コラム

紀南の学校教育と未来

紀南アートウィーク対談企画#25

〈ゲスト〉

西田 拓大
白浜町立富田中学校 教頭/ 曹洞宗如々山不動寺 住職
SDGs(Sustainable Development Goals / 持続可能な開発目標)に強い関心を持っており、その本質を伝え、生徒たちの「当事者意識」を育むための取り組みを推進している。また、学校教育現場の現状にも課題を見出し、教師自身が主体的に問題解決に取り組めるような「仕組みづくり」を探求している。
https://tonda-j-h-s-shirahama-town.edumap.jp/

舟井 克也
白浜町立富田中学校 保健体育教諭
「3年生の学年主任」という重要な役割を担う。生徒たちの成長を願い、教師として「自分の未来を描ける人」を育てていきたいと考えている。自分自身も、生徒たちに負けないぐらい立派な教師になれるよう、日々奮闘中。

〈聞き手〉
藪本 雄登/ 紀南アートウィーク実行委員長

紀南の学校教育と未来

目次

1.お二方のご紹介
2.SDGsと教育
3.中学校の機能とは?
4.自発性の創出
5.持続可能な中学校を目指して
6.未来を描く

1.お二方のご紹介

藪本:
お時間を頂きまして、ありがとうございます。

本日は、お二方が普段どのような活動をされているのか、また、教育の観点から見た、紀南の未来や今後の課題についてお話を伺いたいと思います。まずは、自己紹介をお願いいたします。

西田:
西田拓大といいます。初任から8年間は富田中学校で勤務していました。白浜中学校で8年間働いた後、また富田中学校に戻ってきて10年目で教頭をしています。

最初の富田中学校時代で、藪本君のクラスの担任をしていました。当時、藪本君が学級通信の名前を「空向き(笑)」と決め、他の生徒たちが嬉しそうに「空向き、空向き」と言っていたのがすごく印象に残っています。彼はいつも楽しそうにしていました。

現在、私は曹洞宗如々山不動寺※の住職も務めています。最初はお寺を継ぐという話はなかったのですが、父が急逝し、僧侶の道に進むことになりました。「人を殺すな・差別をするな・困った方にはすぐに手を」という父の教えを大切にしています。

*参考 不動寺(和歌山県田辺市 田辺観光協会)

*参考 「【動画】『広島原爆の日』に平和の鐘 田辺の不動寺」(2020年8月6日、紀伊民報AGARA)

出典:曹洞宗如々山不動寺(2020年3月21日、西田拓大、Facebook)

僧侶になる前、職場で2ヶ月の育児休暇を取得したことがあります。毎日の家のことや子育てが、どんなに大切で大変か、身をもって感じることができました。8人分の食事を作るのは本当に大変で、妻の凄さがわかりました。そして、この頃から、子どもに「大好きだよ!」と、日常的に言えるようになった気がします(笑)。色々なことがうまくいく魔法の言葉です!

しかし、和歌山県の中学校では、男性の育児休業は初めてだったこともあり、多くの人の助けで何とか取得できた制度だったように思います。教育の世界は仕事の特殊性もあると思うのですが、育児休暇や産前産後休暇への対応が他の業界よりも遅れています。今では休暇を取得する教師も増えており、状況は変わりつつありまが、未だに多くの課題が残っており、少しでも解決されることを願っています。

藪本:
西田先生、ありがとうございます。続いて、舟井先生、自己紹介をお願いいたします。

舟井:
舟井克也と申します。白浜町出身です。教師を始めてから11年が経ちましたが、初任の時からずっと富田中学校で勤務しており、野球部の顧問も勤めています。

藪本君とは、中学校から高校まで一緒に野球をしていました。藪本君は後輩ですが、子供の頃から先輩、後輩の垣根を越えて、友達のような感覚で接していたように思います。私が教師を始めた頃には、藪本君が海外で広く活動しているということを知り、自分とは違う世界で活躍していることに驚くばかりでした。

昨年、2年生で実施する予定だった職場体験学習ができなくなり、その代わりに、普段あまり関われない人からご講演をいただければと思っていました。誰にお願いしようかと考えたときに思い浮かんだのが、藪本君でした。

彼のような、世界で活躍されている方からお話を伺えたことで、生徒たちも私自身も、非常に貴重な経験をさせていただきました。

出典:「2020年11月7日、富田中学校でのワークショップ開催 (活動レポート Vol.1)」(2021年2月1日、KINAN ART WEEK 2021)

2.SDGsと教育

「SDGs 17の目標」(スクリーンショット)出典:JAPAN SDGs Action Platform(外務省)

藪本:
西田先生のFacebook※を拝見しましたが、先生はSDGs※1に非常に関心があり、学校の中でも積極的にSDGsの取り組みを導入されていますね。西田先生がSDGsに出会い、取り組みを始めたきっかけは、何だったのでしょうか?

