ダイアローグ

Vol.1 テキストアーカイブ(前編)

2021年3月5日に開催したオンラインのトークセッション『紀南ケミストリー・セッション vol.1』

白熱のセッションを文字起こししたテキストアーカイブの前編となります。

※動画のアーカイブはコチラ
https://kinan-art.jp/info/435/

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タイトル:『なぜ、いま、紀南アートウィークなのか』
日  時:2021年3月5日(金) 19:00~20:30
会  場:オンライン(ZOOMウェビナー)
参加費 :無料
登壇者 :宮津 大輔(アーティスティック・ディレクター)
     藪本 雄登(総合プロデューサー)
総合司会:森重良太(地域活性化プロデューサー)

『なぜ、いま、紀南アートウィークなのか』(前編)

森重:
皆さん、こんばんは。
紀南ケミストリー・セッションをこれから始めさせていただきたいと思います。こちらのセッションは紀南アートウィーク2021の一環として行うものです。

第1回のテーマは「なぜ、いま、紀南アートウィークなのか」です。紀南アートウィーク、アーティスティックディレクターの宮津大輔さんと、今回の総合プロデューサーである薮本雄登さんによるセッションでございます。
司会は、私、南紀白浜エアポートの森重が、勤めさせていただきます。本日、南紀白浜の白浜空港から配信をさせていただいております。

それではまずお二人のプロフィールを簡単にご紹介させていただきます。

まず、宮津大輔さん、横浜美術大学の学長であり、森美術館の理事などの要職に就かれておりまして、学長のお立場でありながら教授として学生さんへの講義もご担当されております。主な研究領域として、アートと経済を中心とした社会との関係性のご研究をされています。文化庁の現代美術の海外発信に関する検討会議であったり、あとは羽田オリンピック・パラリンピックレガシー推進タスクフォースの委員であられたり、アジアンアートアワード2017の審査員等も歴任されておられます。個人としても世界的な現代アートのコレクターとして国内外で広く知られています。

宮津:
よろしくお願いします。

森重:
続きまして、今回の総合プロデューサーである薮本雄登さん。

藪本:
よろしくお願いします。

森重:
薮本さんは和歌山県南紀白浜のご出身でして、大学を卒業された後、いきなりカンボジアで起業されるという、大変ユニークなキャリアの方でございまして、現在、世界19拠点に展開する法律事務所の創業者として、タイに在住されています。アウラ現代藝術振興財団の代表理事として、その土地独自のそこにしかない歴史文化を維持発展させる活動を日々されております。
南紀白浜出身ということで、この和歌山県紀南地域には並々ならぬ思いを持たれておられる若き総合プロデューサーでございます。

宮津:
森重さん、ご紹介ありがとうございました。
ただいまご紹介いただきました、私、今回の紀南アートウィーク2021のアーティスティック・ディレクターを務める宮津大輔と申します。そして本日は総合プロデューサーの薮本雄登さんと共に、このケミストリーセッションを進めて参ります。

まず最初に、今回南紀白浜エアポートさんとアドベンチャーワールドさん、そして紀陽銀行さんに多大なるご支援をいただきましたことを厚く御礼申し上げたいと思います。誠にありがとうございました。

【1】二人の出会いとプロフィール

宮津:
では、さっそくケミストリー・セッションに移っていきたいと思います。
今日が1回目で、連続でこれをやっていくということで、大体2、3ヶ月に1回ずつ、様々なゲストを招かせて頂く予定です。
このケミストリーって何かというと、化学反応のことなのですが、本日は発起人の薮本雄登さんと私、今後は様々な紀南の方と、日本もそうですし、海外も含めた様々な人や物事が交わることで素晴らしい化学反応が起きるということを期待して「ケミストリー・セッション」と名付けております。

最初に少しご紹介いただきましたが、紀南でどんな少年時代を過ごしてなぜアジアに飛び出していったかというところを中心に、まず藪本さんの方から自己紹介をいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。

藪本:
はい、よろしくお願いします。
今回、紀南アートウィークの総合プロデューサーを務めさせていただきます薮本と申します。南紀白浜町出身で、西富田小学校、富田中学校、田辺高校出身で、大学卒業して、そのまま海外に飛び出しました。

アドベンチャーワールドの初代シャチ調教師を母に持ち、藪本氏自身は、大学卒業後カンボジアで起業

藪本:
母親が、このあと出てくる和歌山県が誇る動物園、テーマパークであるアドベンチャーワールドでシャチの調教師をやっていました。
当時のアドベンチャーワールドの社長さんが「女の子をシャチの上に乗せたらおもろいんちゃうか」ということで、シャチのショーの初代お姉さんをやっていました。日本では女性初のようです。

