コラム

対談企画 #23 『社会福祉とアート-「竹あかり」が照らす未来-』

紀南アートウィーク対談企画#23

〈今回のゲスト〉

株式会社竹千代 代表取締役社長
和歌山県竹あかり実行委員会 代表
合同会社介拓社 専務
谷 正義(たに まさよし)さん
介護福祉事業に携わりながら、和歌山県に「竹あかり」を広める活動を続けている。現在、障害者の就労支援・生活支援のための「キミトミライ」プロジェクトを準備中。同プロジェクトを通して、障害者と地域の人々との垣根を無くすための方法も模索している。
https://take-chiyo.jp/

〈聞き手〉

藪本 雄登
紀南アートウィーク実行委員長

<編集>
紀南編集部 by TETAU
https://good.tetau.jp/

社会福祉とアート-「竹あかり」が照らす未来-

目次

1.谷さんのご紹介
2.奉仕の精神
3.社会福祉活動を始めたきっかけ
4.「雅」の成り立ち
5.竹あかりとの出会いと歩み
6.社会福祉と政治
7.障害とアート

1.谷さんのご紹介

出典:株式会社竹千代

藪本:
本日は、お時間を頂きまして、ありがとうございます。
本日は、谷さんの普段の活動の様子や、社会福祉、障害とアートの関係性について、谷さんのお考えをお伺いしたいと考えています。
まず、谷さんから自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?

谷さん:
谷正義と申します。現在、36歳です。和歌山県海南市にある「株式会社竹千代」の代表を務めております。当社は昨年9月15日に設立した会社で、主に竹灯籠、竹材・木材の販売*や、「竹あかり*」の企画運営と演出を行っています。

*参考 TAKECHIYO’s ONLINE STORE

*参考 みんなの想火:全国で竹あかりを同時に灯すプロジェクト

私は19歳のときからずっと、介護関係の仕事を続けています。2013年9月1日に設立された、私の弟が代表を務める「合同会社介拓社※」で勤務しており、高齢者向けの通所介護事業所「デイサービスセンター雅(みやび)*」の管理も行っています。2018年4月1日に和歌山県紀の川市に拠点を移し、訪問介護事業や老人ホーム事業を続ける中で、障害者の支援計画を作り、役所と事業者を繋ぐような仕事も行っています。現在は介護の仕事をしながら、竹千代の代表として、地域の観光資源を何か活用できないかと考えているところです。

*参考 合同会社介拓社

*参考 デイサービスセンター雅

最近では、白浜町で竹あかり関係の仕事が増えてきています。また、田辺市では「re-barrack*1」さんとコラボして、「あかね材*2」を使った「BokuMoku AKARI*」という照明インテリアを制作したこともあります。

*1 re-barrack(リバラック)

*2 「スギノアカネトラカミキリ」によって食害された木材のこと。
あかね材、スギノアカネトラカミキリについて(BokuMoku)

*参考 「BokuMoku AKARI」(2021年3月1日、re-barrack ブログ)

*参考 「虫食い材に〝光〟 個性生かし照明インテリア開発」(2021年3月1日、紀伊民報AGARA)

藪本:
確か、谷さんは「キミトミライ*」というプロジェクトも企画されているんですよね?

*参考 キミトミライ

出典:キミトミライ

谷さん:
来年4月、白浜町十九渕(つづらふち)に、就労継続支援B型事業所※「キミトミライ」がオープンします。事業所の周辺は自然豊かで、すぐ近くにコンビニもある利便性に富んだ場所です。また、建物の近くには、地域の方向けの憩いの場所として、竹あかりで彩った公園も作ろうと思っています。

*参考 「障害者総合支援法における就労系障害福祉サービス」(障害者の就労支援対策の状況、厚生労働省)

介護福祉の仕事で培った経験を活かして、私も紀南地域に何か貢献できればと思い、このプロジェクトを始めました。今後は、障害者と地域との垣根を無くすための取り組みも実施していければと考えています。

藪本:
こちらの土地は、谷さんが購入されたのですか?

