどの栽培を始めました。家業の手伝いを含めれば子供の頃からになりますが、本格的に携わるようになったのは、40歳の頃になります。実は、27歳のときに父親と喧嘩をして家を出て、田辺で中古車販売の仕事をしていたこともあるんですよ(笑)。色々ありましたが、今は社員たちと一緒に頑張っています。

また、農作業の際は、社員が自分の子供たちを連れてきて一緒に作業をしているんですよ。私も井谷くんも、田畑に何度も子供たちを連れてきていますね。実際に自分で作物を育てて食べてみると、栽培することの大変さや、立派な農作物を収穫できることの「ありがたみ」が分かります。働くだけの農業はきつくて続けられませんから、やはり、収穫する喜びがある農業の方がいいです。きっと、社員たちのやる気にも繋がると思います。

藪本:
なるほど。井谷さんは何故、林業と農業の仕事をしたいと思ったのでしょうか?

井谷さん:
社長の仕事姿に憧れ、社長と一緒に働きたいと思って入社しました。入社してからもうすぐ3年になります。いつも社長に付いて回っていますね(笑)

寒川さん:
井谷くんは事務仕事もこなせますので、ホームページの更新など、パソコンを使った業務も色々とやってくれているんですよ。先ほどの「業務マニュアル」の話にも繋がるのですが、業務の内容によっては、マニュアル化して社員たちに伝えられるものもあります。しかし、言葉では説明できない「感覚で行う仕事」もあり、これを社員たちに教えるのが難しいんです。

藪本:
まさに、寒川さんは我流を生み出していて、そういった感覚的な部分に「美しさ」があるような気がします。

寒川さん:
恐らく、間伐をする速さはトップクラスだと思うのですが、若い子と一緒に伐採しても同じようにするのは危険なのでスタッフたちは細い木で時間をかけて訓練しています。

藪本:
素晴らしいですね!

普段、仕事をするうえで、どのようなことを意識していますか?

寒川さん:

農業、特に、梅干し作りに関していえば「本物の梅干しを作ること」を意識しているんですよ。現代では一般的に、完熟梅を漬けて梅干しを作り、食べやすくするために脱塩加工がされています。でも、私からすれば、今の梅干しは「本物の梅干し」ではありません。

藪本:
「本物の梅干しではない」と思うのは何故でしょうか?

寒川さん:
完熟梅はクエン酸の含有量が青梅よりも少なく、梅本来の酸っぱさを感じにくいんです。しかも、脱塩加工をすることで、梅が持つクエン酸などの健康成分が流出してしまいます*。そのため、当社では無農薬にこだわって青梅から栽培し、梅の酸味を生かした「昔ながらの梅干し」を作っているんですよ。私たちが販売している「龍神梅」は、特に都会のお客様からご好評いただいています。

実は、私が「本物の梅干しを作りたい」という信念を持っているのは、九州のスタイルに心惹かれたからなんですよ。

*参考 龍神梅のこだわり(有限会社 龍神自然食品センター)

出典:龍神梅のこだわり(有限会社 龍神自然食品センター)

藪本:
九州では、どのような方法がとられているのですか?

井谷さん:
九州ではまさに、「本当の梅干しを作りたい」という気持ちが強いんですよね。

寒川さん:
そうそう。九州の梅干しは、原料となる梅がすごく丁寧に育てられているんですよ。梅干し以外にも、宮崎や鹿児島の梅酒はとにかく美味しくてたまりません。原料も製品もまさに、嘘を吐いていない「本物の味」だと思いますね。

しかも、九州は地元の特産品などを大事にしており、「未来に残していく」という意識が高いんですよ。九州のスタイルは本当に良い文化ですし、私たちはもちろん、和歌山県の梅農家全体で「本物の梅干し」を作っていくことが重要だと思っています。そうすることで、和歌山の梅を未来に残せるのではないか?と思うんです。

藪本:
まさに、地元に眠っている「価値あるもの」を掘り起こし、再整理する作業が必要なのではないでしょうか。これをやらないと、今から何十年、何百年先の未来で、地元に何も残らないということになりかねません。私としては、「地元の良いもの」を再整理した後に全世界に輸出していきたいと考えています。寒川さんが仰った「本物の梅干しを作る農家」のような、地元のプレーヤーが全世界で活躍できるよう、お手伝いできれば嬉しいです。

4.龍神の魅力とは?