私は、小中高と野球に邁進しておりまして、田辺高校でも野球部で、野球ばっかりやっていました。

その後、大学に進学して、法学を学んで、なぜか大学卒業とともにカンボジアで、法律事務所を起業し、その後世界18ヵ所に展開させていただいております。なぜ法律事務所だったのかというところですが、世界の平和や均衡とか、社会をより良い方向に持って行くために法律は重要な要素だと考えていたからです。

そこで、法律の仕事を始めたのですが、法律の世界に入れば入るほど、世界平和や社会をより良い方向に持ってくというところに、法律が必ずしもリンクしないことを感じ、アートの世界に飛び込んでいきました。しかも、カンボジアの現代アートの世界に(笑)!

この世界に魅了されてしまい、財団を設立しました。財団活動をやっておりますが、バングラデシュ、スリランカ、アフリカ等、いわゆる田舎ばかりで活動を行っており、なぜ和歌山の地元をやってないんだろうということで、去年から紀南地域、私が元々育った南紀白浜地域も含めて何かやりたいということでこのプロジェクトを進めています。

宮津:
ありがとうございました。
今、ご覧いただいているスライドで、カーキ色のTシャツを着た男性とワンピースを着た女性が見えますが、2人は夫婦でして、男性の方が後ろに見えている作品を作ったカンボジアのアーティスト、クゥワイ・サムナンです。奥様は彼の作品販売とかをギャラリストとしてされているカップルです。彼らと知り合って、彼らが藪本さんと私を結びつけたということで、実はカンボジア人の方の結び付きで我々は最初に出会ったということになります。

アートは特別なひとのものではない

宮津:
続いて、私の自己紹介をさせていただきます。

私は今横浜美術大学という大学で学長をしております。そして、森美術館の理事もしておりますが、個人としては、今年58歳になり、30代の藪本さんとずいぶん年齢が違います。30歳の時からアート作品を集めております。

アートをコレクションするというと特別な方とか、あるいは、お金をお持ちの方とかっていう印象が強いかもしれませんが、私は一般的なサラリーマン家庭で育ちまして、大学の教員としては非常勤の時代から含めて10年あるか、そんなところでサラリーマンの方は30年勤めておりました。サラリーマンをしながら現代アートをコレクションしてきました。

これは、最近、森美術館のスターズ展2021というところに出品した草間彌生さんの作品です。今でこそ大スターの草間彌生さんも、当時は、価値がまだそんなに上がっていない段階でございました。

アートと経済の関係

宮津:
力を入れているのは、アートと経済の関係です。アートというのは非常に素晴らしい人類の叡知、文化的な結晶と思っています。その一方で、お寺とか神社にある仏像とかそういうものは動かし難い。あるいは、教会にある宗教画は動かし難い。ですが、動かせるようなかたちになったところから、絵画を含めた芸術作品というのは、それをお金に変えたい人と、お金を出しても欲しい人がでてきて、経済と大きく結びついていくわけです。

先ほど薮本さんは自らのお話の中で、法律をやっていると、なかなか世界平和とか世界における均衡という美学で物語れないところがある、というお話をされてましたが、私は逆で、美しいと思われている美術にはお金がついて回るけれども、これを汚いものと考えると、そもそも美術自体が成り立たなくなるというところに気づきがあって、そこからそれを研究している人があまりいなかったものですから、アートと経済を研究して教員になっていったということになります。

私は日本にずっと住んでおりまして、海外に留学したこともないのですが、私のコレクションや私の存在が知られるに従って、スライドの左側は2010年台湾の台北の現代美術館での私のコレクション展です。右側は昨年台湾の台南の方、高尾の美術館の私のコレクション展です。日本よりもアジアの国で講演を頼まれたり、コレクション展をやってくださいと言われることの方が多かったので、私もこの10年ぐらいは実はアジアや外から日本を見る機会が非常に多くなっていました。

次のこのスライドは唯一と言って良いぐらいの、日本の美術館で行った私のコレクション展です。

最近個人のコレクターさんのコレクション展が多いのですが、私は自分のコレクションをただ見せるというのは、それだけでは、なんとなく面白くないなと思い、右側を見ていただくと、この時は笠間日動美術館さんが所蔵しているルノアールとかマティスとか、そういった近代美術の巨匠の作品と、私の現代美術の作品をカップリングして、あるテーマで見せようというコラボレーション展をやったんですね。右側のスライド、左側の小さな絵というのはシュールレアリズムのルネ・マグリットが自画像で描いた緑のリンゴです。右側は草間さんのかぼちゃのペインティング。このようなコレクション展をやっております。

