コラム

対談企画 #10 『お寺の価値と役割、そして、アートと未来』

◆紀南アートウィーク対談企画 #10

<今回のゲスト>

大泰寺 住職
西山 十海さん

和歌山県那智勝浦町に位置する開創1200年のお寺・大泰寺の住職
お寺ステイ、お寺でのワケーション、キャンプ場、RVパークなど持続可能なお寺のあり方について実践を重ねている。
https://oterastay.com/daitaiji/

<聞き手>

薮本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

お寺の価値と役割、そして、アートと未来

<目次>
1.西山住職のご紹介
2.改宗と非武装化の歴史
3.宗教とアートの関係性
4.大泰寺の先端的な取り組み
5.お寺=安心できる場所
6.宗教法人の解散を目指して
7.未来にお寺を残すためには?

1.西山住職のご紹介

藪本:
お時間を頂きまして、ありがとうございます。
今日は、紀南におけるお寺の機能や役割、今後のあり方や展望について伺いたいと思っています。
まずは、ご住職の自己紹介をお願い致します。

西山さん:
西山十海(とうみ)と申します。
和歌山県那智勝浦町にある、大泰寺というお寺の住職をしています。比叡山の開祖・最澄が開いたとされているお寺です。大泰寺の末寺である海蔵寺の息子として生まれました。
実は、元々、東京で中学教師をしていたのですが、9年ほど前に起こった紀伊半島での大水害をきっかけに地元へ戻ってきたところ、何の縁か分かりませんが、大泰寺の住職の役が巡ってきました。今はこのお寺の敷居を下げて、多くの人に活用されたり、楽しんでもらいながら、持続可能なお寺のあり方を模索しています。

藪本:
地元に戻ってこられたのは、大水害がきっかけなんですね?

西山さん:
教員をしていたときは、朝7時ぐらいに出勤して、夜10時ぐらいまで働いていて、非常に忙しかったんです。働き方や生き方に疑問を持っていたときに地元で大水害があり「地元に帰って、何か貢献するときなのかな」と感じて、紀南、那智勝浦に戻ってきました。

藪本:
確か、西山住職は、東京では教師をしながらDJもしていたんですよね?そのお話を伺いたいです。

西山さん:
そうですね(笑)。私が大学を受験した頃に裏原宿のファッションが流行っていて、最初はそういうものに興味を持ちました。それからはストリートダンスにハマって、そこから今度はDJをするようになりました。特に、ジャズが一番好きで、ジャズに近しい音楽としてラテンやブラジル音楽、ソウルなどにも傾倒しました。

藪本:
面白いですね!なかなか、そういう住職さんはいないんじゃないですか?

西山さん:
そうでもないですよ。自分で音楽を作られている住職さんもいらっしゃいます。

藪本:
確かに、最近、YouTubeにも上がっていますね。般若心経とビートボックスの動画を見ました?すごいですよね、あの世界観。かなり世界中の方が見ていると思います。

 ※参考 般若心経ビートボックスRemix(Yogetsu Akasaka、YouTube)

西山さん:
人によっては、「お経自体が日本で一番最初のラップだ」と言う人もいて、そう言われれば確かに、そうかなと思います。リズムを刻みながら言葉を繋げていくわけだから、ラップなのかもしれません。

藪本:
そうかもしれませんね。
先ほど「働き方や生き方に違和感を持っていた」と話されていましたが、地元に戻ってきてから色々なアクションをとられているのは、そういうところに関係があるのでしょうか?

西山さん:
私は臨済宗、禅の宗派の子供として生まれて、自然とそこの住職になって禅を学びましたが、禅は自分のためになるだけでなく「人のためになる」と感じたので、それを広めていくことにしました。なかなか、禅は面白いんですよ。
禅は、宗教というよりも1つの「生きる哲学」のような側面が強いです。信者を獲得して教団を大きくしていくというよりは、個人の内面を掘り下げていく考え方なので、本当に「人々の役に立つ知恵」があると思っています。

大泰寺 ドローン動画(お寺ステイ、YouTube)


2.改宗と非武装化の歴史

※写真 大泰寺について(大泰寺ホームページ)

藪本:
大泰寺の歴史をさかのぼると、元々は天台宗系のお寺ですよね。そこから何があって臨済宗に変わったんですか?

