ダイアローグ

Vol.2 テキストアーカイブ(後編)

2021年5月28日に開催したオンラインのトークセッション『紀南ケミストリー・セッション vol.2』

白熱のセッションを文字起こししたテキストアーカイブの後編となります。

※テキストアーカイブの前編はコチラ
https://kinan-art.jp/info/930

※動画のアーカイブはコチラ
https://kinan-art.jp/info/789/

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タイトル:『籠もるとひらく – 知の巨人・南方熊楠と現代アート –』
日  時:2021年5月28日(金) 19:00~20:30
会  場:オンライン(ZOOMウェビナー)
参加費 :無料
登壇者 :唐澤 太輔氏(秋田公立美術大学 准教授 哲学 / 文化人類学)
     前田 耕平氏(現代アーティスト)
モデレーター:宮津 大輔(紀南アートウィーク アーティスティック・ディレクター)
総合司会:森重 良太(地域活性化プロデューサー)

『籠もるとひらく – 知の巨人・南方熊楠と現代アート –』(後編)

【3】二人の出会い

宮津:
先ほど、唐澤先生は「理不思議に直入することによって、生命の根源や様々な事が立ち現れてくるというのが、まさにアートではないか」と仰っていましたが、前田さんの作品は、それに近いような感じがします。まさに、出会うべくして出会ったお二人ですね。

「kumagusuku」が導いた奇跡

宮津:
前田さんから「研究を続ける中で、唐澤先生の本に出会いました」というお話がありましたが、お二人は、どのような経緯で出会われたのでしょうか?

唐澤:
出会いについては、前田くんから話した方がいいかもしれない(笑)

前田:
では、僕から話しますね(笑)。

大学院で、南方熊楠について考えようと思ったとき、京都に「kumagusuku 」という屋号を持った、不思議なホテル(現在は、小規模アート複合施設)に出会いました。熊楠を調べようと思ったらこの場所を見つけたので、すぐに突撃し、オーナーの矢津吉隆さん というアーティストの方に、「今、こんなことをやっているんです」と、話を聞いてもらっていました。矢津さんも僕も、唐澤先生の本を読んでいたときだったのですが、たまたま、唐澤先生がその場に現れたんですよ。

※参考 kumagusuku ホームページ
※参考 Yazu Yoshitaka website
※参考 矢津吉隆(kumagusuku) @yazuyoshitaka(Twitter)

宮津:
えっ、偶然ですか?

前田:
偶然です(笑)。ちょうど唐澤先生について話していたところに、著者が来たということが起こったので「これはすごいことだ!」と驚きました。そのときは、矢津さんと僕と唐澤先生で盛り上がり、話の流れで、僕は唐澤先生に、自分がやりたいと思っていることや、熊楠について調べていることを話しました。「物不思議って何ですか?」とか「南方マンダラってすごいですね!」とか、たくさん質問していると、月1回に「研究夜会」をやろうということになり、そこからずっと交流を続けさせてもらっています。

宮津:
kumagusukuのオーナーでアーティストの矢津さんと、熊楠をテーマに研究をしていたアーティストの前田さん。お二人が熊楠の話で盛り上がって「唐澤先生って面白いよね」というような話をしていたときに、唐澤先生が偶然来られたんですね。
唐澤先生は、何を目的にして、kumagusukuへ行ってみようと思ったのですか?

唐澤:
当時は、京都の龍谷大学で熊楠の思想を深めようと、華厳思想の勉強をし始めた頃でした。インターネットで熊楠のことを色々と調べていると、kumagusukuのことを見つけて「大学から近いし、一度行ってみないとなぁ」と思っていました。ある日、kumagusukuに行ってみたら、たまたま、お二人に会えたんですよ(笑)。
この出来事は、本当に「やりあて」のような感じがしています。講演会や本の中で、熊楠について語ることはあるのですが、前田くんのように「物不思議って何ですか?」と、率直に質問をされるというのは、あまり経験したことがなかったんです。だから、僕もつい嬉しくなって、前田くんと色々な話をすることになりました。

宮津:
まさに「やりあて」ですね。シンクロニシティ、偶然を超えた一致。熊楠が作ったこの言葉にぴったりな出会いだと思います。

研究夜会のはじまり

宮津:
kumagusukuで出会った後、研究夜会を開いたということですが、この辺りについて、もう少し詳しく伺ってもよろしいでしょうか?

