コラム

アートと福祉 – 紀南とアウトサイダーアート –

紀南アートウィーク対談企画 #17

〈ゲスト〉

山本 祐也
抽象画家
紀南地域を拠点に活動するアーティスト
ローラー技法で制作するアート作品は、自己表現であり、コミュニケーションのツールでもある。障害があることを強みに、アートを通した地域活動や学校間交流に取り組んでいる。
https://www.instagram.com/yuya1987422/

上村 桂
和歌山県立熊野高等学校 家庭科教諭
「Kumanoサポーターズリーダー部」の顧問
家庭科の授業の中で、社会包摂の意義、障害者理解を深めてもらうための時間を作っている。熊野高校の特別支援コーディネーターも務めており、生徒たちのアシスト役として、日々奮闘中。
https://www.kumano-h.wakayama-c.ed.jp/
https://www.kumano-h.wakayama-c.ed.jp/club/suport/suport_top.html

〈聞き手〉
藪本 雄登 / 紀南アートウィーク実行委員長



アートと福祉 – 紀南とアウトサイダーアート –

目次

1.お二方のご紹介
2.山本さんのアート活動
3.共生社会と障害者理解
4.アートの捉え方
5.障害者に対するイメージ
6.紀南の未来を守るために
7.紀南アートウィークが目指すもの

1. お二方のご紹介

出典:山本祐也さんとのアート体験(2021年5月30日、【公式】Kumanoサポーターズリーダー、@kmn_sp30、Instagram)

藪本:
お時間を頂きまして、ありがとうございます。

本日は、普段の活動の様子や、障害とアートの関係性、紀南の未来についてのお考えを伺いたいと思います。まずは、お二人から自己紹介をお願いいたします。

山本:
山本祐也と申します。上富田町の出身です。17歳のときに絵画活動を始め、今年で17年目になります。主な活動内容は、アートを通した地域活動や学校・大学間交流です。現在は紀南を拠点に、アート活動を行っています。2年前までは京都に住んでおり、毎週金曜日に京都文教大学で障害当事者交流会に参加していました。
私は生まれつき、脳性麻痺という障害があり、自分の中で「アートと福祉」というキャッチフレーズを決めて活動しています。現在は、アートと福祉の結びつきについて勉強しながら、地域に発信し続けております。よろしくお願いいたします。

上村:
上村桂と申します。田辺市龍神の出身です。
現在、熊野高校で家庭科の教師をしており、今年で10年目になります。熊野高校に赴任する前は、神島高校で13年間勤務していました。
また、熊野高校の学校クラブの1つである「Kumanoサポーターズリーダー部 」の顧問も務めています。Kumanoサポーターズリーダー部は、地域貢献に繋がる活動を行っています。この部を立ち上げたきっかけは、平成23年に起きた紀伊半島大水害です。裏山の深層崩壊により、当時、高校3年生だった仲間が1人亡くなり、「もっと災害に強い熊野高校を作りたい」という思いで、活動を始めることになりました。
まずは、高齢者や小学生以下の子供たち、障害のある方々など、災害発生時の要援護者となりうる方を迅速に避難させる方法を考えました。普段から高校生がボランティアを通して、地域の方々と交流し、絆を深めることを目的に、「5つの絆作りボランティア 」を始めました。

まず1つ目が、高齢者の安否確認を行う「ハートフルチェックボランティア」です。放課後、高齢者のご自宅に伺い、「ご飯は美味しく食べられていますか?」といった、簡単なアンケートを通して調査を実施しています。

2つ目が「学童保育ボランティア」です。上富田町内の3ヶ所の学童保育所を訪問し、運動遊びの見守りや宿題のサポートをしています。

3つ目が「障害児の夏期保育ボランティア」です。夏休みは学校が休みになるので、親御さんの負担を少しでも減らせればと、障害のある子供たちの保育活動ボランティアを行っています。

4つ目が「高齢者の転倒予防・生きがい教室ボランティア」です。上富田町内で行われる高齢者向けの教室に高校生が参加し、お手伝いをしています。

5つ目が「地域イベント活動」です。地域のイベントに高校生が参加して、イベントを盛り上げるためのダンス披露や、イベントブーススタッフのボランティアも行っています。

主に、この5つの活動をメインに行っており、地域の人々との絆作りを進めています。
よろしくお願いいたします。

※参考 Kumanoサポーターズリーダー部 ホームページ
※参考 【公式】Kumanoサポーターズリーダー(@kmn_sp30、Instagram)

