コラム
白浜の未来とアート
アートウィーク対談企画#15
〈ゲスト〉
桐明 祐治
和歌山県庁 企画政策局
都市部のさまざまな企業ニーズと和歌山県全域の資源とをつなぐ情報政策課課長。白浜町を中心としたワーケーション事業や企業誘致のための営業活動にご尽力されている。
大平 幸宏
白浜町役場
白浜町がIT企業の集積地になる足がかりを築き、白浜町役場職員として白浜町の活性化に貢献し続けておられます。
〈聞き手〉
藪本 雄登 / 紀南アートウィーク実行委員長
白浜の未来とアート
<目次>
1. それぞれのご紹介
2. 和歌山ワーケーション事業の強み
3. IT企業集積地としての白浜
4. 白浜と「輸出」
5. ワーケーションとアートの関連性
6. 白浜とアート
1. それぞれのご紹介
藪本:
今回は白浜を中心とした紀南の未来についてお話をお聞きしたいと思っています。また、その中で、ワーケーションとアートがどのように繋がるかは、今日のお話でヒントを頂きいたいと思っています。まずは、お二方の自己紹介をお願い致します。
桐明:
総務省から和歌山県庁に出向して約2年になる桐明と申します。今現在は情報政策課長としてデジタル化の業務をメインにしながら、紀南地域を中心とした「関係人口の創出」を目的に、ワーケーション推進に取り組んでいます。出身は福岡県八女市でして、東京霞が関で働いてから和歌山に来たので、和歌山に訪れる企業の方々と同じような「よそ者目線」で、白浜や紀南地域に魅かれている者の1人です。ワーケーション推進では余暇を楽しむことはもちろん、ワークスタイルや働くということを企業側にどう位置づけるか、それを和歌山県全域とどう繋ぐかが、私のミッションだと考えています。
藪本:
プロフィールを拝見させていただきましたが、観光庁にも関わりがあるのですか?
桐明:
そうですね。コロナ禍で一気にワーケーションが注目を集めた中、観光庁が休暇取得の平準化や分散化を目的に大学の先生を中心とした検討委員会 ※ を立ち上げました。その委員会のメンバーの中で、自治体代表として活動しています。
※参考 観光庁「新たな旅のスタイル」
藪本:
ありがとうございます。では、大平さんも自己紹介お願い致します。
大平:
2017年から4年間、白浜町役場総務課で企業誘致とワーケーション担当をしていました。元々、白浜町では2004年から企業誘致に取り組んでいたのですが、誘致した企業の撤退等もあり、2014年から再度力を入れ直した経緯があります。その中で、町営のレンタルオフィスも満室となり、民間企業のレンタルオフィスビル建設と、いよいよ企業誘致が進んできているというような印象です。企業誘致となると、レンタルオフィスを設けることにハードルを感じる企業さんもいらっしゃいますが、県全体でワーケーション事業を進めているので、まずはワーケーションとして白浜を訪れ、ファンになる方々を増やす流れができていると思います。そして、ワーケーションで来られた方が企業誘致や移住、定住に繋がっていければいいなと思っています。
今は所属する課が異動になり、その担当業務からは外れていますが、後任の担当者と連携しながら情報共有をしたり、時には直接ご対応したりすることもあります。
藪本:
ありがとうございます。担当を変わられても、セクションを超えるような重要な役割を担われていらっしゃるんですね。
2. 和歌山ワーケーションの強みとは
藪本:
桐明さんが行っている和歌山県全体としてのワーケーション推進活動はどのような内容なのでしょうか?
桐明:
和歌山県として大枠で推進しているのは、例えば、白浜町は企業誘致、田辺は関係人口やローカルイノベーターの創出、串本はロケット関係のように各市町村の取り組みと上手くマッチングできるように、県全体で営業をしているような感じです。特に、和歌山県におけるワーケーションは研修や新たなビジネス創出等の目的に応じて、企業が社員を現地に派遣して行う出張型ワーケーションをターゲットにしています。
藪本:
ちなみに、どのようなPRの仕方をされているのですか?
