みかんコレクティヴ
紀南アートウィーク2023 『みかんかく』展 実施報告
「目」でみる「展覧会」を超え、触覚・味覚等の体験型のアートプロジェクトへ
紀南アートウィーク 2023「みかんかく」展を振り返る
私たちは「みかんマンダラ」展(2022年)に続き、和歌山県紀南地方の地域資源である柑橘をテーマとしたアートプロジェクト「みかんコレクティヴ」を展開しています。これは、柑橘について考え、協働する機会を、農家、アーティスト、デザイナー、キュレーター、研究者たちとつくる活動です。
その活動が母体となり、2023年は10月7日(土)~10月22日(日)(アーティスト・イン・レジデンス期間を含む)の約3週間にわたり、和歌山県田辺市、白浜町内の複数箇所でワークショップを中心として「みかんかく」展が実施されました。
「みかんかく」とは、みかん(蜜柑、未完、未感…)+かんかく(感覚、間隔…)をかけ合わせた言葉で、人間のもつ多様な感覚、特に視覚以外の感覚をじっくりと紐解いていくことを目的に今回新たに生み出された造語です。
人間が得る情報の9割は視覚情報に頼っているともいわれており、アートもまた視覚表現が多いと考えられています。今回は作品を鑑賞する一般的な「展覧会」としてではなく、嗅覚や味覚、触覚、または時間感覚に訴えるワークショップなどを中心に開催しました。
参考:
2022年「みかんマンダラ」展 実施報告: https://kinan-art.jp/info/11413/
2023年「みかんかく」展 開催のお知らせ: https://kinan-art.jp/info/13620/
コラム「未完のみかん―『みかんかく』を想像する」:https://kinan-art.jp/info/14381/
嗅覚や触覚、味覚を総動員して考えるワークショップ、身近にいるのに意識することのない方々との交流、当たり前に口にしているものを未来に残していくことの難しさ。
何気ない日常のすぐ傍らにある、感覚のズレや無意識の間隔。それらに気付いたり、想いを馳せるために、おそらく通常のアート鑑賞よりさらに「想像力」が必要とされる展覧会だったのではないでしょうか。
ここ紀南地方では馴染み深いみかんを食べながら、時には柑橘畑の中で、参加者の方々とともに多彩な想像力を働かすことができたことは、我々紀南アートウィークにとってもまた多くの発見や実りのある豊かな時間となりました。
複数会場において、会期中に行われたイベントについては以下でご覧いただけます。
さらに、その下をスクロールしていただくと、関係者の方々による各レビュー寄稿文を読むことができます。
「みかん」を切り口に、アーティスト、研究者や農家たちが見つけ出した「未完」の感覚/間隔にぜひ触れてみてください。
■10月14日(土)、15日(日)
《目の見えない白鳥さん、アートを見に行く》《手でふれてみる世界》
上映会場所:ノンクロン
開催概要:https://kinan-art.jp/info/14074/
「みかんかく」展の導入として、目の見えない人はどうやってアートを鑑賞しているのか。 日本とイタリアから、それぞれ視覚に障害のある方がアートにふれる姿を描いた映画2本の上映会を開催しました。
どちらの作品も音声ガイドや字幕の入ったユニバーサル上映という形式で行いましたが、紀南在住の視覚に障害のある人達にも鑑賞して頂き、視覚に障害のある人達が映画上映において、普段どのように映画を鑑賞しているかを共に体験いただくことができました。
そのほか、会場では小さなマルシェの開催や、ブラインド射的や輪投げ等の遊戯施設の設置、みかんの樹を通して柑橘が普段聴いている音を感じるAWAYAによるインスタレーション作品『みかんと人のサウンドトーラス(2022)』の展示、地元のアーティストの杉本麻絵(Cafe るんた)さんによる『くまのじかるた』の展示や映像上映、タノメリさんによる触れる絵画展示やワークショップ等が行われ、様々な切り口から目の見えない人たちが「視ている」世界を追体験しようと試みました。
映画上映会風景
ブラインド射的の様子
会場の様子
■10月15日(日)
インドのスパイス、ベトナムのハーブ、和歌山のみかんでチャイをつくろう!