西山さん:
大泰寺は江戸時代、紀州徳川家になってから改宗されました。天台宗だった大泰寺は元々、那智山青岸渡寺 の分院のようなもので、大泰寺にある仏像の中を見ると、那智山のお坊さんの名前が出てきます。大泰寺の周りには那智山の荘園があり、大泰寺はそれらを管理するためにあった。言うなれば「那智山のお財布」だったんですね。「お財布」を取り上げれば那智山も弱まるだろうということで、どちらかというと武家寄りの宗派であった臨済宗に改宗させられたんだと思います。

 ※参考 那智山青岸渡寺【世界遺産】(一般社団法人 那智勝浦観光機構ホームページ)

藪本:
なるほど。当時は、武士の時代だから、当時の権力や武力には敵わないわけですね。

西山さん:
当時、武士たちは、寺社勢力をどう抑え込むか苦心していたと思います。お寺はたくさんの田んぼを持っていましたし、お寺の中には酒や味噌、醤油などの専売権を持つお寺もありました。経済的に豊かであり、さらには僧兵を抱えていて、何かあると「仏罰が下るぞ」と刃向かう存在になったようです。
それに加えて、宗教・宗派間での勢力争いも発生したことも関係していると思います。那智山のお坊さんの間でも戦があったそうです。権力や富の争いだけでなく、勝つために武士を引き込んで武士の勢力争いも重なってしまった。そんな感じで「武装化」がいきすぎてしまったのかもしれません。

藪本:
武装化と聞くと、田辺にある武蔵坊弁慶像みたいなものをイメージしてしまいますね。

西山さん:
そうなんです。ああいうイメージの武装化した僧が、当時たくさんいたんですよ、寺社に。
でも、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という戦国のヒーロー3人衆でやっと寺院の「非武装化」が達成できたと思えば、長期的な一大事業だったような気がします。世界を見渡してみれば、宗教の非武装化ができていないところはたくさんあるじゃないですか。日本の歴史の教科書には載らないと思いますが、宗教勢力の非武装化は意義のある一大事業だったと思います。

藪本:
宗教戦争があるぐらいですから、時代背景は違うかもしれませんが、そういう時代があったということですね。また、アートの文脈では、私は実は地道に浮世絵のコレクションを継続しているのですが、諸説ありますが、戦国時代の岩佐又兵衛から江戸時代から戦前までの平和象徴である浮世絵の世界感に強く惹かれます。

西山さん:
そうですね。決して、綺麗事の世界ではないと思いますね。
土地や利権を求めてぶつかり合う勢力が出るのは、昔も今も変わりません。しかし、非武装化してからは戦いで土地を奪えなくなったので、純粋に自分たちの思想、哲学、教え自体で信徒を獲得しなければいけなくなったんですよ。
信徒獲得といえば、武士寄りの宗派だった臨済宗は江戸時代に大きな変革がありました。白隠慧鶴という有名な和尚が、アートの力で臨済宗を変革したんですよ。例えば、掛け軸を書き、それを「視覚素材」として布教の手段にしていたそうです。

藪本:
白隠さんといえば、まさにアーティストですよね。何度か白隠展に行ったことがあります。むしろ、私としては、アーティストのイメージの方が強いです。それに、メディアが違うだけで、アートは言葉にできないことを説明するための手段なんだと思います。

西山さん:
まさにそうなんです。PowerPointで、色々な画像を用意したり、表にまとめたりすると分かりやすいのと同じように、掛け軸にすることで思想や教えが伝わりやすいようにしたのだと思います。他にも日本語(口語)のお経を作ったり、一般の方でも親しみやすい法話を作ったりしたというのが、白隠さんなんです。
仏教が民衆に寄り添うように変革されたので、結果的に、寺社の非武装化は、日本の仏教にとって良かったのかなと思います。

3.宗教とアートの関係性

藪本:
白隠さんの例でもそうですが、お寺とアートは密接な関係にあると思います。美術史の流れでも絶対に切り離せませんし、特に、私が住んでいるタイ、カンボジア、ミャンマーなどでは、宗教美術と言われるものが、市井の中で生き生きと存在し、存在感を放っています。その意味で、宗教とアートは極めて近い、親和性が高いですね。

西山さん:
元々、お寺は色々な面でアートとの関わりが深く、室町時代では先端的なアートの展示場所や収める場所になっていました。江戸時代になるとアーティストが泊まる場所を提供して、その代わりにアーティストがお礼として残していったものが、すごい美術品になっていますね。