【2】紀南という場所の魅力、「籠もる:牟婁」=「開く:紀南」の謎

宮津:
今回、薮本さんと出会うことによって紀南アートウィークをやろうという話になったんですが、ここからは紀南アートウィークって一体何なのかと。なぜそれをやる必要があるのかという話題に入っていきたいと思います。

では、今年の秋に行われる紀南アートウィークの内容について。

「籠もりの文化」と「港の文化」これなんぞや、というところを薮本さんの方から歴史とか地域のこと等を合わせてお話をお願いしたいと思います。

「籠もる牟婁(むろ)」「ひらく紀南」とは

藪本:
今回の紀南アートウィークの「籠もる牟婁」と「ひらく紀南」っていう副題の通り、「籠もりの文化」って何なんだろうということと、「開く」、その意味では「港の文化」って何なんだろうっていうところに焦点を当てて展示ができればと思っております。

まず、「紀南って、どこですか」と思われる方が多いと思います。

こちらの地図の通り、本州最南端の半島である紀伊半島の1番南。紀北、紀中、紀南という区分になっております。ほとんど山ですね。調べてみると面積の82%以上が森林のようでして、ほとんど山、森林です。今回、「籠もる牟婁」というのが、ひとつのテーマになっています。
この牟婁(むろ)という字が読めない方が非常に多いんですが、この牟婁郡、非常に昔からある地名でして、紀南地域と牟婁郡地域はほとんど同じ地理ということでご理解いただいて大丈夫です。

紀伊半島の「牟婁(むろ)」と海の文化

藪本:
紀南は紀伊半島の南なので、紀南という言葉なのですが、皆さん、なんで牟婁っていうかご存知ですか?結構地元の方とかでも知らない方が多いんです。
実は、この牟婁っていう言葉には部屋、室町時代の「ムロ」、室っていう言葉ですかね、あと、神々の部屋とか、神々の家っていう意味が込められて牟婁っていう言葉になっています。

もうひとつ、よく出てくるワードとして熊野地域です。熊野の「クマ」も実は籠もる、隠れるとかっていう意味でして、実はこの紀南半島の中核のひとつになる文化というのがまさに「籠る文化」なんじゃないかなという風に考えています。

他方、この紀伊半島の「半島、海、港の文化」について、まさにこの紀南から、後ほどご説明させていただく富田浦から、いま宮津さんがおられる千葉の方に多くの移民が移動しています。もしかしたら私と宮津さんは同じ血というか歴史的なルーツがあるかもしれないのですが、紀南や紀中で生まれた醤油とか味噌というのも、実は千葉の銚子や、そういうところに行って発展してきたという歴史を持っているのです。まさに港、移民の文化というのが、この紀南地域に存在するんじゃないかなと考えています。

今、いろいろと紀南地域の歴史的なお祭りを調べていたりしていますが、調べれば調べるほど圧倒的な文化の宝庫だなという風に思いますし、祭りひとつ、ひとつを見ても、本当に物語、ストーリー性のあるものばかりで、見入ってしまうことが多いです。

このスライドではお祭りの写真を載せておりますけども、非常に面白い。右の写真とか御燈祭り(おとうまつり)ですね。期間中は、白装束を着て白いものしか食べないっていう、独自のお祭りでして、1,400年以上続いているんじゃないかと思います。神武天皇が熊野古道におりてきた時に、神武天皇をお迎えするためのお祭りだったと聞いておりまして、これなども、今回のアートウィークで深められると非常に面白いのかなという風に感じています。

籠もりの文化に関して言うと、もう説明不要の熊野古道とか。まさに色んな人たちが山に籠もって自分を見つめ直す場だったのかという風に思います。

熊野古道に SANAAの美術館が

藪本:
そんな熊野古道のど真ん中に、まさかSANAAの美術館があるとは、ちょっと私も知らなかったんですけれどもビックリしまして。宮津さん、SANAAさんってご存知ですよね?