桐明:
田辺や白浜がメインではあるのですが、県内のさまざまな市町村の独自の取り組みも活かせればいいなと思っています。営業としてはやはり、企業側にしっかりとワーケーションで得られるビジネスでの効果を実績から示すことを意識しています。あとはワーケーションへの期待などもお聞きして、とにかくコミュニケ―ションを取りながら進めています。アクティビティとワークのバランスなど全てをパッケージ化するというより、それぞれの企業のニーズに出来るだけ答えられるよう調整しながらご提案しています。
藪本:
並走しながら一緒に考えられているわけですね。アートの世界ですとキュレーションにおける思想的なことが重要だと感じていますが、同じように和歌山県全体のワーケーション推進に共通する思想や軸などはありますか?
桐明:
そうですね。他の自治体も同じようなPRをされているのですが、和歌山県の強みはワークとバケーション以外の付加価値の多様さだと感じています。紀北から紀南まで数多くの市町村に協力していただいているので、企業側の幅広いニーズに応えられます。それぞれの市町村に独自の特色があるので、和歌山県全域で見た時に多国籍で多文化なところに魅力を感じてもらえればなと思っています。
藪本:
白浜町はいかがですか?白浜町ならではの強みもあればお伺いしたいです。
桐明:
白浜の持っている強みはロケーションの良さです。ビーチ等の開放的な環境とIT系企業誘致は一見したらミスマッチのように感じられるのですが、白浜町ではうまく融合して混在しています。ロケーションの良さが、イノベーションを生み出すための生産性の高いテレワーク環境作りにつながっています。その先進的な取り組みが全国からも注目され、ロケーションとイノベーションが混ざり合うひとつのモデルとして多くの方に関心を寄せていただいています。
藪本:
大平さんは現場感覚として、どのように感じられていますか?
大平:
桐明さんがおっしゃっていたように、企業側の白浜町に来られる理由はさまざまです。企業全体でのワーケーション導入やサテライトオフィスを設けている企業との意見交換、企業誘致を行う取り組みそのものに興味を持ち、視察に来られる場合もあります。
さらに、白浜町でのワーケーションの魅力のひとつに南紀白浜空港からのアクセスの良さがあります。民間企業による地元のワーク施設利用やアクティビティ受け入れ等もあり、空港を降りてすぐにワーケーションができる環境が揃っています。宿泊施設でもロケーションを含めたワーケーションができる場を提供して頂いているところもあり、町全体で積極的にワーケーション推進に取り組んでくださっています。
また、白浜は関西圏からするとリゾート地のようなイメージが強いですが、良い意味で東京の都市部にはまだそのようなイメージが浸透していません。そのため、ワークプレイスでもあり、バケーションも味わえる白浜が「ワーケーションの場」として印象に残りやすいのかもしれません。
3. IT企業集積地としての白浜
藪本:
白浜町では2004年から企業誘致に取り組まれていますが、どのような流れだったのですか?観光地としての白浜のイメージを変えたいということだったのでしょうか?
大平:
そうですね。元々は和歌山県の政策でIHS構想(イノベーション・ホット・スプリングの略称)があり、田辺白浜地域をIT企業が集積するような場所にしたいという考えから始まったと聞いています。その流れの中で平成16年、保養所だった場所を白浜町が買い取り、県の補助金を活用し、第1のITビジネスオフィスを開設したのが始まりです。
当時は、まだまだ社会の中でもIT技術は浸透していませんでしたが、パソコンと通信環境さえあればどこでも仕事ができるというところに着目しました。さらに和歌山県から都市部への人口流出を防ぐ意味でも、場所を選ばず都市部と同じレベルの仕事ができるIT分野は地元雇用を生み出すことにもつながるはずと。それらの理由を踏まえて、情報通信関連企業のIT企業を町に誘致しようと取り組み始めたのが最初の流れです。
藪本:
そのような場合、白浜町にはどのような役割や機能があるのでしょうか?