谷さん:
770坪ほどになりますが、自己資金や金融機関からの融資制度を利用して購入しました。せっかく新しいことを始めるのだから、ベースをしっかりと作って事業を起こす方が良いのではないかと思ったんですよ。

コロナ禍の今、何かを始めるのは非常に大変なことです。しかし、上手くいかないときだからこそ、みんなで力を合わせて困難を乗り越えていくことで、上手くいくためのきっかけを作ることができるのではないでしょうか。竹あかりのように、私たち自身が「希望の灯り」になることができればと考えています。

2.奉仕の精神

出典:「デイサービス雅の利用者様と一緒に」(2021年4月23日、谷正義、@tani.masayoshi0826、Instagram)

藪本:
谷さんが実践されていることは、まさに、公共インフラ整備に近いことなのではないかと思います。事業の収益は、どのようになっているのでしょうか?

谷さん:
母体となる安定した収入は、障害福祉事業に対する国の助成金ですね。障害福祉サービスを提供する事業所は「国民健康保険団体連合会(以下、国保連合会)*」を通じて、月単位で「介護給付費*2」を市町村に請求します。請求後、各都道府県の国保連合会および市町村による審査が行われ、その結果に応じて事業所に給付金が支払われています*。

*2 介護費用から利用者が負担する金額を引いた、残りの費用のこと。原則、利用者負担は10%。
介護保険財政とは(2018年12月18日、健康長寿ネット)

*参考 和歌山県国民健康保険団体連合会

*参考 「障害福祉サービス・障害児支援 請求事務ハンドブック:サービス提供事業所の皆さまへ」(2021年05月28日、公益社団法人 国民健康保険中央会)

社会貢献に近い仕事ではありますが、正直、ボランティアでは事業が継続できないと思っています。最初から、きちんとベースを作って運営することが大切だと思います。

ただ、昔から私は「最初からお金ありきで動かない」というスタイルを貫いています。何よりもまず「世のため、人のため」という気持ちを持って仕事をすることが、将来的な利益に繋がるのではないかと考えています。

藪本:
まさに、谷さんが大切にされているのは「奉仕の精神」なのですね。

谷さん:
常々、私が言っているのは「お金にならないことや誰もが嫌がる仕事ほど、その中に価値が埋まっている」ということです。官民一体となって価値を掘り起こしていくような努力をしないと、本当に大変な世の中になるのではないかと思っています。まずは、自分自身がアクションを起こすということが重要であり、「どうすれば利益を生み出すことができるのか?」と考えるのは、その後でも良いと思いますね。

厳しい社会の中で生き抜くためには、売れないものに付加価値をつける、あるいは、潜在的に眠っているものの価値を創造する作業が必要です。世界に1つしかない「特別なもの」を作るためには、やはり、誰もが手を出していないところ、誰もが興味のないところに積極的に入り込んでいくことが大切だと思います。

3.社会福祉活動を始めたきっかけ

出典:「谷正義さんと、谷さんの母・雅子さん」(2020年10月27日、谷正義、@tani.masayoshi0826、Instagram)

藪本:
谷さんが、社会福祉活動を行うようになったきっかけをお伺いします。ホームページを拝見しましたが、谷さんはすごくしっかりとストーリーを書かれているので、そのような部分が人を惹きつけるのではないかと思っています。

谷さん:
ありがとうございます。私のバックグラウンドにも関わる話でもありますので、長くなりますが、1つずつお話しします。

幼少期の「生き地獄」

谷さん:
大阪市天王寺区で生まれた私は、9歳まで、大阪府堺市にある母方の祖父母の家に住んでいました。私の父はうつ病を抱えており、母は重度の統合失調症を患っていました。母から何度も包丁で刺されそうになり、殺されそうになったこともあります。両親から色々な虐待を受けており、ずっと親の顔色を窺うような生活を続けてきました。

9歳のとき、父親の仕事の転勤で、1つ年下の弟も入れた家族4人で、和歌山の吉備町(現在は有田郡有田川町)にあるアパートに引っ越すことになりました。これが「生き地獄」の始まりでした。

うつ病が悪化した父は寝たきりのような状態になり、仕事に行けなくなりました。母は障害年金を受給していましたが、当時は、家賃の支払いや月の生活費を賄うので精一杯だったと思います。私は新聞配達の仕事をしたり、できる限り食事を作ったりしていました。

新しい学校に転校した私は余所者扱いされ、同級生からいじめを受けていました。貧しくて同じ服ばかり着ていたため、「臭い」と言われたこともあります。母のことを「きちがい」と馬鹿にされ、仕事をしていない父を軽蔑されたこともありました。しかし、まだ小学生だった私にはどうすることもできず、人間不信になり、心を閉ざしていきました。