宮津:
はい。SANAAってお二人組の建築家のユニット名で、妹島和世さんと西沢立衛さんという著名建築家それぞれがソロでも活動されているのですが、お二人で組んで活動されている場合がSANAAになるんです。プリツカー賞という、言ってみれば建築のノーベル賞を取られたりしています。
この妹島さんと西沢さんのユニットの美術館で、一番有名で皆さんがご存知なのが金沢21世紀美術館ですね。その前にこのなかへち美術館を設計されているのですが、金沢21世紀美術館に先駆けて実はここにあると。私もこの話を聞いて、熊野古道のこの山奥にこういう施設、SANAAの最初の美術館プロジェクトがあるんだっていうのにビックリした次第です。

藪本:
今回はちょっと難しいかもしれないですけど、現代アートとSANAAってまさに金沢21世紀美術館等でも最高のマッチングですので、それが紀南でやれたら楽しいとか面白いんだろうなと感じています。

「籠もりの文化」の代表格、和歌山が誇る偉人 南方熊楠

藪本:
籠もる観点で言うとやはりこの人、南方熊楠ですね。私自身も最も影響を受けており、特に東洋思想ということに私自身は非常に興味があります。私の事務所の社名等は、岡倉天心の「東洋の理想」から取っています。

那智の山奥で籠もりながら田辺の神島等で活動を通して、生物、博物、哲学を極めた南方熊楠。まさにこういう人に私もなりたいなと思っています。山奥に籠もりながら当時ロンドンとかと書簡を交わし、世界に情報を、研究成果を発信していったということで、今回のアートウィークでも、まさに籠もりの文化と港の文化を繋ぐ和歌山県が誇る偉人として、深掘りしていきたいなという風に考えています。

自然がつくるアートと、「ひらく紀南」港の文化

藪本:
他方、港の文化です。
この写真はまさに観光名所の円月島というところですが、これ自体がアートですよね。こういった自然が作るものももちろんアートだと思いますので、こういったものとかも掛け合わせながらやっていきたいなと思っています。

南紀白浜といえばやっぱり海ですね。白良浜。あの開放的な雰囲気で、現在は南紀白浜空港や白浜町が推進されているように、ワーケーションの聖地になりつつあるということで、まさに開放的な文化を元々の素地として持っている場所なのかなという風に思います。

紀南で才能を爆発させた長沢芦雪

藪本:
また、海の方に行きますと海岸の串本町ですね。

これは誰の作品がご存知ですか?エリート中のトップエリート、京の円山応挙の弟子である長沢芦雪がなぜか紀南の方に行ってこいと言われて、京から離れて和歌山県紀南の空気を吸うと、なぜか才能を爆発させて、芦雪の絶頂期は紀南滞在時と言われています。これは串本の無量寺(通称芦雪寺)というところの龍虎図なのですが、無量寺以外にも成就寺や、富田の草堂寺などにも作品が残っています。実は紀南にはこうした宝が多く残っています。

あと、港の文化でいうとやはりこれ。どこか皆さん分からないと思いますけれども、三段壁という観光名所なんですね。平安時代においては、半島っていう地理的優位性と、造船技術を発達させ、実は瀬戸内海の制海権を握っていたのですね。特に源平の合戦では熊野水軍、もしくは熊野海賊っていう人たちがいて、まさにこの三段壁が秘密基地だったんですよね。港の文化として非常に強い機能、歴史があるということなのです。

その後、江戸時代になって、これは菱垣廻船というのですが、日本で最初に京、もしくは大阪で作られたものが、実は富田浦、富田の港から江戸、東京に向かって出されて、また東京江戸の荷物が大阪に帰ってくる。この物流の根幹、まさに港という歴史がありまして、これは紀南地域では忘れ去られている歴史文化であるかもしれません。

こちらのスライド左側のお写真は 副実行委員長を務めて頂いている南紀白浜空港の森重さんです。南紀白浜空港が、その歴史文化を踏まえて、いま地域の先頭を走っているので、今回も南紀白浜空港さんにご協力いただいて、現在の港の文化、もしくは港の機能の最先端を実行していきたいという想いがあります。

ロゴに込めた想い

藪本:
今までお伝えさせていただきました「港の文化」「籠もりの文化」を踏まえてできた公式ロゴがこちらなのですが、牟婁と紀南を対比させて、あと、「籠もる」と「ひらく」って何なんだろう、ということで「籠もる牟婁=ひらく紀南」と記載しているのですが、この方程式について、皆さん正しいと思われますか?

地理的に牟婁と紀南は、ほとんど同じ意味と考えていただいて良いのですが、この籠もるとひらくって一見対立するようにみえる言葉ですが、実はイコールで繋ぐことってできないのかなという風に考えています。

ローカルとグローバルはイコールなのか?

