コラム

みかんはアートか?

紀南アートウィーク地域対談 #1

<ゲスト>

井上 信太郎
善兵衛農園 7代目園主
紀州有田・田村みかんの生産農家。江戸時代から200年以上続く善兵衛農園の7代目。
「みかん」を盛り上げていく活動を行ったり、地域の拠点「紀家わくわく」を立ち上げ運営したり、地域の活性化にも積極的に取り組んでいます。
http://zenbeefarm.jp/


<聞き手>
薮本 雄登 / 紀南アートウィーク実行委員長




「みかん」はアートか?

1 紀南アートウィークの趣旨
−アートと地域の関係性とは?−

薮本:
はじめまして。

井上さん:
はじめまして。よろしくお願いします。

薮本:
本日は、お時間いただき、ありがとうございます。

私は、世界で法律事務所を運営しながら世界における田舎の現代アートの支援や助成活動を行っています。会社経営や財団運営を始めて10年経って、「なんで自分の田舎で活動をしていないんだろう」と思い、また、ふと客観的に紀南地域をみてみると「なんて光り輝いているんだろう」と感じ、昨年4月から「紀南アートウィーク」を企画し、推進しています。

この10年の海外生活や海外での日本企業の海外展開を踏まえて、地域の維持発展において、もっとも重要なのが「輸出」だと感じています。特にその土地から離れることができない、その地域の第一次産業と第二次産業の担い手に非常に関心を持っています。その意味で、井上さんのような地域の農業の担い手に非常に興味があり、お声がけをさせて頂きました。

井上:
今回、お声がけいただき、ありがとうございます。

薮本:
地域の皆さんにお聞きしたら「井上さんだ!!」という声を多く伺いました。私自身は、地域自体は基本そのままで、何か急な変革は必要ないと思っています。ただ、地域の維持発展の観点からは、1%でいいので、全世界輸出を実行できるプレイヤーが必要だと思ってます。特に、過去みてきたカンボジアやスリランカの田舎の現代アーティスト達がやっていること、そのまま紀南でも実践できないかと思っています。

私自身、「アート」の定義は、「感動したらアート」と考えていて、きっと地域の事象を掘り下げていくと、全世界の人々が感動する普遍的な何かが見つかるかもしれないと思っています。

井上:
アート、、、感動する、ってなんなんでしょうね。

薮本:
カンボジアやラオスにも現代アーティストはいるんですが、国内マーケットでは現代アートを購入する人はなかなかいません。幸か、不幸か、いきなり全世界に輸出できる強度にして、輸出しないと生きていけないんですよ。いきなり70億人のマーケットに輸出し、感動や共感してもらえる人に最大の価値で買ってもらっています。

アーティストたちは何をやっているのかというと、ただただローカルの事象を突き詰めている気がします。ローカルの事象を突き詰めてエッセンスを抽出すると、全世界の人達にも共通する普遍的な何かが見えてくる気がします。

だから、地域の生産物や特産品も歴史、文化等の視点で、適切にコンテキストを踏まえながら、突き詰めていくと、世界中の人達から共感を得られるものになっていくのではないでしょうか。感動させられたモノやコトを得たいと思う人は、それが途方のない値段でも買うんだと思います。そして、そんな世界であるべきだと思います

井上:
ただ、地域では、一人だけ変わったことをやりにくい、というのもあるんですよね。

薮本:
そうですよね。ただ、基本的に田舎はそのままでいいとは思いますし、先程述べた田舎の現代アーティスト達は、根本的な問いを立てて、突き詰めているだけで、あまり変わったことはやっていないと思います。その意味では、アーティストもみかん農家も変わらないような気がします。

ただ、今後、田舎ってどうなっていくかというと、人口が減って、内需は必ず縮んでいきます。日本全体の内需も縮んでいく。そうすると内需の縮小とともに、貧困化していくかもしれません。そうすると、でっかい内需を抱えている国や都市に依存するしかない。そうすると地域の独自性は保てないかもしれないですね。カンボジアやラオスでの経験を踏まえると、本当にそう思います。そうならないためには、「輸出」しかないと思います。しかも、特定の国に拘らず、全世界中から欲しがられるものを最高の価値として輸出したい。そんなことができれば、どこかの国や都市になびかなくてもいいし、そして、そんな国、都市や田舎が増えれば、世界は均衡し、平和になるのではないかと思います。

井上:
世界平和、、、

薮本:
そう(笑)。多分、できますよ。

そして、これは70億にとって普遍的なテーマですよね。みかんを通じて、世界平和を考えてみることが出発点かもしれません。

2.善兵衛農園の歴史と井上さんの活動紹介
−江戸時代から続く善兵衛農園を維持、発展させたい−

薮本:
善兵衛農園さんは古くから続いているんですよね。

井上:
はい。初代善兵衛が江戸時代に創業したということが、箱帳からわかっています。1803年から始まって、僕で7代目です。最初は小さな畑から初めて、今は、当時の3倍強くらいの面積になっています。

今、作っている作物はレモン、八朔、びわ、そして、みかんです。

有田地域というのは段々畑が多くて、海がすぐ近くというのが特徴です。その中でも「田村」という地域で生産していて、この地域のみかんは「田村みかん」というブランドになっています。

薮本:
畑と海。まさに紀南アートウィークの「籠りの文化」と「港の文化」に密接に関わりますね!!