唐澤:
前田くんが「熊楠をテーマにした作品を作りたい」と話していたので、彼に、自分がこれまで研究してきたことを教えることにしました。僕はアーティストではないので、教えられることといえば、熊楠の思想が中心でした。そして、熊楠の思想の核になる「南方マンダラとは何か」ということから、神道や仏教など、色々と派生しながら話を進めていきました。その中に、矢津さんも入ってくださったのですが、現代アートと熊楠が組み合わさったことで、まさにそこに「化学反応」が生じたんですよ。
前田くんは、僕が研究夜会で話をしたことを上手く吸収してくれて、最終的には大凧という形で発表してくれました。
前田くん、大凧揚げは大変でしたね(笑)。2月頃に京都で揚げたときは、少ししか揚がらなかったけれども、その後、和歌山でまた揚げたときは、上手く揚がったんですよね。

前田:
そうですね。そういう経緯があります(笑)

研究夜会の「成果」

宮津:
前田さんは、大学院で1つのテーマを決めて研究を行い、修士課程を終えるときには成果を見せたと思うのですが、大凧がその成果になったのですか?

前田:
そうですね。卒業制作の作品として発表しました。

宮津:
先ほど、説明があった大凧の顔は、熊楠と前田さんの顔が合わさったものだということですが、どうして凧を制作し、前田さんと熊楠を組み合わせた顔を描いたのか、また、大凧を作るにあたり、研究夜会ではどのようなことをされていたのか、詳しく伺いたいです。

前田:
研究夜会は毎月1回、1年間通して実施していました。その間、僕は、色々な人に話を聞きに行くために屋台を引っ張り、その内容について考え、違う形でアウトプットするということを繰り返していました。
夜会での研究テーマは、「南方マンダラ」を追いかけていくような形だったので、まずは「物って何だろう」というところから始まりましたね。3つ目の「事って何だろう」というところに行き着いたとき、この研究夜会のように、人がたくさん話している状況や場が、1つの「事」なのかもしれないという話が出たんですよ。

その後、研究夜会を実験の場所として公開することにしました。いつもは、僕と唐澤先生、矢津さんで夜会を開いていたのですが、10日間だけ、kumagusukuの中庭に僕が住み込みで居続けるということをしました。すると、毎日、色々な人が集まってきて、色々な話が飛び交うという状況が起こり、何かが立ち上がっているような感じがして、これが「事不思議」ということを捉えるための「きっかけ」になるのではないかと思いました。

先ほど、ミクロな粘菌や、大宇宙、マクロコスモスについての話がありましたが、得体の知れない宇宙規模のものと交信するという状況が「ロープのようなもので繋がっていて、引き寄せてもすぐに遠くに飛んでいってしまう」という、凧揚げのように思えたんですよ。
ただの凧ではなくて、すごく大きな凧ですね。遠くに飛んでいくと小さくなるのに、近付いてくると、迫ってくるような怖さや、こちらを見つめているような何かがあって、それが人の顔や目に見えます。僕が作った大凧には、4つの目があって、僕の目と熊楠の目がちょうど重なって、それがこちらを見ているんです。その大凧をみんなで揚げることで、宇宙規模のものを理解することに繋がるのではないかと考えていました。

熊楠について、考えれば考えるほど分からなくなるのですが、その状況はすごく楽しいんですよ。最初は粘菌の話ばかりしていたのに、人類学や民俗学の領域にまで、話が広がっていきました。その中に自分が入っていけるということが面白くて、その状況が凧揚げに見えたんです。最終的には、人に見せたいと思って、大凧揚げの様子を映像作品として発表しました。

宮津:
なるほど。大凧の顔の部分は、前田さんと南方熊楠の顔が重なっているんですね。
揚げる前の大凧は大きく感じるのに、遠くに飛んでいくと小さく見える。大凧の見え方は、見る人がどこに立っているか、大凧がどういう状態であるかということで違ってくるんですね。

唐澤先生や矢津さんと研究夜会を続けながら、前田さんは、屋台を引いて街を歩き、色々な話を聞いて、それをアウトプットしていた。この大凧もアウトプットの1つではありますが、この作品自体が「事と事、人と人とのインターフェース」であり、まさに「理不思議」なのではないかと思いました。完成した大凧をご覧になって、唐澤先生はどう感じられましたか?

