コラム

紀南における食とアート


アートウィーク対談企画 #13

〈ゲスト〉

更井亮介
フレンチレストラン「キャラバンサライ」オーナーシェフ
和歌山県田辺市出身。 調理師学校を卒業後、大阪の帝国ホテルや長野県のレストランで経験を積み、2018年春にUターン。祖父が使っていた梅蔵を改装し、2020年春、フレンチレストラン「キャラバンサライ」をオープン。小学生に食の授業をするなどの食育活動を行なっている。
Restaurant Caravansarai Facebookページ

〈聞き手〉
薮本 雄登 /紀南アートウィーク実行委員長



紀南における食とアート

< 目次 >

1.更井さんのご紹介
2.キャラバンサライのコンセプト
3.紀南の食文化
4.食材のストーリー
5.梅とフレンチの普遍性
6.食を通じて世界とつながる

1.更井さんのご紹介

藪本:
本日はお時間いただきありがとうございます。
更井さんは、中学校、高校の野球部の後輩にあたりますが、最初に自己紹介お願いします。

更井さん:
和歌山県田辺市上芳養(かみはや)という地区で、約一年前からレストランを経営してます。31歳です。それまでは、大阪のホテルと長野県のフランス料理店で10年くらい勤めていました。
大阪の帝国ホテルで働いていた時に、クラシックなフレンチを経験させていただいて、それが今のベースになっています。
レストランをオープンした翌月から新型コロナが流行し始めて、レストランを自粛するという形になりましたが、いろんなことに挑戦しながら、日々過ごしています。

藪本:
どういう経緯でこちらに帰ってきたんですか。専門学校を出てから、帝国ホテルに勤めてたんですよね。

更井さん:
そうです。ホテルは5年勤めて辞めました。宴会の厨房にいたんですけど、週末に1000人分の料理をこなすような仕事でした。帝国ホテルといえども、ブロッコリーを何十個、プチトマトを何千個調理するような単純作業でした。その積み重ねの中で、野菜ってこれが一番おいしい状態なのかと考えるようになったんです。
例えば、トマトって青い状態で収穫して出荷する、そして一週間後に赤くなったトマトがスーパーに並ぶっていうのか一般的な流通なんですけど、真っ赤になるまで茎で育ったトマトって、味わいが違うんですよね。個人のお店でそういうものを扱って料理をすることに魅力を感じました。あと、自分はこのまま、帝国ホテルの料理長になりたいかっていうと、そうではないかなと。

藪本:
料理長になりたくなかったんですか。

更井さん:
そうですね。年功序列の部分もありましたし、事務作業が多く、デスクワークに時間を取られ、料理について完全に集中できるかといえば、そうではなかったです。

藪本:
ある意味、安定はしてるけど、そこはチャレンジしたい気持ちが上回ったわけですね。

更井さん:
そうです。ホテルを辞めてからは長野県のフランス料理店に行きました。海なし県の雪国なので、食材も全然違いましたね。虫とかも食べますし(笑)。
冬場の長野県って、食材が少ないので保存食の文化が強くて。和歌山の冬は柑橘がピークだし、その他の食材も豊富ですよね。和歌山に帰った時、そういうものを直売所で買い占めて長野に送ったりしていて、食材の違いを感じました。

藪本:
そこで、どんなチャレンジをしようと思ったのでしょうか。

更井さん:
その長野のお店は野生鳥獣の肉を年中扱うジビエのレストランでした。そこのオーナーシェフが、日本ジビエ振興協会という団体を立ち上げていて、ジビエは美味しい食材だよということを広める活動をしていました。
そういった経緯で、狩猟に同行させていただいたり、違うジャンルの食材とか野菜の本来あるべき姿とか、食の根本みたいなものを学べる場所を求めて長野県に修行に行きました。

藪本:
そのあと地元に帰ってきて、キャラバンサライをオープンさせたんですね。

更井さん:
地元の友達がわざわざ長野に食べに来てくれた時に、気持ちの入り方が全然違ったんです。身近な人に自分の食べてほしい料理を提供することが自分のやりたいことなのかな、と思って帰ってきました。

藪本:
最近、結婚されたお相手も地元の方ですよね。

更井:
そうですね(笑)。

出典:Restaurant Caravansarai Facebook 紀南産 猪肉の赤ワイン煮込み

2.キャラバンサライのコンセプト

藪本:
では、キャラバンサライのコンセプトを聞かせて下さい。

更井さん:
キャラバンサライは、祖父が50年前に建てた梅の倉庫、梅蔵をリノベーションして作ったレストランです。

藪本:
梅蔵なんですね。

更井さん:
はい。梅蔵は梅を漬けたり、餞別したりする作業小屋です。畑の近くに梅蔵は至る所にあるんですけど、そこを活用してレストランにしました。キャラバンという名前にあるように、蔵を隊商の取引する宿であったり、休む場所に見立てて作ったという感じです。