※参考 Kumanoサポーターズリーダー部 2019年度活動報告(2020年3月23日、Kumanoサポーターズリーダー部 ホームページ)

2.山本さんのアート活動

出典:作品です(2021年2月14日、山本祐也、@19870422yuya、Twitter)

藪本:
山本さんは具体的にどのような活動をされているのか、もう少し詳しくお聞かせください。

山本:
昔から続けているのは、私のアート活動の原点でもある「制作活動」です。近年では、田辺市や上富田町で開催された作品展に出展しています。
また、5年ほど前から、キャンバスアートを超えたアート活動も行っています。過去には、カレンダーや絵本の制作だけでなく 、田辺市にあるインテリアショップ「Re-barrack(リバラック)」さんとコラボして、椅子の座面もデザインさせていただきました 。他にも、アートを通した地域交流も行っており、イベントでのライブペイントや、地元の公園や無人駅を有効活用した、アートイベントやワークショップも実施しました。

※参考 「地元の画家モデルにした絵本出版 上富田の作家富田さん」(2021年5月27日、紀伊民報AGARA)

※参考 山本祐也 × BokuMoku(2021年2月5日、Re-barrack、@rebarrack_1910、Instagram)

※参考 リバラックさんとのコラボ作品(2021年3月9日、山本 祐也、@yuya1987422、Instagram)

藪本:
17歳のときから、17年間もずっと絵を描かれているのはすごいですね。

山本:
実は元々、絵を描くことが嫌いだったんです。でも、高校2年生のときに選択美術の授業で出会った先生がきっかけで、アートの世界に引き込まれました。かつて、私は「風景や人物を忠実に捉えること」こそがアートだと思っていましたが、活動を続ける中で、抽象絵画にもアートの魅力があることに気づきました。
まさか、自分がアートの道に進むことになるとは思ってもみませんでしたが、今では、私のライフワークと言っても過言ではありません。私にとって、アートは自己表現の手段であり、自己主張のためのコミュニケーションツールでもあります。

藪本:
山本さんはローラー技法※で絵を描かれていますが、その技法は昔から変わっていないのでしょうか?

※参考 ローラーを使用した様々な表現方法(画材の森)

山本:
最初は筆で描いていましたが、試行錯誤しているうちに、ローラーで描くのが一番楽しいと思うようになりました。全身に力を入れて描画するので大変ですが、爽快感があります。
私はいつも、太陽の光を有効活用して、自然の光の中で描くことを心がけています。特に、朝の日差しが当たると、絵の具の色が一番綺麗に見えるんですよ。そのため、普段は朝から半日かけて、自宅のガレージで絵を描いています

※参考 山本祐也氏のローラー技法を使用した作成動画(2020年11月23日、山本祐也&Dear Friends、YouTube)

3.共生社会と障害者理解

出典:山本祐也さんとのアート体験(2021年5月30日、【公式】Kumanoサポーターズリーダー、@kmn_sp30、Instagram)

藪本:
家庭科の授業の中で、上村先生はどのような取り組みをされているのでしょうか?

上村:
家庭科の中に「共生社会 」という分野があり、生徒たちに障害者理解を深めてもらうための時間を作っています。

※参考 「1. 共生社会の形成に向けて」(「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進:特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告」、2012年7月13日、文部科学省)

藪本:
なるほど。「インクルーシブ教育 ※1」という言葉にも通じる部分があると思いますが、普段から授業の中で、障害について学ぶ機会があるのですね。

※1 障害のある子供と障害のない子供が、同じ場で共に学ぶ教育のこと。
   インクルーシブ教育(社会福祉法人 日本視覚障害者団体連合)