藪本:
まさにアーティスト・イン・レジデンス ※1ですね。富田の草堂寺※や串本の無量寺 にある、長沢芦雪の作品などはまさにそうですよね。

 ※1  アーティストが土地に滞在し、作品の制作を行うこと
     アーティスト・イン・レジデンス(artscape)
 ※参考 南昌山 草堂寺(NPO熊野曼荼羅)
 ※参考 無量寺について(紀州串本 無量寺ホームページ)

西山さん:
大泰寺に記録が残っていないのが残念ですが、元々、曾我蕭白の作品があったそうなんですよ。長沢芦雪も無量寺にまで来ていたら、大泰寺にも来たんじゃないのかなと思うんですが……。でも、こんな風に想像するのも面白いですね。

藪本:
まさに二人とも奇想画家!!!芦雪はエリートでしたが、まさに京から紀南に来て、ある意味、伸び伸びとして自由な紀南にきて、才能を爆発させたわけですからね。
大泰寺さんでは「お寺ワーク 」もされていますので、まさに繋がる部分があると思います。そういう伝え方をするとさらに魅力が増すような気がしますね。

 ※参考 お寺ワーク(大泰寺ホームページ)

西山さん:
「昔、お寺はアートの最先端だったんだよ」と話すと、皆さん本当に驚かれます。「お寺=古いもの」というイメージがあるので、それを打破していけると面白いなと思います。禅の醍醐味は「固定観念の打破」というところにあるので、これだけたくさんあるお寺を、自由な発想でもっと活用できたらいいですね。
良いものは常にアップデートしていく必要があると思います。「お経自体が最初のラップじゃないか?」という話もあるぐらいなので、そういうものに現代的に変換していく作業が必要だと思います。

藪本:

なるほど。ちなみに、ご住職自身がアーティストになる可能性もあるのでしょうか?

西山さん:
私は自分でクリエイトする人間ではなくて、クリエイトしたい人たちが、創造しやすい環境を作るぐらいかなと思っています。
ただ、元々、大泰寺は保育所だったのですが、現在その木造校舎を借りている男の子が「カフェにしたい」と言っているんです。もしカフェにできたら月に何回か借りて、私も何かやろうかなとは考えていますね。

藪本:
最高じゃないですか!もしよろしければ、次の紀南アートウィークで何か一緒にやりませんか?ご住職のやりたい世界観を再現したら、きっと面白いんじゃないかなと思うんです。

西山さん:
もちろんです!よろしくお願いします!

4.大泰寺の先端的な取り組み

藪本:
大泰寺では先端的な取り組みを行っていると伺っていますが、その活動についてお聞かせください。

西山さん:
私がこのお寺を引き受けたときには、山や竹林がひどく荒れていました。文化財も未修理で仏像の腕が取れているなど、とにかく大変な状況でした。人が来ても恥ずかしくない程度にしていこうと思ったんですが、檀家さんに頼ってお布施収入でなんとかするというのも難しかったんです。檀家制度も一長一短で、檀家である人と檀家でない人で、二極化してしまう側面がありますから。

藪本:
檀家制度というのは、会員制度のようなものですよね?

西山さん:
そうですね。昔は江戸時代に寺請制度 ※2というものがあり、お寺に戸籍を管理する機能を持たせて人員を把握していたんです。集落の人は集落にあるお寺に所属していて、それが今の檀家制度に繋がっています。
昔は「集落全体=お寺の檀家」だったので特に問題はありませんでしたが、近年は人口移動により、集落の中でも移住してきた人と元々住んでいる人の中で二極化が起こっています。このことに疑問を持った私は、今後はもっとたくさんの人にお寺に親しんでもらい、檀家という垣根を越えた「ファン」のような人でお寺を維持していく方がいいのではないか?と考えています。

 ※2  幕府が禁制した宗派の信徒でないことを、寺側に証明させた制度
     寺請制度とは(コトバンク)

藪本:
なるほど。ある意味、制度疲労をおこしているわけですね。それで、どのような活動をしようと考えられたんですか?