大平:
企業誘致に関することで言えば、当時は白浜町という小さな地方自治体が直接東京の企業さんに営業をかけるのは難しい面もあったので、県の企業立地課と連携してきました。視察も一緒にアテンドし、その後、実際に白浜町にサテライトオフィス開設が決まればアフターフォローを担当、地元の企業や課題、場所をつなげるような役目で関わっています。
また、話は少し逸れるかもしれませんが、実のところ、自治体としてはワーケーション推進に関する予算はほとんどありません。もちろん、ハード面やソフト面で足りない部分はまだまだありますが、地元の民間企業の頑張りに支えられながら、あまりお金をかけずに人の流れを作ることができているという意味では成功事例だと思っています。
藪本:
なるほど。白浜町としては現地での対応、県としては県外企業の調整や営業という分業体制となっているのですね。
桐明:
そうですね。企業誘致もワーケーションも人との関わり合いが肝なので、地元の人的な魅力に関しては各役場のお力を借りながら、企業とマッチングし、より継続的な関係性の構築を目指しています。
企業誘致に関しては手厚い補助金がありますが、県でも白浜町同様、イベントや情報発信以外のワーケーションに関する予算はほとんど持っていませんので、ワーケーションで来られた企業さんとは、和歌山の取り組みや魅力に共感していただくパートナーのような関係性を築くことを目標にしています。
藪本:
ワーケーションは企業誘致の手段のひとつということですか?
桐明:
そうですね。ゆくゆくは企業誘致に繋がればいいなという一方で、繋がらなかったとしてもワーケーションに来る方はとても魅力的な方が多いですね。そのような方々が白浜のファンになり、情報発信をしていただいたり。すべてが企業誘致に繋がらなくても、関係人口が増えるのはすごく嬉しいです。
4. 白浜と「輸出」
藪本:
本題に近づいてきたのですが、白浜町におけるワーケーションの意義やメリットについて、もう少し詳しくお伺いしたいです。
大平:
元々白浜町は観光地なのでバケーション目的の方が大半です。その中で企業誘致やワーケーションが進み、宿泊施設やワーク施設等のハード面も整ってきました。なので、バケーション目的のみの方に加えて、ビジネスとバケーション目的の層への新規顧客開拓に繋がっていると感じています。ワーケーションと企業誘致でひとつの柱、観光地でひとつの柱、その両方の柱が上手く交わっているのではないかと。ワーケーションに来た方とは深い関係性になりやすいので、交流人口や関係人口を増やす意味でも、町に影響を与えてくれているという印象です。
藪本:
ということは、観光支援策のひとつにもなるわけですね。ただ、私としてはコロナ禍での観光業の脆弱さを感じたので、今後は維持発展のためにも白浜を港にして、全世界に「輸出」していく必要があると思っています。やはりその中で、第3次産業の担い手を誘致することは重要ですが、「輸出」の観点からは、その土地から容易に離れられない第1次産業や第2次産業がより重要な気がしています。ワーケーションや企業誘致をきっかけにして、それらの産業に関わる動き等はあるのでしょうか?
大平:
そうですね。白浜町では近畿大学とMicrosoftさんは共同実験 ※ をされていると聞いていますが、他の第1次産業や第2次産業のことはあまり分かりません。しかし、白浜が最終的にシリコンバレーのようになって、白浜発のいろいろなモデルを外に出していけたらなと思っています。白浜町が都市部との玄関口としてイノベーションやソリューションが生まれる場になれば、紀南モデルを国内や海外へ輸出するきっかけになるのかなと感じます。
藪本:
和歌山県ではいかがですか?もちろん企業誘致やワーケーションには観光も関わってくると思うのですが、輸出についてはどうお考えでしょうか?
桐明:
観光は物理的に人が来ていただくことが基本なので、産業の方向性としては輸出とは真逆なのかなと思います。ワーケーションも人の流れに関しては同じベースにありますが、輸出となると副次的な流れの中で起こり得るのかなと思います。イノベーティブな知と知の融合するようなオープンイノベーションの場を白浜が担うことで、いろいろなものが混ざり合って新しい産業が生まれれば輸出が可能になるかもしれません。完全にオンラインに切り替わって、物理的に会うこと自体がコストという時代にはならないと思うので、産業や経済的な面を見ても伸びしろがあるのではないかと。すでに白浜でワーケーションに来られている企業さんによる観光サポート系アプリ開発、ヘルスケアの新しい手法等が生まれ始めているので、産業創出の機会になっていると感じています。
5. ワーケーションとアートの関連性
藪本:
ちなみに、ワーケーションとアートの相性は比較的いいのではないかと思うのですが、いかがですか?
