みかんコレクティヴ
Vol.3 『みかんトーク-紀南のみかん農家に聞く-』テキスト・動画アーカイブ
2022年8月5日に開催したオンラインのトークセッション『みかんダイアローグ vol.3』のテキスト・動画アーカイブとなります。
<日時>
8月5日(金)19:30〜20:30頃まで
参加方法:オンライン
参加費:無料
主催:紀南アートウィーク
後援:FM TANABE
ゲストスピーカー(五十音順)
小谷 大蔵 氏
8年前、子供が生まれたのをきっかけに家業である農業を引き継ぐ。柑橘をはじめ、梅、米、野菜をJAや直売所にて販売。荒廃園地を再生して果樹の種目を増やすなどし、積極的に園地の拡大を図っている。今後の目標は、後継が作業しやすい園地を作っていくこと!
鈴木秀教 氏
田辺市下万呂で柑橘を中心に梅、米、野菜 (枝豆、さつまいも、ハバネロ等) を栽培。元ホテル料理人。自らトラックを塗装し、今年の2月からキッチンカー「PEASANT KITCHEN SÛ (ぺザント キッチン スー) 」という名でスイートポテト等の販売を開始。自分たちの手で「生産・加工・販売」全てが補えるスタイルを模索しながら日々研究を重ねている。
野久保太一郎 氏
十秋園 (とあきえん) の5代目園主。30種類の柑橘、梅、キウイ等を栽培。24歳の時、三重県の鈴鹿サーキットに勤務していたが心境、環境の変化により帰郷。現在では、田辺市の「関係人口」創出のため都会からの農業体験者を受け入れたり、地元のうなぎ店とタッグを組み「うなぎの骨」を再利用したオリジナル肥料を製造したりと、枠にとらわれない農業スタイルを邁進中。十秋園ポケットマルシェ。
松下真之 氏
高校卒業後、大阪・和歌山の地元スーパー「松源」に入社し、日常の業務を行いながら社会人野球のチームで活躍。そのあと、和歌山県田辺市の上芳養にある実家、松下農園で家業を手伝っている。農園の経営をされている父親と二人三脚で、みかんや梅の畑作業を勤しんでいる若手農家。紀南アートウィークでの対談記事。
<聞き手:「紀南アートウィーク」実行委員長 藪本雄登>
1988年生まれ、和歌山県紀南地域出身。十数年に渡り、カンボジア、ラオス等に居住し、文化芸術に関する助成や展覧会の支援を行っている。現在、アジア地域の神話や民俗等に関心を持ち、秋田公立美術大学博士課程にて、人類学、民俗学と現代アートについて研究を行っている。主な展覧会として、「水の越境者(ゾーミ)たち-メコン地域の現代アート-」展(大阪)、「アナルコ・アニミズム -まつろわぬ生命-」展(宮城、本年8月20日〜)等がある。
<トーク撮影会場>
秋津野ガルテン
和歌山県田辺市上秋津にある地域住民が出資し設立したグリーンツーリズム施設。観光、地域おこしをモットーに、小学校の旧校舎をリノベーションし2008年にオープン。校庭内には農家レストランや宿泊施設、お菓子体験工房、またみかん資料館などがある。
公式HP https://agarten.jp/
みかんダイアローグ Vol.3 『みかんトーク-紀南のみかん農家に聞く-』
藪本:
皆さん、こんにちは。紀南アートウィーク実行委員長の藪本です。今日はよろしくお願いします。
今日のみかんダイアローグVol.3は、田辺市上秋津にあります「秋津野ガルテン」からお届けします。「秋津野ガルテン」は、廃校になった田辺市立上秋津小学校の旧校舎を使ったグリーンツーリズム施設です。農家さんのレストランや宿泊施設などがあります。
いままでのみかんダイアローグでは、「農家さんとアーティストの関係」や「農業とアートの関係」について述べてきました。そこで「農家さんはアーティストであろう」ということがわかってきましたので、今回はみかんを掘り下げたお話ができたらいいと思います。
議論するまでもないのですが、和歌山県の紀南のみかんはすごくおいしいです。日本や世界でも有数のみかんだと思っています。我々のプロジェクトでは、「なぜ人間はみかんと共に歩んできたのか」ということを考えながら、皆さんとお話をしていきましょう。
今日は各農家さんのコンテナを持ってきていただいています。農家さんで使われているコンテナには、それぞれの名前が入っているんですよね。今日はそれに腰かけていただいて、ざっくばらんにお話を聞かせてください。
皆さまの自己紹介
藪本:
最初は自己紹介をかねまして、各地域の特徴などを教えてください。
野久保さん:
初めまして。上秋津で、主に柑橘と梅を栽培しています野久保といいます。屋号が「十秋園 (とあきえん)」といいまして、「収穫の秋が10回来るよう」に、という願いを込めてうちの祖父が名前をつけてくれました。
藪本:
先日お伺いさせていただきましたが、とても広い農園でびっくりしました。ありがとうございます。では続いて田辺市下万呂の鈴木さんです。
鈴木さん:
はい。初めまして。鈴木です。みかんを中心に梅と野菜を作っています。キッチンカーで販売もしています。自分で作ったさつまいもで大学芋を作って販売しています。よろしくお願いします。
藪本:
ありがとうございます。それでは小谷さん、おねがいします。
小谷さん:
はい。小谷です。主に柑橘や梅、野菜など、いろいろ栽培しています。今はまだ「おやじのあとを継いだ」とは言い切れない状態ですね。よろしくお願いします。
藪本:
ありがとうございます。それでは最後に上芳養の松下くんです。僕の野球部時代にキャプテンだった同級生です。
松下さん:
上芳養でみかんを作っています、松下です。この中では一番若いようですけど、こういう場でいろいろ吸収してこれからに活かしていけたらな、と思っています。よろしくお願いします。