上村:
5年前、私は熊野高校で「特別支援コーディネーター」という役職に就きました。学校の中には、発達障害の生徒や聴覚過敏の生徒、集団の中にいるのが苦手な生徒がいます。彼らが教室の中で過ごしやすい環境づくりを目指して、周囲への働きかけを続けてきました。
例えば、ディスレクシア ※2という障害のある生徒は、テストの問題を解くのに、障害のない生徒の倍以上の時間がかかるんです。そのため、試験を作る先生だけではなく、職員会議の中で「この生徒が何に困っているのか」を説明することで、教職員全員に共通の理解をしていただけるようお願いをしています。
徐々に、理解を深めてくれる先生が増え始めたため、今度は生徒たちにも障害者理解を深めてもらえればと思い、特別支援コーディネーターとして4年目の年に「共生社会」を必修科目として設定しました。

※2 知的に問題はないものの、読み書きの能力に著しい困難を持つ症状のこと。
   ディスレクシアって?(認定NPO法人 EDGE)

藪本:
Kumanoサポーターズリーダー部に所属している生徒たちは、上富田町内で様々なボランティア活動をされていますが、まさに「共生社会」の授業で学んだことを活かしていますね。

上村:
授業での取り組みが生徒たちのためになっているのは、すごく嬉しいことですね。ボランティア活動に関係することでいえば、生徒たちが開発した「AEDシート」が昨年、上富田町内の71ヶ所に寄贈されました 。「災害に強い熊野高校を作りたい」という思いで突き進んできた生徒たちですが、本当に頑張ってくれていると思います。

※参考 「AEDシートを手作り 熊野高サポーターズ部、71カ所に贈る」(2020年7月8日、紀伊民報AGARA)

出典:AEDシート製作(2021年5月27日、【公式】Kumanoサポーターズリーダー、@kmn_sp30、Instagram)

上村:
また、サポーターズリーダー部の生徒たちは以前、山本さんと一緒にビッグアートを作成する「アート体験」に参加したことがあるんです 。2年前、私の息子が神戸の「ほっともっとフィールド」で山本さんに偶然お会いしたことがきっかけで、今、このようなご縁があります。その後、私が初めてお会いしたとき、山本さんはとてもフットワークの軽い方だという印象を受けました。社会の一員として「自分に何ができるのか」ということを常に追求されている方なのだと、とても感銘を受けたんです。
だから、山本さんの活動をもっと知ってもらえたらと思い、生徒たちにアート体験への参加を呼びかけました。学内には、美術関係の大学や専門学校に進学したいという生徒もいるので、今後もぜひ、山本さんとコラボレーションできればと思っています。

※参考 山本祐也さんとのアート体験(2021年5月30日、【公式】Kumanoサポーターズリーダー、@kmn_sp30、Instagram)

4.アートの捉え方

出典:山本祐也さんとのアート体験  クレヨン画(2021年5月30日、【公式】Kumanoサポーターズリーダー、@kmn_sp30、Instagram)

藪本:
大きな質問で恐縮ですが、山本さんにとってアートとは何でしょうか?

山本:
生活の一部ですね。私は、絵を描くだけではなく、山や海の自然を見ることもアートだと思っています。景色は動いていきますから、全く同じ景色を見ることはできませんし、天候によって様々な表情が見られるというのも面白いんですよ。
アートは、私の生活の中に刷り込まれており、私が人と触れ合うきっかけにもなっています。これまで、個展の活動や地域のイベントを通じて、たくさんの仲間や支援者に出会えました。アートがなければ、こんなにも広い世界を見ることはできなかったと思います。

藪本:
私はアートの世界に入ったとき、アートの概念が含む広さと深さが尋常ではないと感じました。昔から、アートの定義について色々な議論がなされていますが、我々は「感動、感銘したらアートなのではないか?」と考えております。山本さんにとって、アートの定義はどのようなものなのでしょうか?

山本:
良くも悪くも、アートには正解がありません。人が「これは作品だ」と言ってしまえば、作品になります。明確なゴールがなく正解も不正解もないので「ずっと探求し続けられる」ということが、アートなのではないでしょうか。

藪本:
上村先生は、家庭科の授業の中で、アートを題材として取り上げたり、アートの定義について考えたりすることはあるのでしょうか?