場所:the CUE
開催概要:https://kinan-art.jp/info/13828/
インドの伝統的な飲料であるチャイにベトナムのハーブ、和歌山のみかんを掛け合わせたオリジナルのチャイを作るワークショップを実施しました。
講師にはインドとタイにルーツを持つラワンチャイクン・マリ氏、ゲストにはベトナムのアーティストのトゥアン・マミ氏を招き、スパイスやハーブについての基本的な知識から、それらが持つ文化的な背景なども学び、グループに分かれて嗅覚や味覚を頼りにオリジナルのブレンドチャイの制作を楽しみました。
決められたいくつかのテーマに沿って、多くの素材の中から一つのチャイを創り上げていくことは、味や香りなど個々人によって感じ方が違うイメージを少しずつ撚り合わせ、お互いの感覚の重なる部分をじっくりと煮出していくような、味わい深い協働作業になったのではないでしょうか。
ワークショップの様子
■10月19日(木)
《手でふれてみる世界》上映会+トークセッション+ワークショップ
場所:tanabe en+
開催概要:https://kinan-art.jp/info/14103/
映画『手で触れて見る世界』の監督である岡野晃子氏をお招きし、三部構成となるイベントを実施しました。
第一部は『手で触れてみる世界』の映画を上映し、続く第二部では岡野氏と共に、かねてから岡野氏と親交のあるイタリア在住の現代美術家、廣瀬智央氏を交えたトークセッションを行い、制作に込めた想いや、映画の背景にあるイタリアの文化などについて語り合いました。
第三部では『手でふれてみる美術鑑賞会』として、参加者の方々に目隠しをしていただき、実際に彫刻作品に触れてみるワークショップを実施しました。
ワークショップ後半では、彫刻の感触を思い出しながら各自でスケッチを描き起こしていただきましたが、ほとんどの参加者が実物と変わらぬ形を描き、中には色までも当ててしまう方もおられるなど、手を使った触感で『見る』ことの持つ大きな力を強く感じさせる場となりました。
会場の様子
■10月21 日(土)
「未来の給食」ワークショップ
場所:秋津野ガルテン
開催概要:https://kinan-art.jp/info/13661/
環境倫理学、食農倫理学を専門とされる南山大学 准教授の太田和彦氏をお招きし、30年後に食べられているであろう「未来の給食」を考えることで、社会の変化を予想するだけでなく、未来に残したいその食材たちを維持していくためには今具体的にどういったことが必要か、“未来を知ることで今を知る”ワークショップを行いました。
ワークショップではグループに分かれて、『水不足が深刻化』や『給食が教育の時間となった』などの仮定の未来のシナリオに基づいて、30年後のとある1日の給食メニューを考案。後半ではバックキャスティングの手法を用い、そのメニューを未来に残すためには具体的には何が必要かを話し合いました。
例えば、「地域資源でもある一つの農作物が栽培される環境を守るためには、その産業に従事する人も必要であり、そこに必要となる知識や技術も残していかねばならない」というように、漠然と未来のビジョンを考えるのではなく、ステークホルダーも含めたビジョンを描き、環境という言葉の解像度を限りなく高めていくことを体験していただきました。
最後には、みかんジュースで炊いたごはんを使用したおむすびとソイミートのスープで、仮定の未来食メニューを作成。柑橘について幅広い知識をもつ農家の原拓生氏を迎えた“柑橘と紀南地域の未来”についての対談を聞きながら、参加者全員で実食しました。
地域の未来のことについて考え、また個人がそこに対してどう関わっていく事ができるのか。参加者にとって、深く考えるきっかけになったのではないでしょうか。2024年2月に振り返りのワークショップも実施予定です。
ワークショップの様子
■10月22日(日)
感覚体験ワークショップ『いちどためしてみてごらん』