唐澤:
「ここに辿り着いたか!」という感じでしたね。大凧の顔の部分は、前田くんと熊楠の顔が重なっていますが、これが、どちらの顔にも見えるというのが面白いです。前田くんという「自己」と、熊楠という「他者」が、微妙に混ざりつつも完全に融合していないという状態が表れていて、これこそが「理不思議」だと思いました。
また、今話してくれたように、凧が遠くに飛んで小さく見えたり、近づいてきて大きく見えたりするということについても、ミクロコスモスとマクロコスモス関係を深く考えてのことだったと分かり、すごく感心しました。
前田くんは、フィールドワークとして、屋台を引いて京都中を回っていましたが、彼はきっと、人を巻き込んでいく力を持っているのだと思いますね。前田くんは、決して交渉上手ではないですが、至純な好奇心が全身から溢れてきているというのが、言葉ではなく雰囲気で、他者にも伝わるのでしょうね。だから、言葉を超えたような深い次元での繋がりのようなものを、屋台を引きながら構築できたのかもしれません。そこもやはり「理不思議」、インターフェースが関係してくるところだと思いますね。

アートを見る目が変わった理由

宮津:
現在、哲学や文化人類学を領域とする唐澤先生が、秋田公立美術大学のアーツ&ルーツ専攻で准教授をされていますが、もしかすると、前田さんとの出会いがきっかけで、唐澤先生の人生にも変化が訪れたのでしょうか?

唐澤:
かなり変化がありましたよ(笑)。僕は前田くんに出会う前まで、現代アートのイメージは「お洒落で洗練されているもの」だと思っていました。でも、前田くんの作品は、荒々しくて、強烈な熱量を感じるようなものばかりで「アートってこんなに面白いんだ!」と、彼が気づかせてくれました。これは、僕にとって大きな変化だったんです。
その時から現代アートに関心を持ち始めて今に至る、ということを考えると、前田くんが僕の行き先を決めてくれたのかもしれないと思っています。言いすぎかな?(笑)

前田:
言いすぎです(笑)

宮津:
お互いに良い「やりあて」であり、化学反応が起きたんですね。

【4】「籠もるとひらく」と南方熊楠

宮津:
最後に、今回のケミストリー・セッションのテーマにもなっている「籠もるとひらく」ということと、熊楠の研究や彼の生き様との関係性についてお伺いします。

紀南アートウィークの副題の通り、昔から和歌山県紀南地域では、豊かな山林資源の中に身を置き、自身の内面世界を追究する「籠りの文化」と、今でいう南紀白浜空港など、開放的な場所としての役割を持つ「港の文化」が両立しています
このように「籠もること」と「ひらくこと」は、相反しているように見えて、互いに強め合っているような気がします。この点も踏まえて、ぜひ一言お願いしたいです。

※参考 About(KINAN ART WEEK 2021(紀南アートウィーク2021))

粘菌から見えた「大宇宙」

唐澤:
熊楠は青年時代、アメリカやキューバ、ロンドンなどに留学していました。しかし、熊楠は帰国後、海外どころか和歌山からほとんど外に出ていません。一見、熊楠の世界は閉じてしまったかのように思えるのですが、これは大きな間違いです。実は、彼の内面世界は、大きく外へ開いていたんですよ。瞑想を通して、自分を深く深く見つめていくと、それが普遍的な場所に繋がるというように、熊楠も、自分というものをすごく深く見つめていました。
「内に籠もりつつ、外へひらけていく」ということに導いてくれたものとして、1つ挙げるのであれば、やはり、粘菌なのではないかと思います。粘菌というミクロの生物を見ることで、大宇宙に広がっていくというように、小さいものを見るということは「籠もること」だけではなくて、実は「ひらくこと」に繋がっているのだと、熊楠は気づいたのかもしれません。
「港」との関連で言えば、熊楠は人生の大半を、和歌山市や田辺市のような海辺の町で過ごしています。熊楠は、海藻にも関心を持っていたので 、海辺の生物を収集しては顕微鏡で見て、その中に大宇宙を感じていたのではないでしょうか。