上村:
家庭科の中には「子供の発達と保育」という授業があり、「生徒たちが親となるときに、我が子にどのようにアートを教えるべきなのか」を話しました。子供の描画発達について学習した際には「親が、子供の持っている能力を閉じ込めてはいけない」という話が出て、生徒たちはその話に興味津々でした。中には、絵を描くのが苦手で、自分はいつから絵が嫌いになったのかと、思い返す生徒もいました。
授業では、親としての描画活動のあり方を学ぶだけではなく、絵を描くこと自体を楽しめるよう、クレヨン画を描くということもやっています。実際、生徒たちは「懐かしい!」と言いながら楽しんでくれていますし、私にとっても、非常にやりがいのある授業なんですよ。

5.障害者に対するイメージ

出典:山本祐也さんとのアート体験 車椅子も体験(2021年5月30日、【公式】Kumanoサポーターズリーダー、@kmn_sp30、Instagram)

藪本:
人間は自然と切り離されて生きていますが、実は、障害のある方は「自然に近い存在」なのではないかと、私は考えています。例えば、「オイディプス王 」が右足を引きずっているのは、大地の力と分離、分断しきれておらず、大地の力に吸い込まれているからだと考える説があります。また、「俊徳丸 」は継母の呪いで失明し、物乞いをする身になりましたが、四天王寺に辿り着き、観音菩薩に祈ると病が癒えたそうです。さらに、「小栗判官 」は毒を盛られて命を落としたものの、別の姿で現世に蘇り、湯治により元の姿に戻ることができたという伝説もあります。実は、これは単に障害の問題だけではなく、身体や精神等、何かバランスが崩れたときには、全ての人間は、必ず自分の中に、オイディプス、俊徳丸、小栗判官を抱えていることになります。
先程、朝の日差しがある時間帯にもっとも活動されていると伺いましたが、山本さん自体がきっと自然な存在なんだと思いました。そして、障害を持っているからこそ、自然そのものを感じさせるような作品を生み出すことができるのではないでしょうか。
ちなみに、山本さんは、言葉が適切かわかりませんが、障害のある方々の作品、いわゆる「アウトサイダー・アート ※3」について、どう思われますか?

※参考 オイディプス王とは(コトバンク)

※参考 俊徳丸伝説(八尾市立図書館)

※参考 小栗判官伝説(熊野本宮観光協会)

※3 美術教育を受けていない子供や独学者、精神疾患をもつ者などによって営まれる美術活動を指す。
   アウトサイダー・アートとは(コトバンク)

山本:
特に日本ではそうですが、障害の話になると、どうしてもマイナスイメージから入りやすいと思います。でも、健常者からするとマイナスに思える障害を、私は「利点」と捉えています。私自身、障害がなければこの世界で活動することはなかったと思いますから。ただ単に、社会が私たちを「障害者」や「アウトサイダー」というカテゴリーに押し込めているだけだと思いますね。

藪本:
障害者の中には、障害を強みにして活躍している人々も多いですが、周囲の人間がそれを不安視したり、反対したりすることもありますね。

上村:
やはり、日本は理解されにくい国だと思います。人間の個性を無視して「みんな同じであって当たり前」という、昔からの伝統や風潮が未だに根強いと思うんですよ。それがよく分かるのは、アメリカで発売された絵本『Crow Boy』(日本で刊行された際のタイトルは『からす たろう』)が高く評価され、日本に逆輸入されたという事例です。主人公の男の子は言葉があまり話せないのですが、鳥の鳴き声を真似するのがとても得意でした。学校の友達には馬鹿にされていましたが、彼の担任の先生が「学芸会で、鳥の鳴き真似をやってみないか」と、彼を認めてくれたんですよ。恐らく、このような表現が、アメリカで評価されたのだと思いますね。
長い間、日本では「障害」についてタブー視されていましたが、徐々に法律も整い、環境整備も進められています 。だから、障害者の方々も、堂々と社会の一員として振る舞ってほしいと思っていますが、現状では、自分を出している方はまだまだ少ないです。そのような状況で、山本さんは自分を表現する活動を積極的に行っているので、これからも頑張ってほしいと思っています。

※参考 からす たろうとは(コトバンク)

※参考 八島太郎『からす たろう』(1979年5月、35p、偕成社)

※参考 障害を理由とする差別の解消の推進(障害者施策の総合的な推進、内閣府)

6.紀南の未来を守るために

出典:ビッグアートを描こう イベント告知(2021年4月3日、山本 祐也、@yuya1987422、Instagram)

藪本:
今回、我々は、紀南アートウィークのテーマに「輸出」というワードを挙げています。紀南地域を起点に、アートも含めて「全世界に輸出できる強度のあるもの」を生み出していければ、地域の維持発展に繋がるのではないかと考えています。そのような視点で考えたとき、紀南地域の利点はどのようなところにあると思われますか?