紀南の地理と農業の特色
藪本:
最近は異常気象で暑い日が続いていますよね。この地域でもミカン栽培が続けられなくなるタイミングが来てしまうのではないか、ということを考慮しまして、今日はみかん農家さんが持っている技術をいろいろ教えていただこうと思います。
「アート」の語源というのは、ラテン語の「アルス(ars)」という言葉からきていますが、「技術」という意味があるそうです。仮に、気候変動等で、将来、紀南でみかん作りができなくなったとしても、みかん作りの技術を、何かに転用できるようにしていきたいと思っています。そのためのディスカッションができればいいな、と考えています。
最初に聞きたいのは、フィールドワークをしてきた中で、紀南では、どんどんみかんの生産が減っているということを聞いたのですが、それは本当なのでしょうか。
松下さん:
そうですね。ほとんどの地域で減っているのではないでしょうか。うちのところも、もともとみかんがメインだったんですけど、梅の方がお金になるし、みかんは手間がかかり梅の方が成長も早いので、植え替えのタイミングで梅に変えています。
藪本:
前にわりに合わないって言っていましたよね。
松下さん:
はい、そうですね。ただ、僕の感覚から言わしてもらえば、それは農作業全般そうじゃないですかね。
鈴木さん:
うちのみかんはそんなに変わってないです。逆にちょっと増えているぐらいですかね。でもどう工夫してもおいしくならないような木は減らしています。
松下さん:
場所によりますか?
鈴木さん:
場所によりますよ。本当にみかんは場所によって大きく味がかわります。
小谷さん:
うちは場所によっては増やしていますね。でも、松下さんが言われるように「わりに合わんなあ」というのはわかりますね(笑)。
藪本:
それはどういうことでしょうか。梅よりみかんの方が大変だということでしょうか。
鈴木さん:
手間はかかりますよ。世話する期間が長いです。お金になるまで時間がかかる。植えてから10年くらいは安定した収穫はできないですね。
藪本:
秋津野の場所はどうですか。みかんを栽培するのに適した場所といえますか。
野久保さん:
そうですね。みかんで頑張っている農家さんが多いから、必然的にみかんをやっています。それでも、2、30年くらい前から梅の方が価格がいいので、暮らしを追い求めて梅栽培をする、という人も増えています。それでも柑橘を作っている人というのは、だんだんプロフェッショナル化していっていますね。秋津野ではみかんをしっかり作っていくのではないでしょうか。
藪本:
野久保さんのところは品種の数が多そうですよね。いろんな種類の柑橘をあちこちに植えています。それって、どういうことなのですか?
野久保さん:
ぼくが就農したのは22、3年前ですけど、当時はみんな梅か温州みかんと晩柑の数種類だけだったんです。でも、リスク分散のために毎月収入を得られるようにしよう、という話になって種類を増やしたんですよ。
おかげさまでうちでは30何種類かの柑橘を作っているんですけど、毎月収入があるということは、毎月世話をしないといけないし、並行する作業がすごく増えてしまったんですよね。だんだん自分で自分の首を絞めているような感覚がします(笑)。最近はどうしようか悩み中です。種類をまとめて減らしながら、新しい品種を増やしていこうかと。
20年前に植えた温州みかんが、今、主力になってきました。20年以上積み上げてきたものの結果が出てよかったな、といった感じですね。
小谷さん:
十秋園さんは本当に種類が多いですよね。
藪本:
小谷さんのところはどれくらいなんでしょうか。
小谷さん:
30種類とかはないですよ。10種類くらいでしょうか。
藪本:
上芳養の松下さん的にはどうなんですか。
松下さん:
僕の周りにはそんなに植えている人はいないですよ。上芳養は梅がメインの人ばかりです。そんな中でみかんを作っている人は、こだわりがあって「みかんのプロ」だな、と感じます。
木と対話するんですよね。「水は……、ん、まだいけるな」みたいな。水のやり方も木の様子を見てみたいな。だからそういう加減はすごいです。
みかんの技術伝承
藪本:
もうひとつの質問なのですが、「技術伝承」は、どうやって行われているのでしょうか。今回、私がフィールドワークをする中で知ったのは、地域ごとの横のつながりがあまりないな、ということです。
地域ごとにどういう形で伝承されているのか、周りの農家さんとの関係はどうなのか、などが知りたいですね。あまり近づかないようにして技術を守っているのかなとか思ったりするのですが、そのあたりどうでしょうか。独自の技術が受け継がれていると思う反面、あまり交流がなさそうだな、と思うのですが。
鈴木さん:
家庭で受け継がれているものですからね。
小谷さん:
そうですね。おやじに教えてもらうものなので、どうしてもそうなります。同じ地区だったら近所のおじさんに聞いたりすることもありますけどね。どうして他の地域の農家に聞かないかというと、理由は土地に違いがあるからでしょうね。
藪本:
あー、なるほど。
小谷さん:
この土地は石が多くて水はけがいいからおいしいみかんができる。かたやこちらは土地が深くて水がはけるけどあまり甘みがのらない、とかそういう地域性があるからだと思います。
藪本:
あまり技術の汎用性が高くなく、土地と技術が密接に結びついている、ということなのでしょうか。外で学んできても、あまり自分のところでは使えない、みたいな?