西山さん:
まずは宿坊ですね。ちょうど那智勝浦町にインバウンドの外国人の方がたくさん訪れていたときでした。私は元々英語教師だったのに全くその能力を活かせていなかったので、それを活かせたらと思い、まずはインバウンド向けに宿坊を開設しました。すると、色々なご縁が繋がっていったんです。
大泰寺は30年前まで保育所をしていて広い園庭があったんですが、今はただの広場になっていました。ところが、ある日「和尚さん、宿坊をやるんだったらここをキャンプ場にするのはどうですか?」と言われキャンプ場を始めたところ、宿坊とは違う客層の方が来てくれたんですよ。特に多かったのは、若い夫婦や子供を連れた家族ですね。昔はお寺が子供の遊び場だったのに、今は子供の声が聞こえなくなっていたので、こうやって子供の声が聞こえるのはいいなと思いましたね。
それを続けていたら今度は「和尚さん、RVパーク ※3 を作るのはどうですか?」と声をかけられました。お寺が避難所になっているという話もある中で「何かあれば、RVパークとキャンピングカーが仮設住宅として使えるかもしれない」と思い、RVパークも始めました。

そういう風に、様々なご縁を繋いでいって、提案されたことはやってみよう!という感じでやっています。今、日本にあるお寺の中で、半分近くが無住寺院になっていて、維持についてはみんな頭を痛めているので、大泰寺での色々な取り組みがヒントや参考事例になればいいなと思っています。

 ※3  レクリエーションビークルパークの略。駐車場など、車中泊ができる場所のこと
     RVパークのご案内(くるま旅公式WEBサイト)

※写真 写真ギャラリー(大泰寺ホームページ)

藪本:
宿坊にキャンプ場、RVパーク……すごくいいじゃないですか!
実は、個人的にはサウナ体験 をやりたいと思っています(笑)

 ※参考 リバーサイドサウナ(大泰寺ホームページ)
 ※参考 サウナ×禅(お寺ステイ、YouTube)

西山さん:
サウナ、気持ちいいですよね。「座禅と組み合わせたら面白いなあ」と思っています。色々調べてみたら、日本の入浴体験は禅寺における修行の一環としての蒸し風呂から始まっているそうなので、相性自体はそんなに悪くないんですよ。

藪本:
それに、竹林を抜けてそのまま川に行けるから最高ですね。
キャンプもして宿泊もできる。うん、行きたい!家族で行きます!

西山さん:
ありがとうございます。
ぜひ、渡航が自由になったらよろしくお願いします!

5.お寺=安心できる場所

藪本:
今、ご住職はどんな世界観を伝えたいと思っていて、今後、お寺の機能や役割はどうなっていくべき、どうあるべきだと考えていますか?

西山さん:
新しい、古いということを越えて「お寺って面白い!」とまずは思ってもらい、お寺に来てもらったときに「居心地の良さ」を感じてほしいですね。よく、お寺に来た人に「お寺に来ると安心しますね」と言われるんですが、お寺というものは元来、みんなに安心してもらうことを目指して作っているので、そうなるのは当然だと思っています。

藪本:
どうして安心するんでしょうか?

西山さん:
色々な要素が関係していると思います。例えば、線香の香りや天井の高さ、空間の広さ、それに通気性の良さもそうですね。お寺によって造りが違うので一概にこうだとは言えませんが、目指しているのは「人々を安心させる空間である」ということなので、お寺に来たら安心するのだと思います。
だから、まずはそういうものを感じてもらって「身近な場所だし、自分たちでアップデートして活用していける場所なんだ」と思ってもらえたら嬉しいですね。お寺に住職がいなくて朽ちていくようなお寺が、様々に活用されていけばいいなと思っています。朽ちていくのを待つだけならいっそのこと、アーティストに1つのお寺を「自由に使っていいです」と預けて、お寺が1つの作品に変わっていくのを見るのもいいと思っています。
私たちが想像しなかったような活用方法を、現代を生きる人たち、これからの人たちが見つけていってくれると面白いかなと思います。

藪本:
地域の皆さんが安心する場所、現代風に言うと「サードプレイス」的なものですかね。こんな呼び方をするとスターバックスのような感じがするので(笑)、新しい言葉、造語を作り上げていけるといいですよね。そういうことを考えている人はいるんでしょうか?