出典:龍神梅のこだわり(有限会社 龍神自然食品センター)

藪本:
龍神という地域には、どのような魅力があるのでしょうか?龍神という名前の通り、まさに、龍の神様が住む場所なのではないかと思います。お二人は、神様にお会いしたことはあるのでしょうか?

寒川さん:
どうなんだろう?(笑)

井谷さん:
感覚的なものならあるかもしれませんが、はっきりと会ったとは言い難いですね。

藪本:
むしろ、そういう部分が聞きたいです(笑)。例えば、「目に見えないものが見えている」という感覚になったとか、不思議な出来事は過去にあったのですか?

寒川さん:
早朝、山に入ると時折、雲海が見えるんですよ。雲海の中から龍が飛び出してきてもおかしくないような、まさに神聖な感じがしましたね。

井谷さん:
本当に綺麗ですよね。

寒川さん:
何かのパワーがあるような気がします。本当に神々しい光景が広がっていて、雲海を見ると改めて「山はいいな」と思うんですよ。

藪本:
なるほど。まさに龍神が誇る美しい景色ですし、絶対に未来に残すべきだと思います。そのような意味では、将来、龍神はどのような姿になっていてほしいと思いますか?

寒川さん:
やはり、林業や農業だけではなく、龍神の生産者たち全員が自給自足できるようになればと思います。例えば、私たちはシソ栽培もしていますが、種に関しては外から購入しているんですよ。もし、種を販売している会社に何かあった場合、私たちは種を買えなくなり、シソを栽培するのが難しくなってしまいます。そのため、将来的には、種も含めて全て自給自足できればと思っていますね。

また、龍神には自然豊かな山がありますし、子供の遊び場として活用するというのも面白そうです。「龍神で楽しめるアクティビティー」として押し出せば、外から観光客が遊びに来るような気がします。あくまでも可能性の話ですが、こういった取り組みが龍神の活性化に繋がるかもしれません。

出典:山林の管理について(エムトゥーアール株式会社)

藪本:
私としては、「今ある山の魅力をありのまま伝える」という方向性でもいいのではないかと思っています。今回の紀南アートウィークでは「籠もりながら開くこと」をテーマにしているんですよ。そのような意味でも「地元を見つめ直すという段階を経て、外に開いていくためにはどうすればいいのか?」と考えることが重要な気がします。恐らく、中途半端に外に開いても、大した結果は得られないと思いますから(笑)。

また、寒川さんが仰る通り、「生産者たちが自給自足を目指す」というところから始めるのは、すごくいいことだと思います。将来的には、地元の一部のプレーヤーが切磋琢磨しながら外貨を獲得し合う、という状態が私の理想です。そのような意味でも、寒川さんの会社は、日本国内だけでなく世界にも目を向けて、活動するフィールドを増やすべきだと思います。林業、農業問わず「自社製品を全世界に輸出する方法」を突き詰めていくと、結果的に、龍神という地域を維持発展させることに繋がるのではないでしょうか。

私自身、まずは実際に山に足を運んで、自然の豊かさを感じられればと思っています。いつか、龍神が誇る美しい雲海も見てみたいです。

寒川さん:
一緒に見に行きましょうよ!雲海を見たら、藪本さんもきっと感動すると思います。

井谷さん:
そのときはぜひ、感想をお聞きしたいですね。

藪本:
ありがとうございます。すごく楽しみです!本日はお時間を頂きまして、ありがとうございました。

寒川さん:
ありがとうございました。

井谷さん:
ありがとうございました。

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