藪本:
なるほど。そういうことですね。

更井さん:
建物をリノベーションするときに大事にしたのが土壁です。土壁は祖父が大工さんと手作りでつくったものです。昔の人って百姓っていわれるだけあって、土壁だって作れたんです。
そういった昔の物をそのまま使って、地元に昔からある食材、伝統の物を組み込んだお店にしたかったんです。

藪本:
そうですね。私は、百姓=アーティストだと思っております。
ところで、レストランはどうですか?コロナの中でも、問題なく何とかやっていけてるんでしょうか。

更井さん:
そうですね。経営とか初めてのことだったんですけど、地方の山奥でも、それなりに順応しながらやっていけてるかなと思っています。

藪本:
地元には他にフランス料理店ってありますか。

更井さん:
昔に比べたら何軒か増えましたよ。僕は専門学校に入るまでフランス料理を食べたことはありませんでしたけどね。プロの料理人の先生が目の前で牛フィレ肉のロッシーニ風を作ってくれました。それが本当においしくて、その授業でフランス料理を志しました。

藪本:
なるほど、フランス料理の魅力って何なのでしょうか。

更井さん:
フランスは日本みたいに至るところにコンビニがあるわけではなくて、食材が地方で限られています。流通が違うというか、地の物に拘っています。もともと地元に勝手にあったもの、そこの自然の物を使うっていう概念みたいなものがフランス料理の魅力だな、と思います。

藪本:
地の物を使うっていう所に惹かれて、紀南に帰ってきたわけですね。
現在2年目ですが、これからはどんなふうにやっていく感じでしょうか。お店の方は2号店ができたと伺いました。

更井さん:
2号店は、レストランを使って弁当屋という形で運営しています。飲食店って、1店舗だけでは売り上げの幅が狭いんですよね。店舗展開しないと企業として大きくなれないし、お金も回らない。
ただ、フランス料理店を増やそうとは考えてないです。以前勤めていた帝国ホテルはパンケーキの発祥って言われていて、そのパンケーキは冷めてもおいしいんですよ。それで数年後を目標にカフェ的な店舗を作りたいなと思っています。

藪本:
店舗を増やすわけですね。ちなみに、私達のテーマである「輸出」にはチャレンジしないのでしょうか。

更井さん:
輸出ですか。冷凍便等もあるのでネットでやってみたりしたんですが、なかなかノウハウがなくて。自分のできる範囲だけで終わっちゃいましたね。工場で作って、生産性を上げていけば可能なのかな、とは考えるんですけどね。

藪本:
なるほど。私は別に、顧客に冷凍便で送ることができなくとも「欲しかったら、取りに来て下さい」といって、顧客に取りに来てもらうようなことも輸出と考えています。本当に価値のあるものであれば、それもできますよね。

更井さん:
たっ、、、確かに!

3.紀南の食文化

藪本:
紀南の食文化、食材って、どういうところに魅力があるんでしょうか。

更井さん:
食材の幅が広いことでしょうか。長野県での4年間の経験があるので、特にそう思います。年中通してフルーツが途切れない、野菜も種類が多くて困らない。

藪本:
果樹王国ですからね。野菜に関しても和歌山はレタス発祥の地ですよね。

更井さん:
すさみ町ですね。和歌山県は港があったんで、昔からいろんな食材が入ってきたんです。わさびも和歌山から入ってきて、全国に広がっていったそうです。

藪本:
えっ、わさびもそうなんですね。勉強不足でした。

更井さん:
最高級品種の「真妻わさび」は和歌山の印南町が起源なんです。今わさびの産地になっている静岡県に印南町の人たちが研修に行った際、「本家がなんで来たんだ」と言われたそうです(笑)。
こちらに戻ってきた時、田辺駅前のゲストハウスで料理をしてたことがあるんですけど、真妻ワサビを使ったハンバーガーを作ったりしましたね。地元の食材を蘇らせたいと思いまして。

藪本:
それはすばらしいことですね。

更井さん:
わさび農家さんは減っているんです。真妻わさび自体手間がかかる品種なので、そういったものを知識として広めることは料理人の役割でもあると考えています。

すさみのレタス 出典:和歌山県西牟婁振興局
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/130600/130651/corection/retasu.html
真妻わさび
出典:和歌山県印南町
http://www.town.wakayama-inami.lg.jp/contents_detail.php?frmId=276