西山さん:
もしいたとしても、お寺まで辿り着かないかもしれませんね。でも、ただ昼寝する場所でもいいんです。そういう場所は他にあまりないと思いますから。お賽銭をお気持ちで入れていただいて、寝転がって「風が気持ちいいなあ」と思って、ただ帰るという感じ。そうなってもいいなと思います。もっと、お寺の価値を高める方法があると思うんですよね。

藪本:
サードプレイスは現代的には必要になってきているので、それをどのように伝えるかということですよね?

西山さん:
そうだと思いますね。また、それに、もっとビジネスの人が参入してきても面白いかもしれません。もし放っておいたら、何十というお寺が今後20~30年ぐらいで無くなってしまうでしょうね。色々な反感や問題はあるかもしれませんが、「無くなるぐらいだったら実験してみようよ」と強く思っています。
キャンプ場やRVパークなど色々やっていますが、その中で「あるお寺にはRVパークが向いているかもしれないし、あるお寺にはキャンプ場が向いているかもしれない」ということをヒントにして、もっとお寺の良い面を出すことができたらいいですね。最終的には、人々の心を安心させるきっかけになっていけばと思います。

藪本:
そうですよね。宗派や取り組み方が違っても、宗教の存在意義は、「人々を安心させる」「人々により精神的に豊かに生きていただく」というコンセプトは一緒のような気がします。

6.宗教法人の解散を目指して

西山さん:
現在、私はお寺を3つ兼務しているんですが、今後、宗教法人 ※4 という格を捨てることに挑戦してみようかなと思っています。この格自体が、活用するにあたってはあまり好ましくないものになりつつあるんです。分かりやすく言えば「お寺を活用せずに、宗教法人という格を利用して悪いことをする」ということですね。

 ※4  寺社などが、都道府県知事または文部科学大臣の認証を経て法人格を取得したもの
    宗教法人と宗務行政・概要(文化庁ホームページ)

藪本:
なるほど。確かに、お金を持っているお坊さんやそれを取り巻く人たちが悪用するというイメージがありますね(笑)。勝手なイメージで恐縮ですが……。

西山さん:
そうですね。それに、宗教法人には「意思決定のプロセスがものすごく遅くなる」というデメリットがあると思っています。何かをするときに周囲の住職の了承を得て、和歌山県の承認を得て、本山の承認を得て、知事の承認を得て……というように、半年ぐらいかかってしまうんですよ。

藪本:
半年も!それはやはり宗教法人独自の特権(プリビレッジ)を乱用、悪用防止の観点からでしょうか。

西山さん:
ご理解の通りです。ただ、この特権に関して、特に地方の小さいお寺が得るメリットはほとんどありません。お布施や寄付が非課税になるといっても、もともとの金額が小さいのだから、金銭的なメリットはあまりありません。さらに、檀家と非檀家に壁ができてしまったり、公的な補助金が受けられないという問題もあるので、正直デメリットの方が大きいと考えています。
また、宗教法人である以上、住職の資質に左右される部分が大きいのも課題ですね。やる気のある住職さんでしたら良い方向に向かうかもしれませんが、活用に対してやる気の亡い方が住職の場合は、そうした寺院は朽ちていくだけです。むしろ、心あり、活用法に長けた人たちがお寺を所有してくれるとなれば良い形で承継できますし、様々な活用ができると思います。

宗教法人の話を差し置いても、お寺は本当に存続自体が危ういので、維持していくというのは難しいです。檀家制度も限界を迎えていますし、今後はファンベースというような新しい形で、現代にあったコミュニティ制度のようなものを作っていけたらと思っています。

藪本:
かつての檀家制度は今の時代に合っていないので、むしろ、プラットフォーマーの投げ銭のようなやり方がいいかもしれませんね。我々のビジネスモデルも考えさせられます。
少し気になったんですが、お寺の株式会社化はできないんですか?

西山さん:
可能だと思います。可能性はゼロではありませんが「土地とお寺の建物を誰が所有するのか」ということに決着がつかないために、解散したくても解散できないお寺があるんですよ。住職がいるお寺と吸収合併するか、そのお寺の建物が存在する区の所有にするか。大体は2択になります。そういうことも含めて問題が多いので、株式会社が「うちが面倒見ます。利用していきます」と、解散したいと思っているお寺に言ってきたらマッチングが成立する可能性はありますね。

藪本:
宗教法人の解散にも根深い問題があるんですね……。ただ、農業法人の株式会社化の問題よりは、法的にはやろうと思えばできるわけですね。
そういえば、ご住職はお寺を3つ兼務されているとのことですが、宗教法人を解散することになったらお寺はどうされるんですか?