熊楠には、荒々しく、激しく、外に向かうという「漁師的」な性格があり、一方で、木々や動物と対峙しながら、静かに自分の内側を見つめるという「山人的」な性格もあると思いますね。それが熊楠の面白いところでもあるし、那智山と港、和歌山が持っている大きな資源の魅力と、熊楠との繋がりと言えるかと思います。

※参考 北山太樹「南方熊楠の海藻標本 ―国立科学博物館の場合―」(『藻類』、2018年3月10日、第66巻、第1号、p.41、日本藻類学会)

宮津:
大宇宙を顕微鏡1つで楽しみ、真理を知るということを、熊楠が体現しているんですね。

神社合祀への反対

宮津:
粘菌や海藻だけではなく、自然を愛していた熊楠ですが、神社合祀 が進められたときには、すごく反対したんですよね?

※参考 神社合祀反対運動(南方熊楠記念館)

を唐澤:
そうですね。熊楠が神社合祀反対運動を起こしたきっかけは、彼が珍しい粘菌を見つけた神社が合祀され、そこが更地になってしまったことへの「怒り」だったんです。とても個人的な理由ではありますが、何せ名前が「熊と楠」ですから、神社の鎮守の森の楠が切られたり、それによって熊の居場所がなくなったりすることは、自分の身を切られるようなことだと思っていたのかもしれません。反対運動と聞くと「世のため、人のため」という感じではありますが、熊楠の心の一番奥にあったのは「自分の命を守る」という意識だったのではないかと思います。

宮津:
エコロジーの問題だけでなく、例えば、ジェンダーや多様性の問題では「個人的なことは政治的なこと ※4」という有名な言葉がありますが、まさにその時代から、熊楠はそういうものを先取りしていたのかもしれませんね。

※4 1960~1970年代にアメリカで起こった「第2波フェミニズム」のスローガン。
家族など、私的な領域で発生する女性への支配・抑圧を、公的(政治的)なものとして捉えるよう訴えた
 堀江有里「『個人的なことは政治的なこと』をめぐる断章」(『〈抵抗〉としてのフェミニズム ー 生存学研究センター報告』、2016年3月、24巻、p.124-152、立命館大学生存学研究所)

昭和天皇へのご進講

宮津:
熊楠は、自然保護を目指して奮闘していましたが、熊楠が守った場所の中には、高校の名前にもなっている「神島」もあります。その神島に、熊楠は昭和天皇をご案内したんですよね?

唐澤:
そうですね。1929年の6月1日に、昭和天皇が神島に上陸され、そこで粘菌採集をされていますね 

※参考 昭和天皇へのご進講・ご進献(南方熊楠記念館)

宮津:
在野の学者がそういうことをするのは、今以上にすごいことなんですよね?

唐澤:
本当に大変なことですよ。大学や研究所に所属している有名な教授ではなくて、民間の在野研究者が昭和天皇に進講 ※5するというのは、異例中の異例だと思います。

※5 天皇、貴人の前で学問の講義をすること
 進講とは(コトバンク)

宮津:
戦前ですから、まさに現人神に進講するようなことですね。
当時、熊楠は陛下を思って歌を詠むのですが 、やはり、熊楠にとって、昭和天皇の存在は、我々が思っている以上に大きかったのではないでしょうか?

※参考 昭和天皇への標本進献と御進講(南方熊楠記念館)

唐澤:
昭和天皇が熊楠にお会いしたとき、天皇はかなりの衝撃を受けたと思いますね。熊楠の博識にも驚いたでしょうし、また、粘菌や植物の標本を入れて陛下に献上した箱が、桐の箱ではなくて、キャラメルのボール箱だったのは、強烈なインパクトがあったのではないでしょうか

※参考 南方熊楠とミルクキャラメルのふしぎな関係:ミルクキャラメルの箱の驚くべき使われ方(モリナガデジタルミュージアム)

宮津:
陛下に献上する標本の箱が、桐の箱じゃなくてキャラメルの箱だったんですか?

唐澤:
そうですね。もしかしたら、昭和天皇も、熊楠のそういうところに心惹かれるものがあったのかもしれません。

宮津:
昭和天皇は生物学にご興味があり、粘菌を含めて様々なものを研究されていたそうですね。熊楠と昭和天皇は「在野の知の巨人と現人神」という枠組みを超えて、学者、あるいは、生物を研究する愛好者としての交流があったのでしょうか?