野久保さん:
教科書的なことは、農協がやってくれている講習会でだいたい教わります。あとは家庭で父親が師匠になって教えてくれます。あとは自分たちと同じような世代の農協の青年部で勉強会をしますね。
地区を飛び越えて横でつながるというのはなかなかないですね。だから僕も今日の参加者のお三方とも初めて会いましたよ。
鈴木さん:
すごく近くなんですけどね。車で10分くらいの距離なんですよ。
藪本:
どこかにライバル意識があるんですかね。
野久保さん:
若い子たちにはそんな垣根はないと思いますよ。横のつながりができるとまたおもしろいと思います。
藪本:
土地の違いってどのくらい違うのでしょうか。
野久保さん:
土地の違いは大きくて、自分のところの畑の中でも違います。わずか10メートル違うだけでも変わってきますし、木の1本1本が違います。
野久保さん:
標高で違いが分かれてくるかな。大坊地区(*)なんかはそれを特徴として利用していますよね。標高が高いから年をまたいで完熟みかんを作っています。
(*)大坊地区・・・大坊みかん(おおぼうみかん)は、和歌山県田辺市芳養町(はやちょう)大坊地区(おおぼうちく)で栽培されるウンシュウミカンのブランドである。その特徴は、他の多くの早生温州が12月までに収穫・出荷を終えてしまうのに対し、木に実を付けたまま熟成させて1月を過ぎてから収穫する点にある。
参考:Wikipedia
藪本:
技術の伝承は、家族の中で行うのがメインになっているということなのですね。
秋津野ガルデンさんとかは、コモンズ(公共財)のようなシステムを作っていますが、それってすごいことだと思うのですがどうですか。他の地域でひとつの祭りとか、技術移転をやろうっていうのはありますか。「若い人あつまれ!」みたいな。
松下さん:
あまりないですね~。
藪本:
昔はあったんですか。
小谷さん:
いや、昔の方がライバル心は強かったんじゃないかな。となり町のあいつには負けへんぞ、みたいな。
藪本:
そう言う意味では、「うちの技術のこんなところが変わっている」とか「こんなのが特徴」みたいなのはありますか。
野久保さん:
技術じゃないですけど、うちは3年前くらいから自分の土地に合った肥料を作りたくて、地元のうなぎ屋さんが廃棄しているうなぎの骨を使って、再生肥料をやっています。ただ、肥料ひとつで味が変わるものでもないので、難しいですね。
藪本:
どうしてそれを使おうと思ったのですか。
野久保さん:
東京にいたときに有機的なものを求められる方が多かったからです。うちは普段から有機肥料を使っているのですが、ただの有機肥料ではアピールが弱いな、という話になったんです。どうせなら地域循環させる物語を作りたくて、知り合いのうなぎ屋さんのところに材料をもらいに行くことになりました。うちでつくった梅やみかんをうなぎ屋さんに渡して、うなぎ屋のオリジナル商品にしてもらっています。
藪本:
科学技術的なことより思想的なことを重視して始められたということでしょうか。地域内で循環させる仕組みを作りたい、みたいな?
野久保さん:
そうですね。「うなぎの骨を使ったみかん」というブランド化はしたかったんですけど、どうしてもそれが味に出てこないんですよ。まだ3年目で、6、7回肥料をやっただけなんですけど、結果は出にくいですね。土地というのは深いし、難しいです。
藪本:
下万呂ではどうですか?
鈴木さん:
うちの畑は保水性がいいので、どこよりも早くマルチシートを敷きますね。
藪本:
保水性がいいと、どうなるんですか?
鈴木さん:
乾きが悪くなります。カラカラに乾かしといて、ずっと敷きっぱなしです。
藪本:
水が多いとみかんはどうなるのでしょうか。
小谷さん:
根がいっぱい水を吸ったら、実に入る水が増えて味が薄くなるようなイメージがありますね。
鈴木さん:
早く水を切っておかないと酸の高い実が作れないです。
野久保さん:
糖をあげる作業というのは、水を切るという作業で実現するんですけど、酸をコントロールしようとするのはすごく難しいものなんです。
小谷さん:
そうなんですよね。そこがね。
野久保さん:
それはもう園主さんしかわからないタイミングなんですよ。よそがマルチを敷いてるからうちも敷こうか、ではうまくいかないですよ。甘いけどすっぱいとか、酸っぱくないけど甘くないとか、水っぽいとかとかね。
松下さん:
酸っぱいみかんは、本当に酸っぱいですよね。
野久保さん:
そうなんですよね。
松下さん:
うちは木の樹齢的に、だいぶ高齢化している木が多いです。そのため、あまりマルチを敷きすぎると枯れていったりするんですよね。
鈴木さん:
そこが難しいですよね。
松下さん:
そうなんですよ。収穫した後のケアもしてあげないといけないですし。うちはあまりしてないんですけど(笑)。
みかん農家の思考について
藪本:
農家の考え方について興味があります。作業をしている時には何を見ているのですか。何を考えながら作業をされているのでしょうか。
野久保さん:
求めている答えじゃないかもしれないですけども、「はよ、終わらんかなあ」とかですかね。
松下さん:
そうですよね~。
藪本:
やっぱり苦しいですか。
野久保さん:
苦しいですね(笑)。
藪本:
1人で現場に行かれて、植物に浸される感じの環境の中でどういう考えを巡らせているのかな、と思ったんですよね。
松下さん:
モクモクと作業していたら「はよ、終わらんかな」しか出てこないですよ。暑いし、虫も寄ってくるし。僕はワイヤレスイヤホンをつけて、しんどいのをごまかすために、ずっと漫才を聞いています(笑)。
もちろん剪定とかは技術がいるので、教えてもらったことを意識しながらやりますけど、普段の単純作業のときはだいたい漫才を聞いています。
鈴木さん:
ラジオとかけっこう皆さん聞いていますよね。
実から木へ
藪本:
就農されてから植物全体に興味を持つようになりましたか。木や根や土を見るようになったとか。
野久保さん:
そうですね。結果は「みかん」として出来上がるんですけど、「どういうふうに木を育てていこうか」を考えますね。「実」を育てるというよりは「木」を育てる、というように変化しました。
藪本:
摘果や剪定とか一瞬で判断されていますよね。ぱっぱっと(笑)。何を考えてされているのですか。
小谷さん:
雰囲気ですかね。
松下さん:
1個1個考えていたら終わらないですよ。
藪本:
でも何かは考えているんでしょう?