藪本:
今、ローカリゼーションとグローバリゼーションの問題っていうのが、世界中を賑わせているような気もしますので、ちょっとこれに対する新しい解を提示できないかなと考えています。

ローカリティというのが、すごく重要だと私自身は思っていて、ローカルの事象を突き詰めればすごくグローバルな世界と直結するんじゃないかなということを感じています。なので、籠もると開くがイコールで繋げるように、ローカルとグローバルっていうのも実はイコールで繋げられないかな、という風に考えています。

この考えというのは、実は南方熊楠から影響を受けています。熊楠は、顕微鏡で見るミクロコスモス、小宇宙の世界と、マクロコスモスで見る大宇宙の世界は、実は一緒なんだよと言っています。それは全て大日如来に還元されると述べていて、現代においても大きなものとか小さなものっていうのは実は連動していて有機的に繋がっているんじゃないのかなっていうことを、今回の紀南アートウィークでお伝えしたいな、という風に思っています。

カンボジアのアーティスト サムナンの作品に魅かれる理由

藪本:
先ほど宮津さんがお伝えいただいたカンボジアの現代アーティストのサムナンの「Untitled 2011」という作品ですが、この動画、我々一緒のもの持っていますよね?宮津さん。

宮津:
はい。

藪本:
エディション1が宮津さんで、私はエディション3を持っていて、これ宮津さん、なぜ購入されたのですか?

宮津:
シンガポールで開催された「シンガポールビエンナーレ」、いわゆるシンガポールの国をあげての芸術祭があるのですが、そこでこの作品を見たんですね。
真ん中に先ほどの柔和な笑みを浮かべたアーティストの男性が、泥水に浸かって鍋というかそういうものというか泥を頭から被っているわけなんです。これは多分淡水だと思いますが、ボートピープルではないですけど、水辺で半分水が増えたりして浸かっちゃったような、劣悪な環境の中で暮らしている人がいるわけです。水草も生えて、どちらかというとこんなところに入ったら病気になっちゃうようなところですが、遠くを見ていただくと日本の、流石に東京は厳しいですけども、地方中核都市のような街並みが見えると思います。本来これ動画、映像なんです。

どういうことが分かるかというと、手前に見えているのが、我々が思い描くカンボジア、どちらかというと先進国よりは遅れているようなもの。向こうに見えているのが実は皆さんカンボジア行かれたことあるか分かりませんけども、プノンペンとかに行きますとびっくりするぐらい現代的な都市なわけです。こういった今の国の実情みたいなもの、がわかると思います。

先ほど「籠もる」と「ひらく」という風にありましたけれども、我々が誤解している前時代的な側面と、ややもすると、カンボジアに限りませんけどもアジアの国々の経済的な上昇スピードっていうのは日本を遥かに追い抜いていますので、そういった面が、このたった1枚の写真、映像に凝縮されていて、彼がシンプルな動作でそれを繋げて見せている。

このあとお話をするのですが、なぜアートなのかというところのヒントになるのがやはりこの作品で、非常に単純な仕掛けで様々なことを思い描かせる、そういうところがこの作品の魅力であり、私はシンガポールビエンナーレの内覧会、一般に公開される前のプレビューを見て、すぐ取り扱いしているギャラリーに電話をして絶対欲しいと買ったっていうことなのです。

藪本:
私も一目見てこれだと思ったんですよね。やっぱり感動したんですよね。
カンボジアの国内には、アートのマーケットは、正直ほぼゼロと言っても過言ではないんです。ですが、彼の作品は、ローカルをただただ突き詰めていて、すごく現地主義なんですよね。現実を突き詰めて、突き詰めていくと、ものすごく普遍的なものが見えてくるんですよね。そのエッセンスを、アートという世界中に通ずる分かりやすい、シンプルなものにして、80億人の人たちに、全世界に輸出してるんです。ビジネスマンとしてまず感動したのです。

その場所の文化の価値とか価値観、思想みたいなものを凝縮して輸出すると、それに共感する人がとんでもない価格で購入するという仕組みになっていて、そのグローバルな経済で得た原資を、サムナンやサムナンの奥さんが、地域のコミュニティに還元し、次の世代のアーティストとかキュレーターとかを育てているんですよね。
同様のことをまさに我々も紀南でやらなければならないと思っています。

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後編へ続く >>

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◆コラム「なぜ紀南アートウィークを実施するのか」