唐澤:
そうだと思いますね。身分の差という垣根を越えて繋がり合えるというのは、感動的なことですね。このように全く異なる人同士が繋がりあう時に、まさに「ケミストリーが起きている」と言えるのではないのでしょうか。
熊楠と昭和天皇と比較するわけではないのですが、僕と前田くんも、彼らと同じような関係にあるのではないかと思っています。前田くんが哲学者になるわけでもなく、僕がアーティストになるわけでもなく、個は個でありながらも、上手く混じり合うような絶妙な関係ですね。この関係性は理不思議にも繋がるような気がしますし、こういう在り方は、これからの時代においても非常に大事になってくると思います。

宮津:
もし、お二人が出会っていなければ、唐澤先生も前田さんも、それぞれ違う道を歩いていたのかもしれませんね。唐澤先生の研究分野も、前田さんの作風も全く違っていたのではないか、という気がします。お二人の関係性はケミストリーでもあるし、熊楠の言葉で言えば、まさに「やりあて」だと思いますね。

【5】質疑応答

森重:
唐澤先生、前田さん、宮津先生、ありがとうございました。
非常に白熱したセッションとなりましたね。お話を伺っているうちに、熊楠の世界に引き込まれて、すごく面白かったです。
参加者の皆さん、感想やご質問がございましたら、ぜひチャット欄にご記入ください。

唐澤氏から前田氏への質問:前田氏にとっての「触覚」とは?

唐澤:
質問が来る前に、僕が前田くんに質問してもいいでしょうか?
前田くんは、映像やインスタレーション ※6、自分の身体をフルに使ったパフォーマンスを作品の中に活かしていますが、特に「触覚的なもの」を感じさせる作品が多いと思っています。映像にしても、大凧にしても、皮膚がピリピリするような心地良い触感があるんですよ。前田くんにとって「触覚」とは何なのかを、ぜひ聞いてみたいです。

※6 作品を、展示する環境をも取り込んで、その総体を芸術的空間として呈示すること
 インスタレーションとは(コトバンク)

前田:
僕は、土を触ってこねるという「触感」を楽しむだけでなく、「目で見えない、どこにあるのか分からないものについて考えること」がすごく好きなんですよ。例えば、自分が作った作品の中で、愛について考えるもの があったのですが、作品を生み出すことで、自分の目で捉えられない、そういうものに触れられた、輪郭のようなものを感じられた瞬間があったんです。
つまり、僕は「芸術を通して、不可視なものに触れられるのではないか」と考えているんです。例えば、大凧の話で言えば、大凧のロープに触れて引っ張ることはできるけれど、熊楠には実際に触ることはできない。でも、何となく、熊楠と話せたような感覚になったり、熊楠のことを何か分かったりしたような気持ちになるんですよ。こういうことが、僕にとっての「触覚」なのかもしれません。

※参考 「Love Noise」(前田耕平 Kohei MAEDA portfolio site)

唐澤:
前田くんの作品に表れているものは、普通に触(さわ)る、タッチすることではなく、熊楠の言葉で言えば「tact」なんだと思います。熊楠は「「やりあて」のためには「tact」が必要だ」と考えていたけれど、彼は、その言葉を日本語で訳さなかったんです。辞書で調べると「機転」や「臨機応変の才能」という意味が出ますが、語源はラテン語の「tactus」で、本来の意味としては「触覚」なんですよ。「tact」は、物理的にも心理的にも対象へ深く入り込んでその最深部に触れることだと思います。
前田くんが作品の中で実践しているのは、タッチではなくて、「触覚」を意味する「tact」の方なのではないかと思います。だから、前田くんの周囲で、色々な「やりあて」が次々と起きているのかもしれませんね。彼の作品を見ていると、やはり「触れる」ということをすごく大事にしているんだなと、常々感じています。

質問1:前田氏の作品は、Web上で見られるか?

森重:
唐澤先生、前田さん、ありがとうございます。
それでは、質問を頂戴しておりますので、いくつか紹介させていただきます。

まず、1つ目ですが「前田さんの作品は、Web上で拝見することはできますか?」というご質問です。スライドに、前田さんのホームページを表示させていただいていますが、前田さんの色々な作品がWebでも公開されていますので、ぜひ、皆様ゆっくり楽しんでいただければと思います。前田さんからも、ご紹介はありますか?