※1 「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月に国連で採択された2030年までの国際開発目標。17の目標と169のターゲット達成により、「誰一人取り残さない」社会の実現に向け、途上国及び先進国で取り組むもの。

SDGs(経済産業省)
※参考 西田 拓大(Facebook)

西田:
私がSDGsを知ったのは、僧侶になるための修行をしていたときです。元々、私自身は全くSDGsについて意識していませんでした。修行を通して、女子教育の大切さを世界に訴えているマララ・ユスフザイさん※のことや、SDGsというキーワードを知りました。
※参考 「[特集]マララ・ユスフザイさんと女子教育」(国際NGOプラン・インターナショナル)

その後、SDGsの目標達成までの過程を体験できるカードゲーム「2030 SDGs※」に出会い、カードゲームを通して、学校の生徒たちにもSDGsを知ってもらいたいと思うようになりました。養成講座を修了した後、私は「2030 SDGs 公認ファシリテーター」として認定を受けました。以前、田辺工業高校で、カードゲームを使ったSDGsの学習会が実施された際には、私がその講師を務めさせていただきました※。今は生徒向けだけでなく、学校の現職研修、地域や企業でも実施しています。

※参考 カードゲーム「2030 SDGs」の紹介(一般社団法人イマココラボ)

※参考 「SDGsをゲームで体験 田工高、経済や環境考える」(2021年2月18日、紀伊民報AGARA)

また、私は「SDGs for School」の認定エデュケーターでもあります※。学校の中で生徒たちにSDGsの本質を伝える取り組みを実施するだけではなく、SDGsについて学ぶ生徒たちが中心になって物事を考えていけるような「自発性」も育んでいければと考えています。

※参考 SDGs for Schoolについて(SDGs for School ご支援のお願い、Think the Earth)

※参考 SDGs for School 認定エデュケーター一覧(Think the Earth)

藪本:
実際に、富田中学校ではどのような取り組みをされているのでしょうか?

舟井:
SDGsの17個の目標※から自分の好きなものを選んでもらい、生徒たち自身で目標達成に向けた取り組みをしています。この取り組みは教頭先生監修の下、3年生83人を対象に実施しているものです。例えば「海岸清掃をしたい」と考えた場合に、実施日時や場所を相談するだけではなく、「ゴミを減らすためにはどうすればいいか?」という根本的な課題についても、生徒同士で議論しています。

※参考 SDGsの目標とターゲット(農林水産省)

もちろん、17個の目標全てを達成するのは難しいですし、自分たちで考えた取り組みがうまくいかないこともあります。しかし、生徒それぞれが「どうすれば目標を達成できるのか?」と思考・修正していくことが大事だと思っています。

藪本:
今後、失敗を乗り越えた先で成功体験を重ねることができれば、「何でもできる」という感覚になれるのではないかと思います。いつか、生徒たちは「できないことは何もない」と思えるようになるかもしれませんね。

西田:
私は、以前は生徒にどうやって教えよう、自分がこうあって欲しいという方向に導こうと考えていました。しかし、それは生徒の考える機会を奪っていた面があると感じています。今は、彼らを信じて、「やりたいことや、疑問に思ったことを起点にする」という学習者中心の授業を行うことに取り組んでいます。やってみると、生徒のモチベーションは全然違います!

また、学習者中心の授業では、子どもの多様性や可能性に気づきを得ることがあります。生徒たちと一緒に私も成長している感じがしています。

SDGsを知り、2030SDGsゲームのファシリテータとなってから、私自身のあり方や、授業が大きく変化したと感じています。

3.中学校の機能とは?

出典:はむぱん「教室イメージ1」(写真AC)

藪本:
中学校はどのような機能を担っていると思われますか?

西田:
まずは私たち自身が「中学校はどのような機能を担っているのか?」と、主体的に思考することが大切だと思います。例えば、学校で課題が発生したときに、どう対応したらいいのか、判断に迷ったり、悩んだりする時があります。学校には文部科学省が定めた「学習指導要領」という指針がありますが、これは学びの地図であり、こういった時の判断基準にはなりません。指針となるのは、「何を一番大事にするのか」をみんなで共有し、それに照らし合わせながら進める対話です。そこで、「中学校の機能」が明らかになるのではないかと思います。

※参考 学習指導要領「生きる力」(文部科学省)

※参考 「中学校 学習指導要領:平成29年3月告示」(平成29・30・31年改訂学習指導要領(本文、解説)、文部科学省)