更井さん:
食材に対しては、出会いとか、親しい方からの紹介とかを大事にしてますね。ずっと昔からやり続けてますっていう人に出会うこともありますし、受け継いだっていう人もいます。
長野県での経験が大きいですね。シーズンが終わって使っていた食材がなくなったら、次の食材を見つけに農家さんを探しに行くんです。そんな経験を毎シーズンしていましたから。

4.食材のストーリー

藪本:
今、特に、力を注いでいるのは何ですか。

更井さん:
いろんな料理にある食材のストーリーにこだわっています。
価格は高いですが、無農薬にこだわって作った甘いみかんをお客さんに説明して、その価値を食べてもらうようにしています。

藪本:
そこに価値を払ってくれる人はいるんでしょうか。

更井さん:
いますよ。その時のメニューにある食材のストーリーを会話しながら料理をするんです。それが僕のできる紀南の役割の一つです。

藪本:
アートの文脈でいうと、キュレーター(*)みたいな感じでしょうか。そういうことは意識されていますか。

*キュレーター:欧米の美術館において、作品収集や展覧会企画という中枢的な仕事に従事する専門職員。 出典:大辞林

更井さん:
そうですね。地元の食材と伝統的なフランス料理をかけあわせて、こだわって作りましたっていうのは当たり前のことで、それだけでは喜ばれないんですよ。
地元に帰ってきて、祖父の作った梅蔵の倉庫で料理をやっているっていうところに価値を感じてもらえます。自宅の台所で焼いているコッペパンを食事で出しているとか、幼いころ母が焼いてくれたバナナケーキをデザートに出してるとか、そういったストーリーを組み込んだ方が喜んでもらえているような気がします。

藪本:
ところで、「美味しい」ってどういうことなんでしょうか。例えば、みかんの美味しいって何なんでしょうか。

更井さん:
人それぞれじゃないでしょうか。育ってきた過程とか。

藪本:
その意味では、アートと同じですね。

更井さん:
そうですね。
以前あった話なんですが、友人のお母さんが、余命を宣告されていたんです。料理の差し入れができるセンターに入院していたので、すごく考えてお重にいろんな料理をつめて持って行ったんですが、一番好んで食べてもらったのがスナップエンドウの塩ゆでだったんです。
いくら手をかけても、人によって美味しいと思うタイミングが違うんですよ。結局料理人って自己満足の世界なんでしょうね。

藪本:
そういうところもアートも同じですね。アート作品も状況や環境によって、感じ方が全然に違います。
更井さんの中である基準を作って、これが正しいと提案しているわけですよね。自分なりの美味しいっていう基準を紹介して、そこで共感を得てつながろうとする。何を美味しいと考えるか、普遍的なモノを模索してるんじゃないでしょうか。

更井さん:
まさにそうですね。自分のできる範囲で喜んでもらえることをその場で対応してやっています。そういうサービスはお客さんによって変えてやっていくべきと思っています。

5.梅とフレンチの普遍性

出典:Restaurant Caravansarai Facebook 梅香るフォアグラ

藪本:
紀南の食文化とフレンチは、何かで繋がるのでしょうか?。

更井さん:
例えば、オープンからメニューに出してるのがフォアグラなんですけど、普通はブランデーなどの洋酒を使ってくさみをとって味付けをするんですが、うちでは梅酒を使って調理しています。父親が農家で味付け梅を作っているんですが、フォアグラの上に実家のはちみつ梅を添えて、クエン酸の酸味でさっぱりとした組み合わせを楽しんでもらえるような料理を出しています。

藪本:
おおお、、、おいしそうですね。
ちなみに、調味料としての梅はどのように捉えていますか?。

更井さん:
調味料としての方が使いやすいですね。梅干しは塩分20%の食材なので塩辛くて使いにくい。はちみつ梅とか味付け梅を刻んで何かに使うとか、そういった方が調味料の一つとして使いやすいです。

藪本:
世界から見れば、梅干しを美味しいと思う人はあんまりいないと思いますね。梅システム(*)とかストーリー仕立てになっていておもしろいですよね。ミツバチの共生とか。

*梅システム:養分に乏しく礫質で崩れやすい斜面を利用して薪炭林を残しつつ梅林を配置し、400年にわたり高品質な梅を持続的に生産してきた農業システム
参考:みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会
https://www.giahs-minabetanabe.jp/