井上:
そうですね。また、皮が紅い、「越冬紅」というオリジナルの商品も作っています。一つずつ袋にかけて育てる、善兵衛農園の最高級みかんです。

薮本:
1日で売り切れてしまう、と言う最高のみかんですね!

井上:
そうです。ものすごく手間と時間をかけて生産しています。

多くのメディアでも取り上げてもらいました。情報発信も大事だと思っていて、自分達でもSNSなどでも発信もしています。

薮本:
個人向け、いわゆるBtoCでも販売されているんですね。

井上:
そうなんです。この地域のみかんの多くは仲卸を通して販売するのが通常なんですが、市場流通だと誰が食べているかわからない。食べてくれる人の声が聞きたいと思って、消費者に直接販売をはじめました。それも直売所で販売するような形でなくて、、、できれば田村に来てもらいたいと思って。

それで「紀家(きち)わくわく」という場所を作りました。これによって全国各地から大学生なんかが来てくれるようになったんです。そして、地域のお祭りなどにも参加してくれるようになったり、、、さらに、そこからさらに生産地、役割、年齢等を超えて、色んな人がつながるようになって、みかんの輪が広がっているような気がします。

3.みかんはアート?

薮本:
ホームページに、井上さんの「志」は、「美味しいみかんを届けること」と書かれていますが、「美味しい」とは、どのようなことなんですかね?

井上:
基本的に、自分がまず美味しいと思わないといけないと思っています。感覚的ですが、

甘味もあるけど、酸味もちゃんとあって、独自の味がちゃんとある、というのが美味しいと思っています。もしくは、個性があるという言い方もできるかもしれないですね。

薮本:
ワインのテロワールみたいなものでしょうか。また、田村のテロワールってどんなものでしょうか?

井上:
みかんには、ワインのように土地毎のテロワールみたいなものはまだ確立されていませんが、きっと田村の独自のテロワールがあると思っています。恵まれた森林資源、海川資源が近くにあって、まだ言葉で表現できないけれども、田村にしか出せない独自の風味や味のようなものがあると思っています。

それを購入者の方に直接お届けして、田村のみかん、善兵衛農園のみかんを通じて、喜んでもらって、感動してもらいたいと思っています。 

薮本:
「感動」ということは、きっとみかんもアートで、それを生み出す井上さんもアーティストなんですかね??

井上:
あまり考えたことはなかったですが、そうかもしれません。

みかん作りって、育てる土地、農家さんによって全然違うんです。その人の経験とか、こだわりとかが、そのまま、みかんに出てくる。

かといって、毎年そうかというと、天気にかき乱されたりして、その結果、そこにできたみかんがある、というだけ。

それを年に1回しかチャレンジできない。
30年やっても30回しかできない。

それに、そこまでやったとしても、届けた先では味の違いもわからないかもしれない。
自分で信じたことをやるしかない。

それって、とてもアート的なことなんだと思います。

4.みかんは、平和の象徴?

薮本:
世界の70億人もいると、「美味しい」の定義もバラバラではないかと思います。

例えば、ヨーロッパの人に誕生日祝いに日本の果実をプレゼントしようか、といったら日本の果実は、甘すぎるから「日本で食べるからいい。ありがとう。」といわれたことがあります。逆に、甘すぎて違和感があるみたいですね。

井上:
うちのみかんもそんな感じです(笑)

薮本:
そうなると、もっと根源的なところから「みかんとは何か?」を考えなければならないかもしれないですね。技術的なことや味覚的なことを越えて、「なぜ人はみかんを食べるのか」、「和歌山の人は、なぜみかんを作るようになったのか」「日本人の食卓にはなぜみかんが常にあるのか」、「美味しいみかんを食べることに、どんな意味があるのか」等、根本的な問いに対する対話を重ねていきたいです。それが田村みかんの世界化に繋がるような気がします。

井上:
その意味では「みかん」って、清潔感を維持したまま、みんなと分けられる。面白い果物なんです。「シェアする」みんなで分けることが前提になっている果物かもしれない。だから、日本人の多く、いや、日本人だけじゃない、世界の人々に共感されて、世界中で違和感なく、家族の食卓に並んでいているのかもしれないです。今は、まさにシェアの奪い合いの世界になってしまっているかもしれませんが、まさに「分け与える」ということの本質を「みかん」を通じて考えてみたくなりました。

日本に行くなら「オレンジ」じゃなくて、平和やシェアの象徴である「みかん」を食べなきゃダメだよ、と思ってもらいたいですね。

薮本:
それは、かなり面白い視点ですね。今まさに、井上さんとみかんの価値(感)がぎゅっと高まった気がしました。「高い価値」とは、言葉の通り、「高い価値観」から生じるだと思います。

「みかんを食べる」って、人にとってどういうことなのか、ということを日本のみならず、世界でも掘り下げていくことから始めていきたいですね。そうすると、田村という土地と世界がぎゅっと近くなると思います。

今日はありがとうございました!またお話しできれば嬉しいです。

井上:
ありがとうございました!

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

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