山本:
「情報が広がりやすい」というところではないでしょうか。「情報が届く範囲は紀南地域に限られる」ということも多いですが、『紀伊民報』などを通じて、地域の方々にイベント情報や個人の活動の様子が伝わりやすいと思っています。
私が京都にいたときは、情報を伝えることの難しさを特に感じていました。私が発信したことを、都会の街で多くの人に伝えていくのは本当に大変でした。そういう意味では、紀南地域は京都よりも距離が短く、情報が伝わるのが早いんですよ。

上村:
上富田町に特化した話になるのですが、上富田町は「福祉の町」と呼ばれており 、障害者や共生社会に対して理解のある人たちが多いです。町内には支援学校が2校あり 、Kumanoサポーターズリーダー部では支援学校でのボランティア活動も行っています。熊野高校としても、このような恵まれた環境で多くの経験ができるので、本当にありがたいことだと思っています。

※参考 「和歌山県上富田町/住民が誇りを持ち、住み続けたい町へ」(2018年10月15日、全国町村会)

※参考 和歌山県立南紀支援学校 ホームページ

※参考 和歌山県立はまゆう支援学校 ホームページ

藪本:
今後、紀南地域はどのような姿を目指すべきでしょうか?

上村:
Kumanoサポーターズリーダー部の生徒たちは、ボランティア活動などを行う中で、様々な「創造物」を生み出しています。これからも、生徒たちが創造し発明したものを、周囲の大人たちが精一杯守っていく必要があると、私は思いますね。そのような働きかけが、紀南の未来を守ることにも繋がるのではないでしょうか。

山本:
一度、紀南地域から離れてみて気づいたのですが、紀南の人々は、地元の特産品や景勝地などに対して「あるのが当たり前」という気持ちが強いんですよ。豊かな自然があるのは本当に感動的なことなので、今後はもっと、地元の素晴らしさを外にアピールしていってほしいと思います。

藪本:
確かに、地元の人間にとっては当たり前なんですよね。私は、紀南の特産品や景勝地だけではなく、紀南地域自体がポテンシャルの塊なのではないかと考えています。地元の価値あるものを選び出し、単純にその「良さ」をアピールする。紀南アートウィークでは、そのような展示にしたいと思っていますね。
紀南アートウィークのコンセプトにあるのは、地元の良いものを掘り下げていき、その中からたった1%でも輸出を目指そうという思いです。今回、我々が財団でサポートしているアジアの「アート・コレクティヴ ※4」の生き方もまさにそうで、集団の中で生まれたローカルのアーティストが、その価値を全世界に輸出して、その原資を社会や地域に還元しています。我々は、「輸出」と「社会包摂」の両側面から地元で推進していく人が必要なのではないかと考えています。

※4 集団で活動するアーティストのこと。複数のアーティストが一体となって作品を制作する。
 廣田緑「現代美術の新たな戦略:アート・コレクティヴ――アーティストが組織をつくるとき――」(『人類学研究所 研究論集』、2019年3月31日、第6号、97-128p、南山大学人類学研究所)

上村先生:
「地元の価値あるもの」を探していく中で、古くから紀南にある歴史的な絵画などにも目を向け、それらを後世に伝えていく作業も必要だと思います。
実は、私の家は、南北朝時代(1336~1392年)の山城の城主から代々続いている家系で、現在で30代目になります。こちらの写真は家の土蔵にあった巻物で、狩野興甫(かのうこうほ)※5の絵が描かれています。狩野派は代々、紀州徳川家の御用絵師 ※6を務めており、桃山時代から江戸時代初期にかけてこの絵を描いたそうです。25代目の方が郷長 ※7の職に就いていた際に頂いたもので、現在も我が家に残っています。

※5 江戸時代前期の画家で、紀伊和歌山藩の御用絵師。日光東照宮造営の際、装飾事業を手がけた。
  狩野興甫とは(コトバンク)