小谷さん:
ボーっとは考えてるかな。
野久保さん:
そうそう、何となくね。「このへんはいらんかな」みたいな。1年目より2年目、2年目より3年目と見ていると、みかんの木を空間で捉えて、「ここはいる、ここはいらん」みたいに考えられるようになりますね。
藪本:
そういうのって、アーティストさんたちのペインティングと一緒じゃないですか。言葉にできないんですけど、それが技術とか思想的なものとして積み重なってきたものなのではないかと思います。
野久保さん:
センスがいい人は完熟したみかんがなった枝のたれ具合をイメージしていますね。そういうのを目指したいですね。
小谷さん:
「ここがこうなってるから、こうやねん」って説明してもらってもわからないんですよね(笑)。
みかんと資本主義
藪本:
今このプロジェクトをやっているのは、「資本主義」の問題を考えているからです。
資本主義は英語で「キャピタリズム(capitalism)」というのですが、この「キャピタル(capital)」の語源はラテン語の「カプート(caput)」です。「先端部分」や「頭」を意味し、植物においては「めしべの先」、つまり、「果実」です。
今の時代、みんなこの「めしべの先(果実)」しか見ていないな、と感じます。現金や不動産とか、目に見えるものばかり追い求めているような気がしますが、それってどうなんだろうと思います。
みかん農家さんでいうと、果実の「糖」、「甘さ」に対する至上主義的なところがあると思うのですが、そこをどう感じますか。
鈴木さん:
値段をつけるためには仕方ないことですね。
小谷さん:
絶対条件みたいなところですね。
藪本:
糖の高さは値段を左右する条件になりますか。
松下さん:
わかりやすい数字が出ますからね。
鈴木さん:
すぐにわかるしね。
野久保さん:
対外評価として「糖」の「~度以上」というブランドが出来上がっているので、「糖度」を追い求めてしまうのは仕方がないところかと思いますね。
ただ、甘いだけじゃなくて、食べたらおいしいというのが大事ですね。
「おいしいみかんを作るために糖度を上げるのか?」
「糖度が高ければおいしいみかんなのか?」
というのは、一つの問いですね。
藪本:
ということは、その「糖」の基準に抗ってみてもいいのでしょうか。それに対抗していこうみたいな動きはないのでしょうか。
野久保さん:
直売では「糖度」を表示してないですね。直売では「あの人のものだから買いたい」「あそこの農園のものだから買いたい」という基準で選ばれていますからね。
鈴木さん:
名前で選ばれますね。
野久保さん:
そうですね。それに対してスーパーでは、「糖度」を基準にしたブランドで選ばれます。直売所では、農園のファンに選んでもらえますからね。
鈴木さん:
やっぱり農園によって少しずつ味が違うんですよね。
野久保さん:
皮の厚さが違うとかね。そこに謎のおいしさが加わるんですよね。
鈴木さん:
そうそう。
藪本:
糖度を上げようとすると、樹木に負担がかかるんですよね。マルチを増やしているところを見ると、木をイジメているような感じがするのですが。
鈴木さん:
そうなんですよ。なんだか虐待しているみたいなんですよね。
藪本:
甘さを出そうとすると木に負荷がかかって、結局木がもたなくなるのではないか、という気がします。
野久保さん:
その通りですね。
松下さん:
ケアが大事ですね。
野久保さん:
ケアもしてあげないといけないのだけれど、ケアまでしてあげる時間の確保が難しいですね。
藪本:
果実と樹木のバランスをどうとるか、というところでしょうか。
野久保さん:
人間にしてみれば、美味しく作れるみかんの木は大事にしたいんですよね。ダメなみかんは切ってしまおうとします。みかんにしてみれば「おいしいみかん作るから、切らんといて~」って言ってますよ。
鈴木さん:
わかります。それは言ってますよね。
藪本:
そうなんですか。「木と会話する」と聞きますが、そういうのはあるのでしょうか。
鈴木さん:
何となくですよ。会話できるとまでは言えないですけどね。
松下さん:
いい木は何をしても「こいつ、いいな」と感じます。性格というか、バランスというかそこが優れているように思います。
藪本:
感覚的なものを感じながら、それが摘果の選定などにつながっているのでしょうか。
野久保さん:
そうですね。植えたからには、ダメだからと言ってすぐに切るわけではないです。リカバリーしようと努力はするわけですよ。でもやっぱりダメなんですよ。
松下さん:
そうですね、ダメなやつはたいがいダメですね。
藪本:
でも、切っても接ぎ木にできるんですよね。
野久保さん:
はい。接ぎ木にできますよ。
藪本:
接ぎ木にすごく興味があります。植物は人間とは全然違う存在なんだと感じます。人間は、細胞が移転するので、「接ぎ指」とかできないですよね。でも、植物の場合って、藪本の木に松下がくっついてくる、ということが成り立つわけですよね。
野久保さん:
簡単に品種転換できるので、すごく便利ですね。接ぎ木を早めにやってしまえば、来年、再来年にはそれなりにいい枝になるんですよ。
鈴木さん:
収穫ができるまでが早いです。でも、枯れるのも早くなります。
藪本:
あまり人気がなくなってきた品種を差し替えたりするわけですか。
小谷さん:
そうですね。
藪本:
その時みかんって、どう思っているんでしょうね。
松下さん:
びっくりしてると思うよ(笑)。
鈴木さん:
前向きに受け止めてくれたらいいですけどね。
野久保さん:
新しい品種をダメな木に差し替えて増やしていけるのでいい技術ですが、問題は寿命が短くなることですね。1回切っているし、根にも多少ダメージがあります。
藪本:
そこもマーケットと紐づいているのでしょうか。
小谷さん:
そうですね。売れる品種に変えるということですからね。
7.みかんの新しい可能性
藪本:
ちょっと話題が変わるんですけど、みかん農家さんを経済的な視点で話してみたいと思います。ずばり「農家さんは儲かるんですか?」
野久保さん:
儲かる農業をされている方も、もちろんいらっしゃいますよ。でもやっぱり単価も低いし、一反(約10a)100万円の儲けを目標にしています。
藪本:
でもそれでは、先を見ることが難しいのではないですか。夢があるような形に持っていくには、どうしたらいいのでしょうか。
紀南アートウィークでも、上芳養や秋津の農業を発展させていきたいと考えています。食としてのみかんをとらえると、大規模農業をされているところに価格の面からも、なかなか敵わないのではないでしょうか。
そう考えると、「アート」の力が役に立たないかな、と思うのです。作品として仕上げてしまえば、1個100万円のみかんでも成り立つ可能性があるのではないでしょうか。
どうやったら価値を高めていけるでしょうか。「既存の原理」を越えなければ実現しないと思います。私がアートに力を入れているのは「既存の原理」を超えられる可能性があると感じるからです。
「既存の原理」だけでは、大きな制度等に抗えなくなりますので、「原理」の枠外の新しいことを生み出したいですね。
鈴木さん:
みかんの箱を芸術的に仕上げるとか?
松下さん:
剪定をすごく美しくするとか?
藪本:
逆に「これが完璧なみかんだ」というのは、どういうみかんでしょうか。
野久保さん:
僕は写真を撮るのですが、風景の中にパッと浮かんでいるみかんは「これだ!」と思うんですが、食べてみると「あれ?」っていう感じになりますね(笑)。
藪本:
「食」ではなくて、「美しさ」ということですね。それはどういう「美しさ」なのでしょうか。
野久保さん:
秋の空にみかんが映えるんですよ。すごくきれいです。木自体は太陽に向かって伸びていて、みかんは木の上に実る果物ですからね。みかんは空と合いますよ。太平洋側は冬でも空が青いですし。
藪本:
確かに、西洋の世界ではみかんは「太陽」の象徴として捉えられています。「柑橘類と文明」(※)という本にも書いていますね。
小谷さんの「完璧なみかん」とはどういうものですか。みかんではなくても、樹木の形でもいいのですが。
(※)「柑橘類と文明: マフィアを生んだシチリアレモンから、ノーベル賞をとった壊血病薬まで」ヘレナ アトレー ( Helena Attlee)著 築地書館 (2015/4/29)
参照:Amazon
小谷さん:
すごくツヤがあって、完璧な形をしているものは「完璧だ」とは思うんですが、食べてみるとそうではないですね~。
野久保さん:
草を刈った後は達成感がありますよね。やった感があります。
松下さん:
わかります!
小谷さん:
すごくきれいになると達成感がありますよね。
鈴木さん:
次の日とか、刈った草が「シナッ」となっているのもいいですよね。きれいにピタッとなるんです。
小谷さん:
畑の形がよくわかるんですよね。
野久保さん:
草を刈るときれいな段々畑が出てくるんですよね。樹木の形も際立つし、土地の形がよくわかります。
藪本:
それは山の景観全体として美しいということですか。
小谷さん:
きれいですね。
藪本:
その刈った草が死んでまた蘇るわけですね(笑)。
松下さん:
一週間くらいでまた生えてきますよ。蘇らなくていいのにね(笑)。
藪本:
ところで農家さんって、お子さんが継ぐのが前提なようになっていますが、どういうものを残していくべきなのか、というアイデアはありますか。
鈴木さん:
作業のしやすさですね。
松下さん:
効率面ですね。
藪本:
効率面とはどういうことですか。
小谷さん:
草を刈らなくてよくなれば最高なんですけどね。地面を全部コンクリートにするのはどうですかね(大爆笑)。
鈴木さん:
そしたらマルチもいらないですね。
藪本:
でも、いいみかんができなくなるんじゃないんですか。
松下さん:
どうなんでしょうか。
小谷さん:
どうですかね。よくはなさそうかな。けど、メリットもあるような気がします。イノシシ対策とか地崩れ防止とか。
野久保さん:
石垣部分にコンクリートブロックを使うとか。
鈴木さん:
畑の中まで軽トラが入れるように道を作るとかね。
藪本:
逆に、みかんを育てられなくなって、技術を他のことに転用しないといけない可能性とかはないでしょうか。
小谷さん:
考えますよ。気温がすごく上がってきていますからね。
鈴木さん:
みかんの日焼けがここ数年ひどいですね。
小谷さん:
木の上のみかんが太陽の光で焦げるんですよ。水分が蒸発して真っ黒になるんです。燃やして焦げる感じとはちょっと違うんですけどね。
藪本:
今まで積み重ねてきたものは、みかん以外のものに転用できるのでしょうか。
鈴木さん:
バナナとか、もっと温かいところの果物にするとか?