そして、その対話のためには、教職員同士が、世代や立場を超えて、課題解決に向けてより良い判断や納得のいく対応を考えることができる、安全安心な場作りが重要だと考えます。

藪本:
そのお考えはまさに、西田先生がされているご住職のお仕事にも通じる部分があり、価値観や思想、哲学というところと極めて近いですよね。

西田:
そうです。だから、敢えて定義するのであれば、中学校は「倫理を学ぶ」という機能を担っているということではないでしょうか。道徳のような絶対的な価値観ではなく、迷いや悩みの中からより良い方法を主体的に考え、創造する「倫理的な思考」を育むことが必要だと思います。これは教師、生徒にとってとても重要なことかもしれません。

藪本:
「倫理を学ぶ」というのは、かつて、お寺が担っていた機能そのものですね。この機能を中学校が担っていることで、「主体的な人材」の早期育成にも繋がっていると思います。将来的には、主体性のある人材の方が重要視されると思いますし、そのような意味でも、中学校は非常に重要な役割を果たしているのではないでしょうか。

4.自発性の創出

出典:komante+「PDCAサイクル」(写真AC)

藪本:
先ほどの「中学校の機能」に関する議論の中で、倫理的な思考を育む、あるいは主体的な人材を育成するという話も出ましたが、実際に、富田中学校の生徒たちの成長を感じた瞬間はありますか?

西田:
「生徒たちが自分ごととして活動できている」と、思わず感心した出来事があります。昨年度、災害発生時の避難場所でもある学校の裏山で、避難訓練をしたときのことです。訓練中、避難路に落ち葉が散らばっており、それを見た3年生の生徒たちが「避難路清掃をさせてください」と自ら志願してきました。こちらから「清掃日時や実施内容をまとめてきて」と言ったらきちんと準備をしてきたので、生徒たちはここまで本気なのかと感心させられました。職員に自分で提案してごらんと言ったら、職員朝礼で、しっかり提案していました!そして、生徒自ら実施したのです。

今年度になり、再度生徒が必要性を感じ、避難路清掃を実施していました。その時、みんな蚊に刺されてしまったんです。当然ながら、学校に対してお叱りの声を頂いてしまいました。しかし、企画をした生徒達が「今度は蚊に刺されないように対策しよう」と言っているのを聞きました。まさに、この子たちは活動が自分ごと(当事者意識)になっているのではないかと驚きました。

今までは生徒自ら企画し、失敗しながら進めていくということが少なかったんです。だから、今回のような生徒の姿は、本当に素晴らしいと思いました。その上、「一度失敗しても、企画を修正して再チャレンジする」という感覚になっている生徒が数多くいたことにも、非常に驚かされました。

藪本:
素晴らしいですね!そういう意味では、中学校は「自発性を創出させるための教育の場」としても捉えることができますね。

西田:
生徒たちが当事者意識を持てるようになるだけではなく、「失敗をしながら学べる」ということも大事だと私は考えています。教師も失敗を恐れていて「失敗しないようにしよう」と固くなる時があります。それが生徒たちのプレッシャーになっている部分もあります。教師が失敗を恐れずにチャレンジする姿勢を見せれば、生徒たちも「失敗してもいいんだ」という気持ちになると思います。たとえ失敗したとしても、次のアクションに繋げる方法を教師が生徒たちに見せることが、とても大切な教育の一つだと思います。

藪本:
先生たちも「失敗してはいけない」という仕組みの中で生まれてきているので、先生が自発性を持つこと自体が、相当困難な時代になっているような気がします。

舟井:
私自身も「失敗したらどうしよう・・・」という考えが強いです。きっと、私以外にも、失敗を恐れている教師はたくさんいると思います。ただ、生徒たちは、先生の背中を見て育つと思いますし、彼らの成長のためにも、先生自身が変わらなければいけないと思っています。

5.持続可能な中学校を目指して

藪本:
富田中学校は「持続可能な中学校」を目指しているということですが、「公立という部分と、持続可能性は両立するのか?」という疑問があります。公立学校を維持継続できるような仕組みを作っていくには、どうすれば良いと思われますか?