※6 幕府や大名から一定の俸給をもらい、その用命の制作を中心に行う画家。
   御用絵師とは(コトバンク)

※7 律令制において、郷(里)を治める者のこと。明治時代では村長として扱われた。
   郷長とは(コトバンク)

出典:狩野興甫 巻物(上村先生よりご提供いただいた写真)

上村先生:
元々、和歌山県内には専門家の方が少なく、たった1巻なのに、この巻物を調べてもらうだけで9年ほどかかってしまいました。現在、地元の郷土研究家の数も減ってきており、彼らが亡くなった後、その功績を後世に引き継いでいけるのかという問題もあります。このような点を踏まえても、和歌山県には歴史のあるものが多く残っているので、それらを「価値あるもの」として未来に伝えていくべきだと思っています。

7.紀南アートウィークが目指すもの

出典:向島 絵の具遊び(2019年12月8日、山本 祐也、@yuya1987422、Instagram)

藪本:
紀南地域には価値のあるものが多く存在しているのに、将来的には地域の内需が縮小する以上、地域自体が衰退してしまう可能性が高いです。今後は衰退に抗い「地元が独立独歩でやっていける状態」を目指していくべきだと考えています。独立独歩で立てる田舎、都市、国家が多く作っていく必要があります。そのような独立した多極が生まれると世界は多極均衡状態となり、実は世界は安定するのではないかと思っています。そういう意味での世界平和を目的に、その実践として、紀南アートウィークをやろうということになりました。

山本:
紀南アートウィークを開催するにあたって、私にスポットを当てていただいたきっかけは何だったのでしょうか?

藪本:
まずは熊野古道のように、地元の人にも分かりやすい部分から取り組んできました。その中に「アウトサイダー・アート」と呼ばれるものも含めて、「釜ヶ崎芸術大学 」のような用語が適切かわかりませんが、「ソーシャル・インクルーシブ・アート」といわれる概念に関心を持っていました。山本さんは、ハンディキャップを強みに変換し、未来を見据えて活発活動している方なので、さらに興味を持ちました。熊野という「アウトサイド」な場所に相まり、芸術史の観点からも、用語が適切か置いておいて「アウトサイダー・アート」に貢献できないかと考えています。

※参考 釜ヶ崎芸術大学:大阪市西成区(文化自由都市、大阪)

※参考 釜ヶ崎芸術大学2021 4月〜(NPO法人 こえとことばとこころの部屋cocoroom)

※参考 「一般社団法人 MMIX Lab:障害をネガティブに捉えず、個性や才能として接する」(事業者の声、令和元年度 障害者による文化芸術活動の推進に向けた情報発信事業「こえる、わたしのこえ」、文化庁)

※参考 Marico「障がい者や子供、みんなの『感覚特性』をアートに。神奈川の美術館の『インクルーシブ』な展覧会(2019年8月21日、IDEAS FOR GOOD)

山本:
すごく嬉しいです。「アート」という1つのツールを活かして、紀南アートウィークから共生社会に繋げていければと思います。

藪本:
紀南アートウィークは、今後も継続していきます。どのようなやり方になるかは未定ですが、ぜひコラボレーションしていただけると嬉しいです。
実は、「アートが、地方で消費させられているのではないか」という議論が起こっています。まちづくりのツールとして利用されることも多く、我々は「地域がアートに貢献している」ということを示していかなければなりません。紀南の歴史と芸術史の理解を深めて、紀南自体が芸術史の1ピースとなるような取り組みを長期的に行っていきたいと思っています。

上村:
私たちにできることがあれば、ぜひ協力させてください。高校生活の3年間で、生徒たちが「学校の教師や塾の先生、自分の家族としか交流しなかった」ということは避けたいです。常に、生徒たちのアシスト役としてコーディネートさせていただいていますが、紀南アートウィークを通して色々な方々と交流できれば、きっと、生徒たちの糧になると思います。

藪本:
我々も、学校や教育機関の方々と一緒に何かをやれたらと考えています。以前、中学校や高校で開催したワークショップは非常に手応えがありましたので、今後がとても楽しみです。
お二人とも、本日はありがとうございました。

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

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