家では両親の介護で手一杯で、特に母のことを理解しようとすると、私自身も頭がおかしくなりそうでした。奇声を上げたり、急に殴りかかってきたりするのは、病気のせいだと分かっていても、完全に理解するのは難しかったんです。家でも学校でも何も楽しいことがなく、心身ともに疲れ果ててしまい、5、6年生の頃には不登校になってしまいました。

訪れた転機

谷さん:
9歳のときから両親の介護をしていた私は、まさしく「ヤングケアラー*3」であり、その生活は中学生になっても変わりませんでした。入学当初は中学校に通っていましたが、しばらくすると不登校になってしまいました。

*3 病気や障害、精神的な問題などを抱える家族の介護や世話を担う、18歳未満の子どものこと。
ヤングケアラーとは(コトバンク)

そんな中、14歳のとき、私に転機が訪れました。両親の介護で疲弊し切った私は「何故、両親はいつも仕事も行かずに寝ているのか」と頭にきて、両親に暴言を吐いてしまったんです。しかし、寝たきりの母が涙を零したのを見て、本当に苦しいのは私や弟ではなくて、病気になってしまった両親なのだと気づかされました。そして、「私たち兄弟が立派な人間になれば、両親も社会に認めてもらえるのではないか?」と思うようになり、まずはゴミ拾いなど些細なことから、社会貢献としてボランティア活動に取り組むようになりました。

19歳のときには「ホームヘルパー2級(訪問介護員養成研修2級課程)」(現在は「介護職員初任者研修課程」に一元化*)を取得しました。10年以上、病院や高齢者施設などで医療・介護関係の仕事の経験を積み、現在の介拓社での活動に至っています。

*参考 介護職員初任者研修課程(日本ホームヘルパー協会)

*参考 和歌山県福祉保健部福祉保健政策局長寿社会課「和歌山県介護員養成研修実施の手引き」(2021年4月、和歌山県ホームページ)

実は、介拓社が経営している高齢者施設の「雅」という名前は、私の母の名前でもある「雅子」から来ています。「雅」という字を使って看板を出すことで、両親の生きた証を表現できるのではないかと思ったからです。私が社会福祉活動を始め、介護福祉の道に進むことになったのは、まさに家族のおかげだと思っています。

4.「雅」の成り立ち

出典:有料老人ホーム雅、デイサービスセンター雅:施設外観(合同会社介拓社)

藪本:
介拓社さんでは、デイサービスセンターだけでなく有料老人ホーム*も運営されていますが、「雅」は今まで、どのような道のりを歩まれてきたのでしょうか?

*参考 有料老人ホーム雅(合同会社介拓社)

谷さん:
2013年に会社を設立した当初は、私も弟も、事業が上手くいくという自信があったんですよ。施設の建物は築40年近くの賃貸の古民家でしたが、内装はリフォームされていて綺麗でした。和室があり、お風呂にもジェットバスが付いているということで、高齢者にも人気が出るのではないかと思っていたんです。しかし、マーケティングも大して行わずに勢いで、しかも、縁もゆかりもない紀の川市で事業を始めてしまったため、家族や周囲の人たちから大反対されてしまいました。

一軒一軒、ご自宅を訪問して地道に営業をかけていましたが、会社を興して半年が経っても、お客様はゼロ。最初にあった自信は折れてしまい、弟とも喧嘩をするようになっていました。

「正直、こんなはずじゃなかった」と諦めそうになったこともありました。でも、事業を続ける中で始めた、1泊50円のお泊りデイサービスが大当たりしたんですよ。本来、デイサービスは「介護保険サービス*4」として行われており、「介護保険外サービス*5」の一般的な宿泊サービスの料金は1泊800円以上(当時)ほどかかります。私たちは「新たな介護保険外サービス」の宿泊料金サービスを実施したいと思っていたため、それが破格の値段設定に繋がりました。

*4 介護保険の被保険者が利用できるサービスのこと。
訪問介護などの居宅介護サービスと、介護老人福祉施設などに入所する施設サービスに大別される。介護保険サービスとは(コトバンク)

*5 介護保険が適用されない、高齢者向けの生活支援サービスのこと。
家事代行・訪問理美容・配食・通院介助・送迎など。費用は利用者が全額負担する。
介護保険外サービスとは(コトバンク)