野久保さん:
品種改良とかね。今のみかんは昭和30~40年に品種改良してできたみかんです。今の気温に合わせるとしたら、「日焼けに強い」みかんを開発していかないといけないのではないでしょうか。
藪本:
そういった技術開発って、自分たちでできるものでしょうか。
野久保さん:
違う品種同士を受粉させて、できたものを植えて結果を見るということを繰り返して、20年くらいかかるでしょうね。
小谷さん:
それで一生終わりそうですね。
野久保さん:
ロマンを求めるのであればね、いいと思いますけど。「あの人が作ったみかんが何十年かかって、いまようやく実を結ぼうとしている」みたいなね。
藪本:
環境との戦いですね。逆に農業をやる中で、どういうところに喜びを感じますか。
松下さん:
収穫シーズンが完全に終わって、一息ついた時とかかな。
藪本:
体を使ったお仕事ですからね。私の仕事は身体を動かすことも少なくて、それってどうなんだろうと思います。体を使った仕事に喜びを感じるということはありますか。
松下さん:
重労働した後の達成感はありますね。それで「うまいみかん」ができたら嬉しいかな。
野久保さん:
僕は、農業をやっていないと出会えなかった人と会えたことが喜びかな。もともと三重県で仕事をしていたので。
藪本:
鈴鹿サーキットですよね。
野久保さん:
そうです。モータースポーツが好きだったので(笑)。
のんびりするつもりで紀南に帰ってきたのに、なぜかめちゃくちゃ忙しい。「こんなんやったら三重県おったら良かった」って思うこともあるけれど、今日みたいにこうやってまた新しい仲間と出会えるのは嬉しいですね。
農業って、求めてくれる人が多いですからね。子どもが農業するかどうかはわからないですが、「お父さんはみかん農家やったんやで」という「ルーツ」を作ってあげたいなと思いますね。
松下さん:
心のゆとりはありますね。
藪本:
みかんの山の景観を見ると素晴らしいな、と感じますが、そこはもう当たり前の風景でしょうか。
松下さん:
たまに感じます。どこかから戻ってきたときとかは感じるかな。
野久保さん:
田辺って、海も近いし、紀伊山地もあるし、起伏があるからすごく景色がいいと思います。
藪本:
ありがとうございます。ここまでで1時間ほどお話をしてきましたが、何かご質問などがありましたら、お伺いいたしますが、どうでしょうか。
今日はたまたま、私の大学の先生がいらっしゃっているんです。先生、感想をお願いします。
唐澤太輔さん:
初めまして、唐澤といいます。秋田公立美術大学に勤めていて、南方熊楠の研究をやっています。その研究会があってこちらに来ていたところ、藪本さんもこちらにいると聞きましてやって来ました。
みかんそのものが美しいというのも「アート」なのですが、皆さんがやっている行為やプロセス自体が「アート」だと思います。
「みかん」という木を育てて、実を収穫して出荷する、そのプロセス自体がアートなんです。全身を使っているという点が特にアートですね。木に触れて触覚を使い、味覚や嗅覚や視覚を使っていますよね。聴覚はどうですか?聴覚はどういう時に使いますか。
野久保さん:
枝を触った時のカサカサする音とかですかね。潤いがわかります。
小谷さん:
そうですね。葉を揺らした時の音とかですね。
野久保さん:
揺すった時の感覚でわかります。
松下さん:
乾いてるなあ、とかそういうのを判断します。
唐澤さん:
そういうのを言語化するのはなかなか難しいですよね。そういう全身を使ったマルチのアートだな、という気がします。
藪本:
聴覚というのはあまり考えたことなかったですね。五感を使って仕事をされているのがよくわかります。
野久保さん:
6月くらいの新芽とか、すごく柔らかくて、触ると気持ちいいですよ。
唐澤さん:
なかなか言葉にするのは難しいかもしれませんが、何か共有されているものがあるのでしょうね。そういった事柄を、おそらく藪本さんがこれから論文で発表してくれると期待しています。
藪本:
複合芸術という議論も、唐澤先生のもとで学んでいるもののひとつですが、今話していたようなことが複合芸術の一環と考えていいのでしょうか。
唐澤さん:
はい。そうですね。
藪本:
唐澤先生、ありがとうございました。
他に何か質問などはありますか。コメント欄の方に質問が来ているようですね。
「糖度の話がありましたが、逆に酸味に振り切ったみかんを作れるんですか。甘いみかんより酸味のあるみかんの方が好きなので、酸っぱいみかんを食べたいです。」
ということです。
野久保さん:
すばらしい!(笑)。品種によっては酸味の高いみかんというのがありますね。それを普通に作るというか、甘味はあっても酸っぱくさせるやり方というのもありますね。
藪本:
どうしたらいいのですか。
野久保さん:
水の量を調整します。もともと酸が高いところに水を増やすと、糖度が上がらず相対的に酸っぱく感じるかと。
藪本:
水を切ると糖度が上がるので、その反対ということですね。
野久保さん:
けっこう「甘い、甘い戦争」で、酸味があるみかんは淘汰されてきているんですね。逆にそこを求めてくれる人がいれば、昔の品種を復活させることもできます。
藪本:
私は八朔が一番好きです。
ところで、さっきの理論でいうと、酸味の高いみかんは値段が下がるのでしょうか。
野久保さん:
農協などの市場流通では価格が下がったりしますね。現金を多くもらおうとすれば、糖度の高いみかんを作ることになります。
ただ、酸味が高いものが欲しいという方もいらっしゃるので、そういう方は、直売所巡りをしていただけると、ご自身に合ったみかんが見つかるのではないでしょうか。
そういうのも楽しいと思いますよ。静岡や愛媛、和歌山、佐賀、長崎などの直売所を巡って「私の好きな酸味のあるみかん」を探す旅もおもしろかもしれませんね。
藪本:
なるほど。皆さんのところでも、「B to C」が増え始めているということなのでしょうか。
松下さん:
うちのみかんはほぼ個人売りで、農協には出してないですね。祖父の代からやっているから、ずっとお付き合いがあります。いいみかんができたら個人用に回して出荷します。
藪本:
みかん、増やしたらいいのに。出荷先はあるんでしょう?