桐明:
そうですね。アートは人が場所や空間に直接、足を運ぶ場合が多いと思います。そういう意味では、企業も個人も和歌山を選ぶ理由が必要な中において、今の時代だからこそ、人が動く大きな価値になると思います。非日常やリトリート、解脱するような位置付けとして意味合いは大きいのかなと。県としても総合力で打っていく必要があるので、紀南のアート分野がコンテンツとして成り立っていき、面白いことが起こることを期待しています。
藪本:
そういう意味で私たちはアートを売るというより、アート的発想を直接的・間接的に波及させることによって、全世界に輸出できる技能を持っている方の流入を促進させようとしています。
桐明:
アートは身体的な面と思考や思想の面もあるかと思うのですが、紀南アートウィークはその両方のイメージなのでしょうか?
藪本:
私が思うアートの本質は自由さであり、その根底は前提を疑うことだと思っています。より深く本質的な価値を掘り下げていって、前提を再構築することがアートの価値だと考えています。誰も考えてこなかった、誰もが疑わなかった前提を自由に再整理、再構築する、それが高い価値観、思想性と紐づいて、恐ろしいほどの価値を生むんだと思います。技法もビデオやパフォーマンス、何でもいい時代になってきましたし、社会的・政治的変化のための主義、主張を実行すること自体が、もはやアートだとも言われています。むしろ、その先端を担う人が紀南に来てくれるといいなと感じます。
実際に経済の観点でも、何らかの価値を全世界に輸出できるような外需を稼げるグローバルプレイヤーが、全人口の1〜3%でも白浜町にいれば、地域を維持発展させることができるのではないかと感じています。
桐明:
ありがとうございます。アートとワーケーションの目指す人の流れや人材確保は同じなのかなと感じました。あとは競争相手は世界だと思うので、そのために何が白浜に必要なのかと。
藪本:
いわゆる、かなり高度な思想や技術を持つ世界的プレイヤーを、どのように紀南や白浜に集積させるかということですよね。
桐明:
そうですね。ビジネスベースで考え、言って伝えるというよりも何かを感じてもらう方がいいかもしれませんね。
藪本:
まさに現代アーティストも並外れた感覚やロジックを持つ方々なので、まずは交流からがいいのかもしれないと思っています。
大平:
一度白浜に来た方は、ほとんど全員が白浜のファンになります。白浜に限らず、紀南や和歌山に来てもらうということがすごく大きな一歩なのかなと思います。
藪本:
そうですよね。港は開かれた場所でもあり、籠もる場所でもあるというのがすごく重要な気がします。
6. 白浜とアート
大平:
白浜にワーケーションや企業誘致で来られた方とお話している中で、耐震問題や持ち主の放置により今はほとんど稼働していない保養所を利活用する方法でアートも活かせるのではないかと思いました。廃墟、そのものをアートに使える場として、アートビルのような形にして、表現する場を持ちにくい方に利用していただいたり、観光で来られた方にも見ていただいたり、その中にはワーケーションができる場もあるというような。そういう利活用とアートを絡ませることができれば面白いなと思いました。
ワーケーションの中にも白浜町でのアクティビティのひとつとして、景勝地と組み合わせたアート体験等を組み込むことができればいいなと思います。
藪本:
今まさに大阪の船場に解体されるビルがあり、そこでコレクション展をしようと論考を書いているところでした。今は大阪ですが、大阪の古代史と白浜には接点があるので、企画展や巡回展として同じようなことが白浜の廃墟でできたら面白いのではないかと思いました。
あと最後に、紀南アートウィークに期待されることはありますか?
桐明:
白浜町を日本一イノベーティブな町にする人の流れを作る上で、紀南アートウィークは私たちが営業しきれないような新たな知を持つ方々を呼び込んでいただく取り組みになると思っています。想定していないような人を呼び込む、白浜や和歌山県に関心を寄せていただく機会になると思うので、すごく楽しみにしています。
藪本:
イノベーションを起こせる人をとにかく紀南に集めるというのがミッションですね。
大平:
アートとの関わりで言えば、紀の国トレイナート ※ や紀の国わかやま文化祭 ※ もアート関係のイベントとして開催予定ですので、紀南アートウィークがそれらとテーマ性の異なるものとして発信していただければ嬉しいです。
※参考 紀の国トレイナート2021
※参考 紀の国わかやま文化祭2021
藪本:
今年の開催はまだ実験段階で、持続可能な取り組みにしていくために芸術祭の新しいあり方を白浜から提示できればいいなと思っています。ぜひ、今後とも相談させてください。あっという間の1時間半でした。お時間いただき、ありがとうございました。
.<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/