その後は、少しずつ仕事が増えていきました。時には、行政からの緊急の依頼で、虐待を受けている人たちを施設で受け入れたこともあります。次第に、「他の施設が断るような仕事の内容でも、『雅』なら何でも受け入れてくれる」というような評判が広まっていきました。「良いように使われているのではないか?」と思うときもありましたが、「地域の人が困ったときに頼れる場所」というイメージを確立できたのではないかと思っています。

設立から3年が経った頃、消防法改正により、社会福祉施設への消防用設備の完備が必要になりました*。施設の改装工事には700万円もかかることが分かり、これを機に施設移転を決意しました。今まで慣れ親しんできた場所を手放すのは名残惜しかったですが、弟や一緒に働いてくれているスタッフとともに、今後も地域のために尽力できればと考えています。

*参考 「社会福祉施設の消防用設備等に関わる消防法令改正の概要:もしもの火災から利用者を守る」(ビル・テナントオーナーの方々へ、一般財団法人 日本消防設備安全センター)

5.「竹あかり」との出会いと歩み

出典:竹あかりのおまつり2018 in わかやま(谷さんよりご提供)

藪本:
谷さんが、和歌山で竹あかりのイベントを始めたきっかけは何だったのでしょうか?また、これまで、具体的にどのようなイベントを実施されてきたのでしょうか?

谷さん:
私が初めて竹あかりに出会ったのは、2018年8月6日に小学生の長女と一緒に参加した、広島の竹あかりのイベントです*。

*参考 「イベント:第一回追悼竹あかり 8.6広島」(2018年8月5日、湯来交流体験センター(@yuki.kouryu)、NPO法人 食べて語ろう会(@tabekata)、Facebook)

*参考 第一回追悼 竹あかり:2018年8月6日(広島市湯来交流体験センター)

この年の7月、発達障害のある長女が、同級生からいじめを受けていることを知りました。普段からボランティア活動や福祉事業に取り組んでいたのに、私は自分の娘すら守れないのかと、失望するばかりでした。そんな中、SNSで繋がっている知り合いの方からご招待いただいたのが、世界平和を願って行われた、広島での竹あかりのイベントだったんです。

昼間には竹あかりのワークショップがあり、長女と一緒に参加しました。イベント当日の夜、私は、長女が受けたいじめのことや自分の幼少期のことを思い出しながら、灯火された竹あかりを見ていました。すると、竹あかりを見た長女が「パパ、きれい!」と言って、笑ってくれたんですよ。長女の嬉しそうな顔を見て、私の心に火が点き、和歌山でも竹あかりをやってみたいと思いました。

出典:「第一回追悼 竹あかり」 谷さんの長女(谷さんよりご提供)
出典:「第一回追悼 竹あかり」 竹あかりワークショップの様子(谷さんよりご提供)

その後、「和歌山県竹あかり実行委員会*」を立ち上げ、同年11月18日、19日に、和歌山県紀の川市にある「観音山フルーツガーデン」で竹あかりのイベントを行いました*。このイベントでは、熊本県にある「CHIKAKEN*」という「日本発・世界初の竹あかりプロデュース集団」の皆様にもお力添えいただきました。

*参考 和歌山県竹あかり実行委員会

*参考 竹あかりのおまつり in わかやま:2018年11月18日~11月19日(観音山フルーツガーデン)

*参考 CHIKAKEN:竹あかり総合プロデュース ちかけん

紀の川市での竹あかりのイベントの様子が、ローカルの新聞やSNSなどで広まり、今度は田辺市にある「和歌山県立情報交流センターBig・U*」でイベントを実施することになりました。その際、NHKの取材が入り、イベント準備の様子や設置したオブジェの映像がテレビで放送されました*。

*参考 和歌山県立情報交流センターBig・U

*参考 「和歌山県竹あかりの模様がNHKで紹介されました。」(2019年10月22日、谷正義、YouTube)

ある日、NHKの放送を見たという年配の男性から「谷さんの竹あかりの活動を応援したい」と電話があり、その方とお会いすることになりました。なんと、その男性は、私の長女をいじめた子の祖父だったんです。思わぬ出会いに驚きつつも、私は「竹あかりは、敵すらも味方にしてしまう存在なのか」と感心していました。