西山さん:
私が兼務している3ヶ寺のうち、2ヶ寺は宗教法人を解散したいと思っています。解散したお寺は一般社団法人の所有にして、運営自体はどこかの株式会社に任せて……という風に考えていますね。

7.未来にお寺を残すためには?

藪本:
ご住職は、将来的にお寺を残すためにはどうしたらいいと思いますか?

西山さん:
やはり、まずはお寺の現状を知ってもらいたいですね。その上で、お寺を残したいと思う人とのご縁を繋ぐことや、活用するための環境を作っていくことが必要だと思います。「活用しても大丈夫ですよ」という共通理解を深めることが大切ですね。
実は、お寺を使った「アートスペース」のようなものをやってみたいと思っているんですが、まずは「活用できる」ということを地域の皆さんに示していきたいです。活用方法を見せないと、宗教法人が悪用されるという怖さの方が皆さん大きいと思いますので(笑)

藪本:
ありがとうございます。
先ほど、お寺の機能や役割の話で出た「安心」というワードが今、私の中ですごくしっくりきています。寺は「安心を司る場」で、それは数百年、数千年と残りうる普遍的なコンセプトなんじゃないかと思います。それを適切な価値としてどのように伝えていくのか、あるいは循環させていくのかというところが大切なのかもしれませんね。

西山さん:
お寺を維持することはもちろん大切なんですが、お坊さんとお寺のあり方も再構築していく必要があると思っています。多くの坊さんは、住職であることを目指しますが、あるお寺の住職となって力を発揮する方もいれば、自由に場所を移動し関係人口を増やすことで力を発揮するお坊さんもいると思っています。数件のお寺を、株式会社なり一般社団法人なりが所有して、お坊さんがその複数のお寺を自由に移動できるような仕組みがあってもいいなと思いますね。

藪本:
そういう意味では、サムウェア(Somewhere)な住職と、エニウェア(Anywhere)な住職がいてもいいということですね。基本的には地元密着型のサムウェアの住職が大半だと思いますが、全世界どこでも活躍できるエニウェアな住職がいてもいい気がします。
私は法律事務所を運営しているんですが、実際にそういう形で活躍の場を設定して、実は両者が相性がいいです。地元や地域密着で活躍する「内需完結型人材」と、地域関係なく全世界型の特殊分野の案件を主に扱う「外需グローバル型人材」がいます。外需グローバル型人材は、英語ネイティブで、専門用語を話すので、私のような「内需型人材」からすると、会議に参加しても、何を話しているかさっぱりです(笑)が、業務領域は基本的にバッティングしないので、非常に相性がよいです。これと同じように、住職も2種類いてもいいのかなと思います。

西山さん:
そうなってくると面白いですね。地域に詳しくて、地域に来てもらったときに力を発揮する住職もいれば、普遍的なテーマに精通していて、お寺自体に来なかったとしてもオンラインを通じて全世界に発信できる住職もいると思いますから。適性に応じた形で活躍してもらえるような形式や場があればいいですね。
今後、株式会社がお寺を所有するようなことになったら、住職の個性に合わせて「あなたは、この寺が向いています」というマッチングがあっても面白いかもしれません。
ただ、私はビジネスの知識や経験がないので、資金を確保したり、マッチングの場を作ったりするのは難しいです。それらの知見がある方と、ご縁を繋げる中で出会えたらいいなと思いますね。
まずは地域の方と信頼関係を作って、都会の方に田舎のお寺の現状や価値を知ってもらいたい。そう思っていた時にちょうど紀南アートウィークを見つけました。私はアートというものに非常に魅力を感じていますし、大変素晴らしいなと思っています。

藪本:
ありがとうございます!ぜひコラボレーションできればと思います!紀南アートウィークも継続性を重要視している観点からは、最初はとにかく小さく、継続的に徐々に大きくしていければと思っています。

西山さん:
ぜひお願いします!今回は田辺市や白浜町で、という話でしたが、次回は那智勝浦町や古座川町辺りへ下りてきていただいて、何か一緒にできたら嬉しいです。

藪本:
もちろんです。
いやー、今日は本当に勉強になりました。ありがとうございました。

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