西田:
やはり、予測が困難なこの時代においては、学校の中で当事者意識を育むことが必要だと思います。これは、2015年にOECD(経済協力開発機構)※が始めた、「OECD Future of Education and Skills 2030(Education 2030)※」というプロジェクトの中でも推奨されていることです。この中で作成された「The OECD Learning Compass 2030※」という指針では、「社会のために自分は何ができるのか?」を主体的に考えて行動していくための方向性が示されています。

※参考 OECD

※参考 OECD Future of Education and Skills 2030(OECD)

※参考 Learning Compass 2030(OECD)

「The OECD Learning Compass 2030」(スクリーンショット)
出典:OECD Future of Education and Skills 2030: the Learning Compass(OECD)

このプロジェクトを一言で言うと、まさに「当事者意識を育むための取り組み」です。学校でも同様に、地域の課題を自分事として捉え、主体的に行動していければ、学校としての「持続可能性」に繋がっていくのではないかと思います。先進的な私学や高校では様々な取り組みが進められていますが、公立の中学校においても、その理念にもとづいた、地域に根ざした仕組みづくりが可能であると思います。

そして、今までは、教育の最終目標は「経済発展」に重きが置かれていましたが、これからは、「個人の、社会のウエルビーイング」が目指す目標です。当事者意識をもった子どもが、今も、未来も継続した幸せな、個人、社会を創り出すことができるのではないでしょうか。

藪本:
別の視点、例えば、経済的な視点から公立学校の持続可能性を考えたとき、財源などの問題も発生すると思います。公立というポジションにいるため難しいかもしれませんが、企業と連携した取り組みも行えるようになれば、持続可能な学校になれるかもしれませんね。

西田:
極論を言えば、企業とスポンサー契約を結んで、中学校が自分でお金を稼げるようになればいいと思います。これを実現させるためには、「学校と企業」という関係性で終わるのではなく、地域、学校、企業全てが繋がりを持つことが必要だと思います。最終的に「地域の人々が率先して学校を支援する」というようなことになれば、公立学校でも財源を増やすことができるかもしれません。

藪本:
まさに、公立学校は社会基盤を支える存在とも言えますね。ただ、富田中学校で実践されているような「自発性を創出させる取り組み」は、公立中学校で行うのがベストなのか?という疑問もあります。そのような点を踏まえて、西田先生は、私立中学校を設立することに興味はありますか?

西田:
私立学校は色々なコストがかかってしまいますが、多様なニーズに応えられるという意味では面白いと思います。

藪本:
ぜひ、やりましょう!あとは、どう実現させるかを考えるだけですね。

今後、私は、指定管理者※4として美術館や博物館を運営していきたいと考えています。そのために、まずは来年か再来年あたりに、美術館で実証実験を行う予定にしています。上手く事業化させることができれば、行政の力を借りて、将来的には教育的な機能を担えるような形にしたいですね。まずは、事業化できるかどうかが大変ですが(笑)

※4 地方自治体からの指定を受け、公の施設の管理運営を行う事業者のこと。

指定管理者制度(和歌山県ホームページ)

西田:
藪本君の行動力には、本当に驚かされますね。理想を語るだけではなくて、一歩ずつ着実に前進しているというのが素晴らしいと思います。

昨年、藪本君から対談のお話を頂いたときには、企画がどのように動いていくのか全く想像できませんでした。でも、藪本君なら、この紀南アートウィークを「持続可能なアートイベント」にできると思いますし、その先の事業も、きっと上手くいくような気がします。

6.未来を描く

出典:athree23「Board Chalk Idea」(Pixabay)

藪本:
冒頭でお話のあった「SDGs」や、先ほどご紹介いただいたOECDの「Education 2030」では、どちらも「2030」というキーワードが登場していました。今から9年後の話になりますが、2030年に向けてどのような未来を描いていますか?

舟井:
まずは、富田中学校の生徒たちが、立派な大人になってくれていたら嬉しいです。3年生を対象に実施しているSDGsの取り組みは、自発的な行動を起こすための訓練でもありますので、きっと生徒たちの将来の糧になると思います。

藪本:
まさに、公立学校でも「官と民の流動性」が必要だと思います。例えば、公立学校と私立学校で人材の入れ替えを行う、あるいは、ビジネスマンと公務員を行き来させる。財源からしても、いずれは民間の力を借りなければいけない部分もありますので、今後はこのような仕組みが必要になってくるような気がします。

舟井:
今日の藪本君との話の中で感じたことは、私たち教師が目指すべきなのは、「自分の未来を描ける人」を育てることだと感じました。生徒たちの中でも「将来、自分がどう生きたいのか分からない」という子が多いです。だから、藪本君のように、自分の未来を楽しそうに話せる生徒が増えてほしいと思っています。

西田:
藪本君は、中学生の頃から変わらず、常に前向きな気持ちを持っているからこそ、自分の夢を実現できるのだと思います。紀南アートウィークを通して、今までアートに触れ合う機会のなかった人たちが、アートに興味を持つようになるかもしれませんね。これからも、藪本君の活躍を楽しみにしています。

藪本:
本日はお時間を頂き、ありがとうございました。

西田:
ありがとうございました。

舟井:
ありがとうございました。

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

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