前田:
最近、Webサイトを更新できていないのですが、Instagramでは最新の情報を上げていますので、覗いてもらえると嬉しいです。

※参考 KOHEI MAEDA @koheimaeda.insta(Instagram)

森重:
ありがとうございます。ぜひ、今すぐ検索して、フォローをお願いします!

前田:
ありがとうございます(笑)

質問2:人間と自然の「距離の変化」とは?

森重:
続いて、「自然の距離は今、どのように変わっていると考えますか?」という、非常にディープな質問をいただいております。いかがでしょうか?

唐澤:
「自然をどのように捉えるのか」ということが、非常に重要だと思います。例えば、自然を「対象物」として捉えてしまうと、人間と自然との間で完全に境界線ができてしまうんですよ。だから、僕は、人間も自然であると考える方が良いと思いますね。自然の中に人間がいるし、人間の中にも自然がある。この考え方がとても大切で、よく考えると、人間も、色々な微生物や菌と共生していますしね。
この辺りについては、僕と同じ大学の人類学者・石倉敏明先生 がとても詳しくて、先生からいつも色々とご教示いただいています。僕は、現代においては特に、「人間と自然」という風に、両者を「と」で区切ってしまって、そこに非常に大きな距離のようなものができているような気がします。

※参考 石倉敏明 准教授(教員紹介、秋田公立美術大学ホームページ)
※参考 T.Ishikura 石倉敏明 @julunggul(Twitter)

森重:
ありがとうございます。宮津先生、何かございますか?

宮津:
先ほど、神社合祀反対運動について「熊楠はエコロジーの先駆者なのではないか」というような話をさせていただきましたが、この質問で、アメリカで活躍しているティモシー・モートンという哲学者のことを思い浮かべました。
フランスの第1期のロックダウンの頃、マクロン大統領が「戦争状態に入った」というように言っていたのですが、反対に、ティモシー・モートンは「新型コロナウイルスは、我々にとって友人であり、殺人鬼にもなり得る」というようなことを言っていたんですよ。「ウイルスは人間を宿主として生きているから、一緒に共存、共生できているうちはいいが、人間を殺してしまうこともある」という意味ですね。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で人間が移動しなくなったおかげで、飛行機も自動車の利用も減り、地球のCO2の削減が劇的に起こったので、見方によっては、友人とも殺人鬼とも捉えられるんですよ。
だから、「自然を征服しよう」という観点で居続けると、人間と自然の共生は難しいですね。自然との付き合い方を、もっと根源的に考え直すタイミングに来ているのではないかと思います。

※参考 渡邊雄介「新型コロナは『敵』ではない。哲学者が説くウイルスとの『共生』」(2020年4月18日、Forbes JAPAN)

質問3:南方熊楠の人間観とは?

森重:
続いての質問も、今の質問と関連が深いかもしれません。
「熊楠は『人間とは何か』ということについて、最終的にどのように考えていたのでしょうか?」というご質問をいただいております。なかなか深い質問ですが、いかがでしょうか?

唐澤:
熊楠の書簡や日記は、まだまだ未翻刻 ※7 のものが多いです。それらの中から、僕たち研究者は熊楠の思想を色々と見出そうとしています。もしかしたら、未翻刻資料の中に、熊楠が「人間とは何々である」という定義のようなものを具体的に書いているかもしれませんが……、今すぐにお答えすることは少し難しいですね。
ただ、熊楠にとって、人間と自然の壁はかなり薄かったと思いますね。熊楠は「人間も自然も、対称的なもの」だと考えていたと思います。人間が自然を守る、あるいは征服するという関係性ではなく、人間も自然も同じ地平にいて「対称」である。だからこそ「人間と自然は通じ合うことができる」のだと、熊楠は考えていたのではないでしょうか。それこそが、熊楠の人間観なのだと思います。

※7 原稿や写本を、木版や活版などで新たに起こし刊行すること
 翻刻とは(コトバンク)

質問4:南方熊楠にとって「存在」や「存在すること」とは?

森重:
次の質問は「南方熊楠にとって、存在や『存在すること』は、どういうものだったと思われますか?」というものですが、皆様、こちらはいかがでしょうか?