この後から、三重県伊賀市にある株式会社canaareaの竹あかり作家の川渕皓平さんや白浜町のアドベンチャーワールド(株式会社アワーズ)さんとの竹あかりのご縁があり、ジャイアントパンダの食べている岸和田市産(岸和田市)の竹幹を使って竹あかりを製作、設置する機会がCHIKAKENの竹あかり演出家の池田親生さん通じて急激に増えていきました。

*参考:みんなの想火プロジェクト
https://www.aws-s.com/topics/detail?id=top1796
https://www.aws-s.com/topics/detail?id=top2629
薮下将人「竹あかり」みんなの想火プロジェクト和歌山応援歌

*参考:パンダバンブーexpo(https://panda-bamboo.jp/)

*参考:株式会社アワーズ様よりベストパートナー賞をいただきました。(株式会社竹千代HP

竹あかりは、本当に不思議な存在だと思います。イベントがきっかけで知り合った方も多く、まさに人々を繋ぐ「希望の灯り」だと思っています。竹あかりが、世の中を良くするきっかけになれば嬉しいです。

藪本:
ところで、会社名の「竹千代」という名前はどこから来ているのでしょうか?

谷さん:
「竹千代」という名前は、徳川家康の幼名です。家康の誕生日が1月31日なのですが、実は、私の長女も同じ誕生日なんですよ*。「竹」という字を使った名前にしたいという思いや、長女の笑顔がきっかけで竹あかりの世界に足を踏み入れたという理由もあり、「竹千代」という名前を選びました。

*参考 設立背景:株式会社竹千代 タケチヨの会社名にした理由(株式会社竹千代)

会社を設立した9月15日は、1600年に起こった関ヶ原の戦いで、徳川家康が石田三成に勝利した日でもあります*。幼年時代、家康は人質に取られるなど不遇な境遇にあったのにもかかわらず、最後には江戸幕府を開いたというのが本当にすごいんですよ。また、和歌山には紀州徳川家がありましたが、この繋がりのように、私たちも和歌山で事業を続ける中で色々なご縁を紡いでいきたいと思っています。

*参考 設立背景:【9月15日という日に興味津々①】(株式会社竹千代)
*参考 竹千代PV

6.社会福祉と政治

藪本:
谷さんのSNSを拝見しましたが*、政治家の方々とも一緒に活動されているというのが非常に興味深いです。ご自身の活動を通して感じられた、和歌山や紀南における政策的な課題は何かありますでしょうか?

*参考 谷正義(Facebook)

*参考 谷正義(@tani.masayoshi0826、Instagram)

谷さん:
私が課題として感じているのは「障害者の就労環境をどう整えていくのか」という部分ですね。現在、農林水産省が「農福連携*」という取り組みを推進しているんですよ。農業分野には、担い手不足や農業従事者の高齢化という課題があります。その中に社会福祉分野が参入して、農業を障害者の就労の場として活用するという取り組みが行われています。

*参考 農福連携の推進(農林水産省)

*参考 福祉的就労への支援(1)チャレンジド工賃水準倍増事業(和歌山県ホームページ)

私も「農福連携」の考えに従って、障害を持った人たちが働くための環境づくりを進めています。来年、「キミトミライ」の事業の中で、白浜町在住の農家、遠藤賢嗣(えんどうけんじ)さん*とコラボレーションさせていただく予定です。以前、遠藤さんの農園に当社の竹あかりを設置させていただいたこともあり、遠藤さんには非常に懇意にしていただいています。就労継続支援B型事業所では施設外就労も実施可能ですので、農園の野菜の収穫など、何かお手伝いができればと考えています。

*参考 和歌山しらはま農家遠藤

*参考 イルカの調教師から野菜農家へ:和歌山県 白浜町 遠藤賢嗣さん(近畿農政局)

出典:「しらはまの畑で竹あかりプロジェクト(2021年実施、農家・遠藤さんとのコラボレーション)」(2021年4月13日、株式会社竹千代、@takechiyo.wakayama.com_m_t0826、Instagram)

藪本:
我々も、農業、林業、漁業関係の方から、業界の現状や今後の課題についてお話を伺っているのですが、やはり、人手不足の問題が突出しているようです。そのような意味でも、谷さんの取り組みは課題解決にも繋がりますし、非常に素晴らしいと思いますね。