繊細で共生しながら生きてるものですね、脆さというか、縁というか。料理も繊細なバランスの中で生きてますよね。
ちなみに、シェフは、アーティストでしょうか。キュレーターなのでしょうか。両方でしょうか。

更井さん:
両方じゃないんでしょうか。

藪本:
かなり哲学的ですが、フレンチは何がフレンチたらしめているのでしょうか。

更井さん:
地元食材とかハーブとか雑草だったりとかを使うのがフランス料理の根本だと僕は思っています。
店をこの田舎でオープンさせた時も、「フレンチってなんや」って言われるんですよね。地元の人にフレンチを説明するのが難しくて。

藪本:
そうですね。よく考えると「フレンチって何?」みたいな(笑)。

更井さん:
お世話になってる知り合いのシェフに聞いてみたんです。都会でずっと料理長をしていた、今はカフェをしている仙人みたいな人なんですけど。その人は「フランス人がフランスで食べてる料理がフレンチや」と言われるんです。
日本料理って何だって言われたらお母さんが作る肉じゃがも和食ですし、京都の料亭で出てくるものも和食じゃないですか。そんな風に、かなり幅広く、多義的なものなのかなと捉えています。

6.食を通じて世界とつながる

藪本:
聞きたかったことがあるんですけど。最近は内臓と外臓(*)みたいな議論が食の中で出ているんです。
内の世界と外の世界が食を通じてつながっているというものです。内のことを内臓と言うので、外の世界のことを外臓と言っているんですが、エコロジーとかの問題とかかわる部分が大いにあるんです。体の中に入って排出していくプロセスを繰り返して、実は、私達は、外の世界自体をわれわれは、食しているといった議論です。

*内臓と外臓: 石倉敏明「外臓と共異体の人類学」(参考:ÉKRITS

更井さん:
難しいですね。ジビエで扱う自然の動物の肉って栄養価がすごく高いんですけど、人が育ててないからすごく定まらない食材なんです。ジビエばかり口にしていると、人の手がかかっている牛肉などは、逆に違和感を感じますね。

藪本:
画一化された食材といった感じですか。

更井さん:
そうですね。
あきらかにたくさんロスが出るコンビニ弁当の廃棄分を、業者が引き取って豚に餌として食べさせる。その豚肉がスーパーで売られていて、それを自分が口にしている。そんな勝手な循環が起きているわけですね。

藪本:
自分の身近にはないけれど、現実世界では、今いわれた「勝手な循環」が存在していますね。多くの人は、それを見ていないふりをしていますね。

更井さん:
「食」っていうテーマは、かなり奥深いですね。人間の起源に由来しているからでしょうか。その意味で、あきらかに食とアートはリンクはしますね。
例えば、トウモロコシのできたての美しさって、感動するレベルの物があるんです。それを調理して、美味しいって感じるまでのストーリーとその時の感動はアートだと思います。
料理人やっていて、塩一つまみ入れるだけでいきなり美味しくなるというのも、説明できないことなんです。これは、実は芸術性に溢れていることなんだと感じてます。

藪本:
アーティスティックですね!!

更井さん:
そうですね。しかも扱ってる商材が腐敗していくものでもあるので(笑)。それもアートですけどね。時間が限られた商材を扱っていますしね。
「また来たい」と思ってもらえる金額で美味しい料理を提供し続けるということが、この田舎に帰ってきてやるべきことかな、というふうに思っています。

藪本:
それは幸せなことですよね。
今回のアートウィークのテーマは、全世界に輸出できるプレーヤーを探すといったものなんです。紀南という場所でフレンチと和食に通底する何かが発見でき、新しいものが生まれたら、何かすごい価値になる気がするんです。
食べるものでなくても、今の取り組みを芸術作品にするとかどうでしょうか。写真でも、動画でも何でもいいと思います。
あと、最後に何か紀南アートウィークに期待することってありますでしょうか。

更井さん:
普段の生活にはない他の世界を見たりとか、考え方を知ったりとか、そういった機会を持つことで、何かの一歩になれたらいいなと思いますね。

藪本:
その意味では「食」とは何かっていう問題に帰着しますね。
「内臓と外臓」等、食は本当に奥深い。体の中しか見ていなかったことが、外と繋がっていることを感じて初めて、食の在り方が変わるのかもしれないと思うんです。さらに梅システムの仕組みと類似してる部分があるような気がして、そこにすごい価値が生じる気がします。

更井さん:
価値はあると思います。そうやって考えることが大事だと思います。
本日は、いろいろと刺激をいただきました。
ありがとうございました。

藪本:
ありがとうございました。レストラン頑張ってください!

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

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