唐澤:
僕は、大学院生の頃、熱心にハイデッガーの『存在と時間』という本を読み、それが今の自分のバックボーンにあるのですが、それを踏まえて考えると、「存在」は、熊楠の「南方マンダラ」の中の「大不思議」に当てはまるのではないかと考えています。人間や非-人間を含めて、いわゆる「存在者」を成り立たせている根本的なものが「存在」です。そして、僕たちの内に宿りつつも大きく包み込んで、僕たちという「存在者」を成り立たせている根本的なもの、それが彼にとって「大不思議」であり、「熊楠が考える、存在とは何か?」という質問の答えになるかと思います。
今日、僕がスライドでお見せした「南方マンダラ」の解釈図の、2つの円筒のことを思い出してみてください。それらは「心」と「物」を表していました。そして両者の交わるところが「事」を表していました。「心」と「物」を「自己」と「他者」に置き換えて考えてみると、両者が交換し合う、交渉し合う「事」というのが、まさに「存在すること」になる。だから、熊楠にとって、「存在」とは「大不思議」であり、「存在すること」は「事不思議」である、と捉えてもいいかもしれませんね。

※参考 ハイデッガーとは(コトバンク)
※参考 存在と時間とは(コトバンク)

質問5:南方熊楠の言葉の中で、一番好きなキーワードは?

森重:
難しい質問に、的確で素晴らしいアーティスティックなお答えをいただき、本当にありがとうございます。
では、最後の質問になります。「熊楠の言葉の中で、一番好きなキーワードを教えてください」というご質問です。皆様、一言ずつ、よろしくお願いいたします。

宮津:
私は、紀南アートウィークということもあって、やはり「やりあて」という言葉ですね。偶然を超えた、必然と言ってもいいぐらいのシンクロニシティを超えたという「やりあて」という表現が、僕は非常に好きだし、この紀南アートウィークにとっても、ものすごく大きな言葉なのではないかと思います。

森重:
宮津先生、ありがとうございます。唐澤先生はいかがでしょうか?

唐澤:
僕も同じく「やりあて」ですね。
僕は、アートは、ある意味「やりあて」なのではないかと思っているんですよ。「やりあて」るためには、深く「直入」していくということが重要ですし、「直入」することで得られるものは、例えば、五感で感じるものや「tact」を発揮して得られるもので、頭だけで考える事柄以上のものだと思いますから。僕は、これがアートにとって必要かつ重要なことであると考えています。

森重:
唐澤先生、ありがとうございます。
「やりあて」、「やりあて」、と来て、ハードルが上がっていますが……前田さん、いかがでしょうか?(笑)

前田:
僕も「やりあて」ですね(笑)

あと、熊楠の言葉ではないのですが、熊楠が和歌山で呼ばれていた別名で「てんぎゃん 」という言葉があって、僕はその言葉も好きですね。森の中に入り、暑くて裸で走り回って研究して「変人的なイメージ」を持たれていたという一方で、頭が良くて、多国語を話せるという「人間離れしたイメージ」も、熊楠にはあったんですよ。だから、「天狗さん」のように、人間離れした、人智を超えたような人だと言われたのかもしれません。
「てんぎゃん」という言葉の響きはすごく面白いのですが、ふと「天狗は人間なのか?」と考えてしまうんですよ。もし、人間や自然の「狭間」にいたような人を表す言葉として「てんぎゃん」が使われているのであれば、「人間ってなんだろう?」ということを考える手がかりになるのではないのでしょうか。

※参考 「【特集】時代が彼にあこがれる 知の巨人・南方熊楠。」(『和 -nagomi- 』、2010年3月19日、vol.11、和歌山県ホームページ)
※参考 橋爪博之「森林生態系の保全を訴える南方熊楠の思想」(『桐生大学紀要』、2015年12月、26巻、p.43-50、群馬県地域共同リポジトリ)

森重:
前田さん、ありがとうございます。
最後に「てんぎゃん」という素敵なキーワードをいただきました。

皆様、たくさんのご質問をいただき、本当にありがとうございました。
以上をもちまして、本日の第2回紀南ケミストリー・セッションはお開きとさせていただきます。
皆様、長時間ありがとうございました。

宮津:
ありがとうございました。

唐澤:
ありがとうございました。

前田:
ありがとうございました。

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