場所:秋津野ガルテン
開催概要:https://kinan-art.jp/info/14135/
現代美術家の廣瀬智央氏を講師に、普段の暮らしの中で無意識に頼っている感覚を少しずらし、においや手触りから世界を捉えなおしてみる体験を行いました。
“視覚と触覚“をテーマとした第一部では、廣瀬氏の過去の作品『いちど試してごらん(1992)』の制作プロセスを追体験していただき、実際に手を動かしながら全員で同じ作品を制作。完成した作品は同じような見た目ながら、重さの全く違うものとなり、それらを全て並べることで、視覚のもつ曖昧さ、他の感覚の豊かさを感じていただきました。
続く第二部では、“視覚と嗅覚”をテーマに、目隠しをしながら数種の柑橘類の葉を触り、香りを嗅いだり、いくつかのみかんの食べ比べを行いました。視覚を遮断することで研ぎ澄まされる嗅覚や味覚に集中し、他者と感じたことを意見交換し合うことで、一人ひとりの間にある豊かな感覚 / 間隔のグラデーションを楽しんでいただけたのではないでしょうか。
当日は多くの親子連れでにぎわい、大人と子どもの垣根を超えたコミュニケーションが活発に交わされていました。
■10月22日(日)
『歩きながら識る、交流する』ワークショップ
場所:尖農園(田辺市下万呂)
開催概要:https://kinan-art.jp/info/14307/
『みんなで創る公園のような農園』を目指し、2022年に始動した<コモンズ農園>プロジェクトが描く未来構想を共有し、イメージを深める農園体験ツアーを行いました。
尖農園の園主・小谷大蔵氏と現代美術家の廣瀬智央氏をガイドに、実際に小谷氏のみかん農園を訪れみかんの栽培やみかんについての様々なお話を伺いました。
早生(わせ)という早い時期に穫れる品種の温州みかんが豊かに実る農園を巡り、その場で収穫したみかんを食べながら、草花の香りを嗅いだり、土に触れたり、園地一帯の環境を全身で味わっていただきました。
後半では、田辺湾を見下ろせる展望の良い農地に移動し、同じ品種でも環境や栽培方法によって全く異なるものが生まれる、その面白さや奥深さに触れていただきました。
コモンズ農園が求める大事な要素の一つである「景観の良さ」をまさに体現したような、その素晴らしい景観の中で参加者の方々と共にイメージを共有できたことで、実現に向けてまた一歩を進めることができたとても有意義な一日となりました。
■10月7日(土)~16日(月)紀南アート・レジデンス vol.1
開催概要:https://kinan-art.jp/info/13732/
紀南アートウィーク初となるアーティスト・イン・レジデンス、『紀南アート・レジデンス vol.1』では、ベトナム人アーティストのトゥアン・マミ氏をお招きし、「移民」と「柑橘」の関係について現代アートという視点からリサーチを依頼しました。
期間中は、日本の柑橘の発祥の地と云われる橘本神社の例大祭「みかん祭り」への参列から始まり、紀南のみかん農家の方々の農地訪問や、技能実習生として紀南地域に滞在するベトナム人(その数100人ともいわれる)の方々の職場や住まいにもお邪魔しました。
また、滞在最終夜にはマミ氏がこれまでも世界中で行ってきたように、その地域に持ち込まれ密かに栽培されているベトナムのハーブ類を使用した鍋を作成してもらい、地域の方々と共に囲むささやかなパーティーを行いました。
言語でのコミュニケーションは不自由な中でも、同じ鍋を囲み人々が談笑する姿に、小さな共生の萌芽を感じると共に、一見アートには見えないマミ氏のこの手法だからこそ可能な、既存の枠組みを軽やかに超えてゆく強かな力を感じることができました。
マミ氏には、今後さらに調査を継続してもらい「移民」と「柑橘」について深く思考を巡らせてもらう予定です。
橘本神社の例大祭「みかん祭り」
リサーチの様子
様々な方と共に鍋を囲む
記事内の写真全て:下田学(coamu creative)