松下さん:
苗はもちろん植えているんですよ。でもそれがまともに出荷できるまでは、まだだいぶかかりますからね。
藪本:
10年くらい?
松下さん:
そうかな。植えてるのは植えてるんだけどね。
野久保さん:
農園の味ってありますからね。ぼくのところのみかんって、特別どうこうというわけではないんだけど、それでも毎年「十秋園さんのところのみかんが欲しい」って言ってくれるお客さんがいるから、そのお客さんに対してみかんを作っているんですよね。市場流通にのって高評価は得られないけれど、ファンの中ではいい評価をもらっています。
僕のところはネット販売はしていないんですけども、ファンのお客さんに対して、「十秋園の味って、こんな味」というのを理解してもらえているから、やっていってるかな。
藪本:
地元の方が多いんですか。
野久保さん:
関東を始め各地の方々かな。
松下さん:
うちは県内が多いかな。
藪本:
皆さんすごく価値のあるものを作っていますよね。僕の理解では、アーティストさんも「欲しかったら取りに来て」っていうところがあると思います。「あなたのものが欲しいんです」というものを製作しているという点から見ると、アート作品もみかんも類似点があるのではないのでしょうか。
野久保さん:
農協さんの「201」(※)のみかんもいいんですよ。
鈴木さん:
あれはすごいですよ。うちのおやじも「201」出荷してましたね。
(※)木熟201・・・JA紀南では、樹上で完熟させたミカンの中でもさらに糖度が高いものを「木熟201」と名付けて出荷している。開花後樹上で201日以上かけて完熟させていることをアピールしたネーミングだが、糖度も14と高く、とろけるような食感は、わがJAの自信作。日本でもトップクラスの品質を誇っている。
参照:JAグループ ホームページ「ミカンは小粒でもとろりと甘い」
藪本:
最近農協さんもすごくいいんだ、という話をされていましたね。
野久保さん:
「201」のみかんをつくっている農家さんが集まって、互いに研鑽しながらやっています。それだけのものを市場に出して、高単価で出荷するっていうのはすごいです。
松下さん:
食べたら本当においしいんですよ。自分ちのみかんが一番おいしいと思ってたけど、「え?」っていうほどおいしいです。
野久保さん:
そうなんですよ。「うっまー!」ってなりますよ。
藪本:
意外とコモンズ化(※)されているということですか。
(※)コモンズ・・・それぞれの環境資源がおかれた諸条件の下で、持続可能な様式で利用・管理・維持するためのルール、制度や組織
参照:コトバンク
野久保さん:
そうですね。
藪本:
共通財産として皆さんで作っているということですよね。
鈴木さん:
僕も去年から会議に参加させてもらったんですけど、レベルが高すぎてついていけないですね。
藪本:
でも、そこに参加できるということはすごいじゃないですか。
鈴木さん:
場所がよくてそこそこおいしいものが収穫できるので、声がかかったんですけど、「みかん作りに命かけてます」みたいな人たちが集まっていて、僕なんかちょっと場違いやな、と感じるほどでした。
藪本:
若手農家さんたちですか。
鈴木さん:
年齢は関係なく、おいしいみかんを農協に出しているところですね。
藪本:
ありがとうございます。何か他にご質問はありませんか。
観客の方:
たね有りとたねなしのみかんは、どう違うんですか。ポンカンとかはたねがあるじゃないですか。でもほとんどのみかんはたねがないですよね。
野久保さん:
「三宝柑」とかもたねが多いですね。
小谷さん:
品種改良でたねのないみかんになってきたんですよね。
野久保さん:
そうですね。たねが多いと、食感的に市場では敬遠されるんですよね。おいしいみかんの味をたねが台無しにしてしまうのでね。昔はたねがあるみかんは「子孫繁栄」を意味して、「縁起がいい」とかいわれたりしましたよ。
藪本:
自然の摂理ですけどね。植物を「たねなし」にするなんて、人間のエゴの最たるものといった感じですね。ただ、そうやって人の手が入ることで生き続けることができるのでしょうか。みかんに支配されている「自己家畜化」といえるかもしれませんね。
小谷さん:
自分たちが生活するために育ててやっているだけなのに、水はやらなあかんし、世話もせなあかんし、どっちがご主人がわからないですよ。
藪本:
みかんの繁栄のために人間が手伝っている、といういう考えもできますね。
根と畑の民主制
最後に聞きたいのは、「根」についてです。古事記で熊野は「根の堅州国」と表現されていて、「根」について考えるには最適な場所なんですよね。「根の国」はスサノヲを祀っていると言われているのですが、皆さんがどのように「根」をとらえているのかを教えてください。
たぶん、剪定の技術とかにもつながっているのではないでしょうか。枝の動きと根の動きはつながっているんですよね。
小谷さん:
枝が伸びたところまでは、根も広がっていますね。
藪本:
まさにスサノヲとアマテラスの関係のようですね。
野久保さん:
「土がガチガチやけど、ちゃんとこの下根っこ生えてんのかな」とか、土の固さで根っこを見たりしますね。さっき小谷さんが言われていたように、木の一番遠い外周の木の枝まで根が広がるので、これをどうやって活かすかな、とか考えますね。夏は気温も高いので、マルチで根っこを守ってあげるやり方もあります。
マルチはストレスをかけて水分を減らす「水分ストレス」という方法に使われてきましたが、最近は夏場にマルチを敷いた方が採光から守れるという使い方もされています。日傘をさしてあげる感覚でしょうか。、
野菜なら掘り起こせば土の中のすべてが見れますが、樹木なので、根っこの世界は想像でしか見れません。根っこを見るのは最初に植える時だけですね。もう「土の世界」におまかせです。
藪本:
最近の哲学や芸術の世界では、主本をのばしすぎるのはよくないのではないか、という考え方があります。自分のアイデンティティやルーツなどの根っこの部分を深掘りして確認しながら、表現していくというものです。
でも根っこをのばしすぎて、自分たち以外を排除するという「ホロコースト」などにつながったというという歴史があります。
現代社会では、根をどんどんと取り払っていく作業をやっていったのですが、やはり根がない状態ってどうなんだという議論もあります。哲学用語で言うと、「ツリー」状(※)にするのではなく、横の「リゾーム」状(※)に根を広げていくことが重要なのではないか、と言われています。みかんの木も横に広げていくイメージなのでしょうか。
(※)ツリー・・・幹・枝・葉といった秩序、階層的なものを象徴する
(※)リゾーム・・・現代思想で、相互に関係のない異質なものが、階層的な上下関係ではなく、横断的な横の関係で結びつくさまを表す概念。
参照:コトバンク
野久保さん:
そうですね。縦に植えて横に広げる感じです。
藪本:
その状態にするためにはどのような作業が必要なのでしょうか。剪定の技術ですか。
野久保さん:
畑を耕すことができないので、表層に細かい根っこをふやしていこうとしたら、別の土を乗せていくことになりますね。
藪本:
小さい根でも通れるようにということでしょうか。根は横に伸ばすと果実は良くなるのですよね。それはどうしてでしょうか。
野久保さん:
直根(※)ばかり伸ばすと、そこで水ばかり吸うようになってよくないんです。細根が枯れてしまうと、直根ばかりが水を吸うことになります。木は育つのですが、果実としてはよくないですね。
(※)直根・・・種子から初めて真下に伸びた根のことを指す。この根が下に伸びる力で幹は高くかつ太くなる
参照:コトバンク
鈴木さん:
大きいカチカチの木だけができることになりますね。
藪本:
土壌を大切にして、横に根を伸ばしていくというみかん栽培の方法が、人間社会でも当てはまるような気がしますね。とても興味深いお話しでした。そこのあたりも今後深めていきたいです。
それでは、そろそろお時間になりますので、最後に「皆さんにとってみかんとは何ですか」という質問をしたいと思います。
我が家は松下農園から毎年みかんをもらっていたんですよね。手がまっ黄色になるほどずっと食べてました。みかんは生活の中に普通にあるものでしたね。
鈴木さん:
物心ついた時にはあったものですね。当たり前にあるもの。ないという生活をしたことがないですね。「家の一部」でしょうか。
松下さん:
農業を祖父の代でいちから始めてきたので、みかんがあって自分の存在がありますね。減ってきたとはいえ、守っていきたいとは思います。ゼロにはしたくないです。こういうつながりは刺激になりますしね。
今が34歳でしょう。藪本さんも、今から植えたらどうですか。
藪本:
20年で収穫できる木に育つんですよね。
松下さん:
うちの木は60年くらいの木でも収穫できてるから、死ぬまでずっと食べられるよ。
藪本:
小谷さんはどうでしょうか。
小谷さん:
身も蓋もないことをいえば、「生活の糧」ですね。ただ、みかんの根のように横に広がってこういうつながりができるので、みかんをやっていてよかったな、と思います。梅と違って、ちょっと自分のこだわりが出せるのもいいですね。
藪本:
梅は効率的に大量に作るというものですよね。あまり味の差もないのかな。食感くらい?梅は「原材料」ですからね。みかんのほうがアーティスティックな部分があるということでしょうか。
それでは野久保さん、どうですか。
野久保さん:
僕の場合は、みかんが僕の世界ですね。僕の世界と他人の世界をつなげる重要なアイテムです。きっとその世界は、優しい世界であると思いますよ。僕は人とつながるためにも、死ぬまでみかんを作り続けるでしょうね。
藪本:
そういった積み重ねがみかん栽培の技術を作っていくんでしょうね。この先紀南のみかんが危機に陥った時も、何とかしながら、みかん農業は残っていくのではないかと思いました。
紀南のみかんはおいしいですからね。おいしさの裏側には何か哲学が存在しているのではないかと感じました。
本日は皆さま、お忙しい中お集りいただきありがとうございました。