谷さん:
ありがとうございます。農福連携により、農家や障害者、あるいは社会福祉施設を運営する私たちは、まさに相互扶助の関係にあると思います。農業分野の課題解決だけでなく、「社会的弱者」として扱われている障害者の人たちが就労を通じて、一歩踏み出すきっかけになるのではないかと考えています。また、私たちも施設運営を安定的に行えるようになるため、障害者の就労の場を守ることにも繋がります。

基本的には、何か課題や気づきがあれば、政治家の方々に直接お伝えすることが多いです。ただ、社会福祉分野や農業分野に関しては、法律改正のような部分には関与できませんが、「まずは自分でやってみよう」という気持ちで、積極的に動いています。

活動の様子をSNSに投稿していると、その投稿を見た人から「こんな課題があるので、議員さんに伝えてほしい」という相談が来ることもあります。そのような意味でも、私は、地域の人たちと議員さんを繋ぐ役割を担っているのではないかと思っています。

7.障害とアート

出典:「竹あかり(株式会社竹千代・久道勇弥さんら制作)」(2020年12月27日、株式会社竹千代、@takechiyo.wakayama.com_m_t0826、Instagram)

藪本:
現在、私は、神話や伝説を集めながら「障害とは何か?」ということについて考えています。例えば、「オイディプス王*」が右足を引きずっているのは、大地と分離しきれておらず、体が大地と一体化しているからなのではないかという説があります。また、「俊徳丸*」は継母の呪いで失明しましたが、四天王寺の観音菩薩に祈ると病が癒えたそうです。さらに、「小栗判官*」は毒殺された後、別の姿で現世に蘇り、湯治によって元の姿に戻ったという伝説も存在しています。

*参考 オイディプス王とは(コトバンク)

*参考 俊徳丸伝説(八尾市立図書館)

*参考 小栗判官伝説(熊野本宮観光協会)

これらの神話や伝説を踏まえて考えてみると、「障害を持つ」というのは、自然との分離が上手くできなかった、あるいは、極めて自然に近い状態なのではないかと、私は考えています。谷さんは、「障害」はどのような存在だと理解されていますか?

谷さん:
私は、障害も1つの個性だと考えています。「健常者」と「障害者」という枠組み自体も、本来は存在していないものなんですよ。障害者の人たちが生きるための権利を守るためには支援が必要で、その過程で法律上の枠組みが生まれただけだと思っています。

藪本:
そういう意味では、障害者の人たちへの支援はもちろん必要ですし、社会福祉に関する政策をしっかり作ることは重要だと思いますね。

今回の紀南アートウィークの趣旨は「輸出」なんですよ。熊野や紀南の価値を再整理して、価値あるものを世界に輸出していきたいと、我々は考えています。まさに、障害は価値のある個性ですし、障害者は「単純な支援対象者」ではなく「輸出を担う一翼」として、世界で活躍できるのではないかと思います。特に、障害とアートという観点から「どうすれば、全世界に輸出できる人材を増やせるのか?」ということについて、谷さんから何かヒントを頂けると嬉しいです。

谷さん:
障害者の中には特技を持っている人たちも多く、彼らが「やりたいことをやれる」という環境づくりが必要なのではないかと思います。将来的には「メイド・イン・紀南」と胸を張れるような、紀南発のアートや価値を輸出していけるようになればいいですね。

藪本:
アートの文脈には、アーティスト集団として活動する「アート・コレクティブ*」という人たちがいて、彼らは自活しているんですよ。この「アート・コレクティブ」と同じように、「竹あかり」はまさに、社会的包摂を実現するコレクティブのような存在になり得るのではないかと思っています。我々は「輸出する」という観点でアートを深掘りしていきたいと思っていますし、そういう意味でも、「竹あかり」は相性がいいのではないかと思っています。

*参考 「アートは『個』から『集団』へ 産官学を動かすコレクティブの力」(2018年9月7日、amanatoh)

*参考 アーティスト・コレクティブ(artscape)

谷さん:
ぜひ、一緒に何かやりましょう!今回、藪本さんから紀南アートウィークのお誘いを頂き、本当に嬉しく思います。竹千代としても、何かお手伝いをさせていただきたいと思っていますので、ぜひよろしくお願いいたします。

藪本:
こちらこそ、よろしくお願いいたします!本日はお時間を頂き、ありがとうございました。

谷さん:
ありがとうございました。

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